1.イエスへの香油注ぎ
・マルコは14章から受難物語を書き始める。祭司長たちや律法学者はイエスを捕らえて殺す方策を立て始めている。
-マルコ14:1-2「過越祭と除酵祭の二日前になった。祭司長たちや律法学者たちは、何とか計略を用いてイエスを捕らえて殺そうと考えていた。彼らは、『民衆が騒ぎだすといけないから、祭りの間はやめておこう』と言っていた」。
・弟子のユダはこの動きに内応し、イエスを引き渡すことを約束した。彼はメシアとしてのイエスに失望していた。
-マルコ14:10-11「十二人の一人イスカリオテのユダは、イエスを引き渡そうとして、祭司長たちのところへ出かけて行った。彼らはそれを聞いて喜び、金を与える約束をした。そこでユダは、どうすれば折よくイエスを引き渡せるかとねらっていた」。
・イエスもこの動きを感じておられ、最後の時が来たことを予感されている。そのような時に、ベタニア村での香油注ぎがあった。ヨハネはこの女性はラザロの姉妹マリアとするが(12:3)、マルコは特定しない。
-マルコ14:3「イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた」。
・弟子たちはこの行為を無駄遣いと批判する。彼らはこの行為が葬りの準備であることに気がついていない。
-マルコ14:4-5「そこにいた人の何人かが、憤慨して互いに言った。『なぜ、こんなに香油を無駄遣いしたのか。この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに』。そして、彼女を厳しくとがめた」。
・死を前にしたイエスはこの行為を感謝して受けられる。彼女の行為は「無私の行為」故に美しいのではなく、「時に適っている」故に美しいのだ。彼女はイエスを愛している故に、イエスの心痛を感じることが出来た。
-マルコ14:6-8「イエスは言われた『するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。私に良いことをしてくれたのだ。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいる・・・しかし、私はいつも一緒にいるわけではない。この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もって私の体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた』」。
2.最後の晩餐
・イエスと弟子たちの最後の晩餐を過越しの食事としてとられた。それは犠牲の子羊をほふって食する時であり、イスラエルの解放を祝う時だ。イエスはイスラエルのための、「過越しの子羊」として死なれる。席上でイエスはユダの裏切りの予告をされ、ユダに「出て行って為すべきことをせよ」と言われる。
-マルコ14:18-20「一同が席に着いて食事をしているとき、イエスは言われた『はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人で、私と一緒に食事をしている者が、私を裏切ろうとしている』。弟子たちは心を痛めて『まさか私のことでは』と代わる代わる言い始めた。イエスは言われた『十二人のうちの一人で、私と一緒に鉢に食べ物を浸している者がそれだ』。
・ユダは積極的にイエスを裏切り、他の弟子たちは見捨てることによって裏切る。だから弟子たちは「まさか私のことでは」と振り返る。イエスはユダを激しく批判された。それはユダの回心、悔い改めを待っておられるからだ。
-マルコ14:21「人の子は、聖書に書いてあるとおりに、去って行く。だが、人の子を裏切るその者は不幸だ。生まれなかった方が、その者のためによかった」。
・イエスはパンを取り、感謝して、弟子たちに与えられる。後の教会はイエスの言葉を礼拝の中で繰り返す。聖餐(エウカリスト)と言う言葉は、感謝(エウカリスティア)から来る。聖餐の別名コムニオンは「交わり」を示す。
-マルコ14:22-24「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われた『取りなさい。これは私の体である』。また、杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らにお渡しになった。彼らは皆その杯から飲んだ。そして、イエスは言われた『これは、多くの人のために流される私の血、契約の血である』」。
・イエスの最後の言葉は再臨が近接していることを暗示する。パウロの言葉もイエスの再臨が近いことを示す。
-マルコ14:25「神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい。」
-?コリント11:26「だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです」。
・最後の晩餐は「あなた方の一人が私を裏切ろうとしている」との言葉で始まり、「あなた方は私に躓くだろう」との言葉で終わる。人は弱さゆえに罪を犯し、過ちを繰り返す。しかしその弟子たちをイエスは既に赦されている。
-マルコ14:27-28「イエスは弟子たちに言われた『あなたがたは皆私につまずく・・・しかし、私は復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く』」