江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2011年2月20日説教(列王記下19:1-20、危機の中で祈る)

投稿日:2011年2月20日 更新日:

1.追いつめられるヒゼキヤ
・列王記を読んでいます。この列王記は捕囚地バビロンで書かれた歴史書です。自分たちの国が滅ぼされ、今異国のバビロンに捕らわれ人とされている人々(申命記史家と呼ばれています)が、「なぜ自分たちは滅ぼされたのか」という視点で書いた歴史書です。そして歴史を振り返る時、120年前にアッシリアの大軍がエルサレムを攻め囲み、都が陥落寸前まで追い込まれながら、ユダ王国は生き残ることが出来た、その出来事が大きくクローズアップされてきます。私たちは滅ぼされたのに、なぜヒゼキヤ王は神の守りの中にあったのか、列王記は最大の関心を持ってヒゼキヤの出来事を記述しています。それが今日のテキスト、列王記下18~19章の記事です。
・先週18章を読みました。紀元前701年にアッシリアの大軍が攻めて来た時、ヒゼキヤはアッシリアに降伏してこの難局を逃れようとしました。列王記は記します「ヒゼキヤ王の治世第十四年に、アッシリアの王センナケリブが攻め上り、ユダの砦の町をことごとく占領した。ユダの王ヒゼキヤは、ラキシュにいるアッシリアの王に人を遣わし『私は過ちを犯しました。どうか私のところから引き揚げてください。私は何を課せられても、御意向に沿う覚悟をしています』と言わせた。アッシリアの王はユダの王ヒゼキヤに銀三百キカルと金三十キカルを課した」(列王記下18:13-14)。ヒゼキヤは「主の神殿と王宮の宝物庫にあったすべての銀を贈った・・・自分が金で覆った主の神殿の扉と柱を切り取り、アッシリアの王に贈った」(18:15-16)と列王記は記します。ユダは国庫を空にするほどの金銀をアッシリアに納めて、やっと国の滅亡を免れたのです。
・この記事が歴史的に正しいことはアッシリアの年代記からも確認されます。それによれば「ユダヤ人ヒゼキヤは私のくびきに従わなかった。私は彼の46の強固な町、城壁をめぐらした砦と無数の村を包囲し・・・ヒゼキヤをエルサレムの宮殿にかごの鳥同然の捕虜とした・・・ヒゼキヤはニネベの私の下に金30タラント、銀800タラント、いろいろな宝石、彼の娘や側女を送って来た」。この時のヒゼキヤは持てるものを全て差し出して、命乞いをしたのです。しかしこの妥協は最終的な解決にはなりませんでした。アッシリア軍は数年後に再びパレスチナを攻め、今度もエルサレムを大軍で包囲して無条件降伏を求めました。列王記はその時のアッシリアの将軍の言葉を伝えます「ヒゼキヤに伝えよ。大王、アッシリアの王はこう言われる。なぜこんな頼りないものに頼っているのか。ただ舌先だけの言葉が戦略であり戦力であると言うのか。今お前は誰を頼みにして私に刃向かうのか」(18:19-20)。このたびはヒゼキヤも覚悟を決めました。何故ならば、アッシリアが望んでいるのはユダを単に支配下に置くことではなく、ユダを滅ぼしてその領土を帝国に取り組むことであり、そうなれば北イスラエルと同じようにユダ民族も永久に滅んでしまうことが分かったからです。また前回持てるものを全て差し出しており、もう差し出す貢物はなかった。ない以上、敵王の憐れみを乞うて国を明け渡すか、あるいは主にすがってその救済を願うかの選択肢しかありませんでした。

