すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2018年12月9日説教から

2018-12-9
「だから、言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、私に示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない」(ルカ7:47)

ルカは罪びとの赦しの物語を7章で展開します。「この町に一人の罪深い女がいた。イエスがファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持って来て後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った」。「罪深い女」とは娼婦や遊女を指す言葉です。

宴席の主人シモンは評判の悪い女がそのような行為をするのに、イエスが拒絶されないのを見て、心の中でイエスを批判します。そのシモンにイエスは言われます「この人を見ないか。私があなたの家に入った時、あなたは足を洗う水もくれなかったが、この人は涙で私の足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれた」。そして言われたのが招詞の言葉です。イエスは女性に「あなたの罪は赦された。あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言われました。

この女性はその後どのようになったのでしょうか。罪を赦された者はもう罪の生活を続けることは出来ません。彼女はおそらく今までの生活と訣別し、新しい生活を始めたと思われます。イエスとの出会いは人生を根底から変える力を持っています。イエスは何故彼女を赦されたのでしょうか。それはイエスが悲しみを知っておられたからです。マタイ1章によれば、イエスご自身も「私生児」と陰口されて、苦しまれたことが推察されます。それ故に「罪びと」とされた女性の苦しみも知って下さった。神は私たちが弱さのために罪を犯すことを知っておられます。マタイ福音書の最初のページは赦しから始まっています。私たちはこのことに感謝し、「アーメン、わが主よ、あなたは生きておられます」と讃美したいと思います。

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