すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

ようこそ篠崎キリスト教会のホームページへ

2018年9月16日説教から

2018-9-16
「茨の中に落ちたのは、御言葉を聞くが、途中で人生の思い煩いや富や快楽に覆いふさがれて、実が熟するまでに至らない人たちである」(ルカ8:14)

イエスは大勢の人を前に、種まきの喩えを話されました「ある種は道端に落ち、人に踏みつけられ、空の鳥が食べてしまった。ほかの種は石地に落ち、芽は出たが、水気がないので枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ち、茨も一緒に伸びて、押しかぶさってしまった」。

8章11節以降で茨に落ちた種の喩えの説明がなされます「御言葉を聞くが、途中で人生の思いわずらいや富や快楽に覆いふさがれて成長しない、イエスが神の言葉を語られた、しかし福音の種は様々な理由により成長できない。せっかく発芽した種も茨に(即ち人生の思いわずらいに)捕らわれてしまい、実を結ぶことができない。

ルカ10章でイエスがマルタに言われたことは「マリアを見習いなさい」ということではなく、「あなたの忙しい仕事を一旦中断して、今は私の話を聞いたらどうか。食べるパンも大事だが、命のパンはもっと大事なのではないか」ということです。「私たちはどこから来て、どこへ行くのか。私たちはなにものか」、いくら考えても正解などなく、私たちは考えることをやめます。それでなくとも毎日の仕事に忙しいからです。しかしある時、立ち止まって考えることが必要なのではないか。「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」ことの意味を考えなければ、思い悩みが御言葉の成長を消してしまう。思いわずらいをいったんやめて、命のパン、神の言葉を食べよ。仕事を一生懸命にすることは大事だが、せめて日曜日は仕事を一旦やめて礼拝に参加する、そうしないと魂が干上がってしまう。イエスがマルタに言われたことはそういうことではないかと思います。

説教

新着一覧

証などのビデオ


2018.09.16敬老感謝式

再生数:9 コメント0


2018.09.09.16聖歌隊讃美...

再生数:7 コメント0


2018.09.09証し

再生数:88 コメント0
市川ガンバの会


聖歌隊讃美

再生数:28 コメント0
伝えましょう、イエスの救い


 
▶証などのビデオ新着一覧 はこちらから