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2017年4月23日説教から

2017-4-23
「定められた時のために、もうひとつの幻があるからだ。それは終わりの時に向かって急ぐ。人を欺くことはない。たとえ、遅くなっても、待っておれ。それは必ず来る、遅れることはない。見よ、高慢な者を。彼の心は正しくありえない。しかし、神に従う人は信仰によって生きる」。「正しい者は信仰によって生きる」(ハバクク書2:3-4)

パウロはローマ書の冒頭でハバククの言葉を引用します。パウロはローマ教会への手紙の中で、「私は福音を恥としない」と宣言します。福音は「イエスの十字架と復活を通して、神が救済の業を始められた」という喜ばしい知らせです。しかし、ローマの人々は福音を受け入れようとはしません。しかしパウロは語り続けます「福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです」。

宗教改革者ルターはパウロのこの言葉から、「人間が救われるのは、教会が定めた様々の行為、業績を積み上げることによってではなく、神を信じ、神がキリストにおいて為された救済行為を信じる、その信仰)による」として、新しい世界を開きました。ところが、時代を経るに従い、信仰が強調されるようになり、「信じない人は救われない」との排斥の教理になりました。新共同訳では「初めから終わりまで信仰を通して」と信仰が強調されますが、原文では「神の信実から人の信実へ」であり、救いは「神の信実」によってもたらされるとパウロは言います。救いが先にあり、その応答として信仰があるのです。

イエスは放蕩息子の父親の喩えを通して、無条件に赦す神の恵みを語られました。福音とは神の側から為された無条件の赦しの出来事なのです。私たちは感謝してそれを受ければ良い。「感謝して受ける」、希望を失わないこと、求め続けることこそが人間に出来る信実なのです。

説教

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