すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2018年5月27日説教から

2018-5-27
「この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを着る時、次のように書かれている言葉が実現するのです。『死は勝利にのみ込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか」(1コリント15:54-55)

人は死んだらどこに行くのか、誰もわかりません。イエスもパウロも死後の生については多くを語りません。聖書は、死後の世界は「人間には理解不能な領域」であり、それは神に委ね、「現在与えられた生を懸命に生きよ」と教えます。私たちは聖書に書いていないことを想像力たくましく語ることは控えるべきです。

しかし同時に聖書の信仰を生きるべきです。矢内原忠雄は敗戦直後の昭和23年に語りました「かつてエゼキエルは敗戦の悲しみにある同胞に対して、『枯れた骨が生き返る』という復活の信仰を語りました。今度の戦争によって、世界の至る所に、谷にも平野にも、海の底にも町にも、枯れた骨が散乱しました。これらの枯れた骨が生きた人として生き返るということは、驚くほど大きな言葉であります。科学はもちろん、これを否定するでしょう。しかし、科学の否定によって否定しきれない魅力が、この思想の中にあります。我々の愛する者の骨が白く戦場に散乱した時に、我々を慰めて、生きる力を与え、希望を与えてくれるものは、この信仰であります。イエス・キリストによる復活の信仰、それだけがこの敗戦の焦土に立つ尽くす私どもに根本的な解決を与えてくれるのです」。

パウロは語ります「主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです」。私たちの肉体は朽ちます。クリスチャンも、そうでない人も同じく死にます。しかしキリストを信じる者はよみがえります。「われは身体のよみがえり、とこしえの生命を信ず」、使徒信条の一節です。ここに私たちの信仰がかかっています。

説教

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