すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2019年6月23日説教から

2019-6-23
「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思いわずらうのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい」(フィリピ4:4-6)

パウロはエフェソの獄中にあっても喜んでいます。獄中でパウロが喜ぶ姿を見て、大勢の人が励まされ、ある者はキリスト教に回心しました。どこにおいても私たちは神を賛美することが出来ます。私たちは、自由に外出の出来ない老人ホームにいても、病気で入院した病院においても、神のために働けるのです。

私たちが苦しみの中にあれば、その苦しみを神の前に差し出す。悲しみの中にあれば、その悲しみを神の前に訴える。その時、神は悲しみの意味、苦しみの意味を教えてくださる。パウロは言います「私たちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、私たちは待っています」。フィリピはローマの植民都市で、市民はローマ市民権を与えられていました。フィリピの市民がローマ市民であるように、私たちも地上に暮らしていても、天の国の市民なのだとパウロは言います。

天の国の市民は、この世では旅人であり、仮住まいの身です。ですから自分の家を持つとか、老後の資金を蓄えることに価値を置かない。「年金だけでは暮らせない。老後には2千万円が必要だ」と言われても、動揺しない。神が道を開いて下さる、神が養って下さると信じるからです。この野放図な楽天性こそ、天の市民の生き方です。神が私たちを見捨てられることは決してない。何故なら、神は私たちのためにキリストを遣わして、その命で私たちを贖ってくださった方だからです。その神がが共にいてくださるから、私たちはどのような状況下でも心配しない、だから喜ぶことが出来るのです。

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