すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2016年9月25日説教から

2016-9-25
「おのおの召された時の身分にとどまっていなさい。召された時に奴隷であった人も、そのことを気にしてはいけません。自由の身になることができるとしても、むしろそのままでいなさい」(第一コリント7:21)

パウロは奴隷制を攻撃もしなければ弁護もしません。当時の社会は奴隷制を前提にしており、奴隷が自由になろうとすれば逃亡奴隷になるしかなく、逃亡奴隷は生涯を逃げ隠れすることを余儀なくされました。パウロはその現実を踏まえて語るのです。

パウロはコロサイ教会のフィレモンに彼の逃亡奴隷オネシモを赦して受け入れてほしいと手紙を送りました。その後については手紙では不明ですが、コロサイ書には、オネシモがパウロの使者としてコロサイに行くと書かれており、オネシモはフィレモンにより奴隷から解放され、その後、パウロの下で働いていたと思われます。イグナティウスの手紙は、オネシモはパウロの死後、エフェソの監督になったと報告します。

オネシモは主人の許を逃げ出した逃亡奴隷でしたが、パウロに出会って変えられ、パウロの執り成しで主人フィレモンと和解し、パウロに仕える者になった。パウロ死後はエフェソ教会の監督になり、パウロ書簡の収集活動を行い、彼の尽力でパウロの多くの手紙が聖書正典として残された。そして彼は、「自分がどのように赦されて福音に生きる者になったのか」を証しするフィレモン書を、パウロ書簡に編入したと思われます。

「神の赦しは人を動かし、動かされた人は証しの生涯を送る」、そのドラマがこの短い手紙の中に隠されているのです。ルターは語りました「私たちはみな神のオネシモである」。私たちの負うべき負債をイエスが代わりに負って死んで下さった、このことを知る時、私たちも他者の負債を担って生きる者になりたいと願います。

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