すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2016年5月22日説教から

2016-5-22
「お前たちは、私が飢えていた時に食べさせ、のどが渇いていた時に飲ませ、旅をしていた時に宿を貸し、裸の時に着せ、病気の時に見舞い、牢にいた時に訪ねてくれたからだ」(マタイ25:35)

ヨハネ黙示録20章は最後の審判を描きます。最後の審判がどのようなものか、私たちには知ることが許されていません。誰が命の書に名前を記されているかも知りません。ただ、私たちが人生の総決算をここでしなければいけないことは事実です。しかし私たちは安心して良い。何故ならば最後の審判を裁かれるのは、私たちのために血を流してくださったキリストだからです。

招詞の言葉はマタイ福音書の描く最後の審判の記事です。ある人はこの短い言葉の中に新約聖書全巻のメッセージが込められていると語ります。マタイは記します「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く。そこで、王は右側にいる人たちに言う『さあ、私の父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい」。そして最後にイエスは言われます「私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのである」。

天にある「命の書」に名前を載せてもらうのは簡単です。これを実行すれば良い、そのほかには何もいらない。おそらく黙示録の著者ヨハネも「その通りだ。アーメン」と賛同するでしょう。

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