2.祈るヒゼキヤ
・ヒゼキヤは主にすがって国を守る決意をします。籠城したエルサレムの人々に、アッシリアの将軍たちは降伏を呼びかけます「国々のすべての神々のうち、どの神が自分の国を私の手から救い出したか。それでも主はエルサレムを私の手から救い出すと言うのか」(18:35)。武力では対抗できません。ユダ王ヒゼキヤはこの屈辱を預言者イザヤに訴え、「神にとりなして欲しい」と頼みます。「今日は苦しみと、懲らしめと、辱めの日、胎児は産道に達したが、これを産み出す力がない。生ける神をののしるために、その主君、アッシリアの王によって遣わされて来たラブ・シャケのすべての言葉を、あなたの神、主は恐らく聞かれたことであろう。あなたの神、主はお聞きになったその言葉をとがめられるであろう」(19:3-4)。ヒゼキヤはイザヤに「私が辱められているのではなく、主なる神が辱められているのだ」と訴えたのです。
・それに対してイザヤは、「恐れることはない。主はアッシリアを撃たれる」と答えます。列王記下18−20章の記事はそのままイザヤ書36−39章に引用されています。イザヤ書はアッシリア軍の攻撃に揺れるユダに対して、預言者が語った言葉なのです。イザヤは預言しました「主なる神はこう言われる。あなたは、アッシリアの王の従者たちが私を冒涜する言葉を聞いても、恐れてはならない。見よ、私は彼の中に霊を送り、彼がうわさを聞いて自分の地に引き返すようにする。彼はその地で剣にかけられて倒される」(19:6-7)。アッシリア軍主力はユダヤの重要拠点ラキシュを落とし、今はリブナの町を攻略しており、アッシリア王はそこから、再度の降伏勧告をユダ王に送ります「ユダの王ヒゼキヤにこう言え。お前が依り頼んでいる神にだまされ、エルサレムはアッシリアの王の手に渡されることはないと思ってはならない。お前はアッシリアの王たちが、すべての国々を滅ぼし去るために行ったことを聞いているであろう。それでも、お前だけが救い出されると言うのか」(19:10-13)。
・ヒゼキヤは怒りと屈辱の中で再び主の神殿に行き、救済を祈ります。そのヒゼキヤの祈りが15節以下にあります「イスラエルの神、主よ。あなただけが地上のすべての王国の神であり、あなたこそ天と地をお造りになった方です・・・生ける神をののしるために人を遣わしてきたセンナケリブの言葉を聞いてください。主よ、確かにアッシリアの王たちは諸国とその国土を荒らし、その神々を火に投げ込みましたが、それらは神ではなく、木や石であって、人間が手で造ったものにすぎません・・・ 私たちの神、主よ、どうか今私たちを彼の手から救い、地上のすべての王国が、あなただけが主なる神であることを知るに至らせてください」(19:15-19)。
・この祈りに神は答えられます。その結果何が起こったかを列王記は19章35-36節に記します「その夜主の御使いが現れ、アッシリアの陣営で十八万五千人を撃った。朝早く起きてみると、彼らは皆死体となっていた。アッシリア王センナケリブは、そこをたって帰って行き、ニネベに落ち着いた」(19:35-36)。ギリシャの歴史家ヘロドトスによれば、この時アッシリア軍にペストが発生し、多くの将兵が死に、彼らは包囲を解いて引き上げたとあります。驕るアッシリアを主が撃たれたのです。この時の情景を歌ったものが詩篇76編です「あなたが、餌食の山々から、光を放って力強く立たれるとき、勇敢な者も狂気のうちに眠り、戦士も手の力を振るいえなくなる。ヤコブの神よ、あなたが叱咤されると、戦車も馬も深い眠りに陥る」(詩編76:5-7)。人々はこのアッシリアの敗退に神の御手を見たのです。

