すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2019年3月17日説教から

2019-3-17
「私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのである」(マタイ25:40)

「金持ちとラザロ」の金持ちの罪は「何かをした」ことではなく、「何もしなかった」ことです。カール・バルトは語ります「金持ちの男は、自分の門前でラザロを横たわらせたままにしておき、ラザロを見ようともしなかった故に、神を見出さなかったのです」。

この物語を、自分に語られた言葉と聞いて、人生が変えられた人がアルベルト・シュバイツアーです。シュバイツアーが大学教授の職を捨てて、医者として赤道アフリカに行ったきっかけは、30歳の時にこの話を読んだのがきっかけです。彼は自伝で書きます。「金持ちと貧乏なラザロとのたとえ話は我々に向かって話されているように思われる。我々はその金持ちだ。金持ちは思慮がなく、門前の貧乏なラザロの心を聞こうと身を置き換えなかったため、これに罪を犯した。我々はこれと同じだ」。

私たちはシュバイツアーではありません。しかし、同じように何かを行う事が求められています。私たちがクリスチャンであるかどうかは、私たちが人を愛するかどうかにかかっています。人を愛するとは、相手が困っていればそれを自分の問題として考えることです。具体的には、「自分の財布を開き、自分の時間を割く」ことです。私たちが持っているものは、神によって与えられた、ですから、神から預けられたものを神に返していく。世の金持ちは、本当は不幸です。何故なら、彼は満ち足りているゆえに、この真理を知らないし、知ろうともしない。だからイエスは言われます「富んでいるあなたがたは、不幸である」。私たちは貧しさや挫折を通して、この真理を知りました。だから、バプテスマを受けてキリスト者となりました。「そこからもう一歩踏み出しなさい。自分の財布を開いて、そのお金を天に積みなさい」と招かれています。

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