3.危機の中で祈る
・ヒゼキヤは国を守ることが出来ました。彼の信仰が国を守ったのです。しかしその信仰はヒゼキヤが正しく勇敢だったから与えられたのではないことに、留意する必要があります。彼は最初にアッシリアが攻めて来た時は、国の財産を全て差し出して命乞いをしました。しかし二度目の危機ではそうしなかった、しようとしても差し出すものがなかったからです。何もないから「主に頼らざるを得ない」、ここに信仰の本質があるような気がします。他に頼るものがある時、人は神を求めない。だから人に苦難が与えられ、神以外のものに頼れない状況が与えられます。そこに苦難の意味があります。ヨブ記にありますように、「神は苦しむ者をその苦しみによって救い、彼らの耳を逆境によって開かれる」(ヨブ36:15、口語訳)のです。
・今日の招詞にマタイ5:3-5を選びました。次のような言葉です「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ」。イエスが山上の説教の冒頭に言われた言葉です。ここの「貧しい人々」には、ギリシャ語プトーコスという言葉が用いられています。ヘブル語=アーニー(物乞い)、ダル(みすぼらしい)のギリシャ語訳で、極貧者、物乞いを意味しています。イエスは物乞いを必要とするような貧しい人々こそ幸いだと言われたのです。そしてイエスは「悲しむ人々」を祝福され(マタイ5:4)、「義に飢え渇く人々」を祝福されました(同5:6)。何故、「貧しい」「悲しい」、「飢え渇く」等の、この世的に見れば災いとなる事柄を、「幸い」とイエスは言われたのでしょうか。ここでは、貧しい人が富むようになるから幸いだとは言われていないことに留意すべきです。貧しい人には「天の国が与えられる」から幸いだといわれています。
・山上の説教には、このマタイ版の他に、ルカ版があり、ルカ版では四つの祝福の後に四つの災いが挙げられています。ルカ版山上の説教は記します「富んでいるあなた方は不幸である」(ルカ6:24)、「満腹しているあなた方は不幸である」(同6:25)、「今笑っている人々は不幸である」(同6:25)。ルカでは、この世では幸福と定義付けられるべき、富や豊富な食物や笑いが災いの対象とされています。その理由をルカは言います「あなた方はもう慰めを受けている」(同6:24)。富んでいる者、満たされている者は、財産やその他のものを多く持つ故に、神を必要としません。彼は既に慰め=拠り頼むものを持っている故に、神に叫ばず、その結果神に出会うことはない。だから不幸なのだと言われています。「心の貧しい者」はこの世に究極の救いがないことを知るから、この世の栄誉や成功を求めません。「悲しむ者」は自分が泣いたことがあるから、泣く人と共に泣くことが出来ます。「柔和な者」は自らの力に頼らないから、そこには他者に対する憎しみや報復も生れません。
・ほかに依り頼むものがないゆえに神を求める、求めざるを得ない、それこそヒゼキヤの信仰の本質です。自国の軍隊に頼れない、エジプト軍にも頼れない、アッシリアは憐れみを与えるような国ではない、ギリギリまで追い詰められて初めて、「私たちの神、主よ、どうか今私たちを彼の手から救い、地上のすべての王国が、あなただけが主なる神であることを知るに至らせてください」という祈りが出てくるのです。それに対して120年後のユダはそこまでの切迫感がありませんでした。エルサレムに神の神殿があり、ダビデにつながる王家がある以上、この国が滅びることはないと高をくくっていました。この「信仰の緊張感の相違」こそが、祈りの真剣さの相違になり、ヒゼキヤ王の時には神が歴史に介入されてユダを守られ、最後の王ゼデキヤの時には沈黙して滅びに委ねられたのではないでしょうか。「求める者には与えられても、求めない者には与えられない」のです。
・信仰の緊張感、私たちはこの緊張感を持って信仰生活をしているでしょうか。イスラエルはこのバビロン捕囚を通じて信仰の民にされていきました。その後のイスラエルは再び国家を形成することなく、いつも異民族支配の中に苦しみました。自分たちの民族がいつ滅ぼされるかという緊張感こそが、イスラエルを信仰の民にしてきたのです。それこそが、アッシリアが滅び、バビロンが滅び、ペルシャもギリシャも滅んできた中で、ユダヤ人が滅びずに現在も存続する理由です。緊張感がない時、私たちは、「安全はタダであり、生活の糧は自分で稼いでいる、誰の世話にもなっていない」という考えに陥りやすいものです。日本でキリスト者が少ない理由はこの緊張感の欠如にあるような気がします。それに対して、韓国の人々は、戦前は日本の植民地支配の苦しみが、戦後は共産主義の脅威があり、その中で信仰を育んできました。日本のキリスト者が少数に対し、韓国では多くの人が信仰に入ったのは、この緊張感の差ではなかろうかと思います。自分が生きているのではなく生かされている、ヒゼキヤのように過ちを犯しながらでも、この緊張感を持って、共に教会形成をしていきたいと願います。

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