江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2008年10月22日祈祷会(マルコ1:21-45、戦いとしての癒し)

投稿日:2019年8月21日 更新日:

1.悪霊追放〜神の支配に逆らう者との戦い

・イエスは「神の国は近づいた」としてその宣教を始められた。彼が最初に為されたのは、悪霊の追放であった。神の支配されている会堂に、それに逆らう悪霊が侵入している。故にイエスは悪霊を追放された。
−マルコ1:21-26「一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。・・・そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ『ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ』。イエスが『黙れ。この人から出て行け』とお叱りになると、汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った」。
・当時の人々にとって悪霊は具体的な実存者だった。今日の私たちは悪霊を、「象徴的・神話的」存在としてとらえるがどうなのだろうか。今日でも私たちは精神分裂等の心の病を治癒できないし、多くの人が自殺するのを防ぐことも出来ない。悪霊との戦いが今日の教会でも必要とされているのではないか。
−マルコ1:27-28「人々は皆驚いて、論じ合った『これは一体どういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く』。イエスの評判はたちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった」。
・ドストエフスキーは1873年『悪霊』を書いた。ネチャーエフ事件(秘密結社を組織したネチャーエフが、内ゲバの過程で仲間をスパイ容疑で殺害した)が契機になった。「悪霊」の題名はルカ8:32-36から取られた。
−ルカ8:32-33「その辺りの山で、たくさんの豚の群れがえさをあさっていた。悪霊どもが豚の中に入る許しを願うと、イエスはお許しになった。悪霊どもはその人から出て、豚の中に入った。すると、豚の群れは崖を下って湖になだれ込み、おぼれ死んだ」。
・イエスは「教え、癒し、宣教」された。今日の教会は教えと宣教はしているが、癒しの業が少ない。教会に多くの心病む方が来られる。牧会=人々への慰めが教会の大きな業の一つであることを認識すべきだ。
−マルコ1:32-34「夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。町中の人が、戸口に集まった。イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである」。
・しかし、イエスが行われたのは宣教であり、癒しはその一つであることを忘れてはいけない。イエスは呪術者、治癒者として求められることを退けられた。癒しが教会の主たる業になれば、それは聖書からの逸脱である。
−マルコ1:35-39「朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。シモンとその仲間はイエスの後を追い、見つけると『みんなが捜しています』と言った。イエスは言われた『近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、私は宣教する。そのために私は出て来たのである』。そして、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された」。

2.らい病者の癒し〜人間を縛り付ける社会悪との戦い

・イエスの元にらい病者が来て、癒しを求めた。当時のらい病者は伝染病者として共同体から追放され、人に近づくことは出来なかった。彼がイエスの元に来たのは、当時の律法に反する、必死の行為であった。
−マルコ1:40「重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い『御心ならば、私を清くすることがおできになります』と言った」。
・その必死さの中に、イエスは彼の信仰を認められた。イエスは彼に「触れて」癒された。らい病者に触れることも律法の禁止していた行為であった。らい病者の必死な求めに、イエスもまた律法を犯してまで対応された。
−マルコ1:41-42「イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、『よろしい。清くなれ』と言われると、たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった」。
・当時のらい病者は病の苦しみだけでなく、社会からの追放という二重の苦難を負っていた。だからイエスは彼の社会復帰のために、「祭司に身体を見せ、神殿で捧げもの」をするように言われた。
−マルコ1:43-44「イエスは・・・厳しく注意して、言われた『だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい』」。
・日本のらい病者救済の先駆的働きをしたのは、明治期の宣教師たちだった(テスド・ウィドウ=御殿場・神山復生病院、ハンナ・リデル=熊本・回春病院等)。長島愛生園の医師でクリスチャンであった神谷美恵子は「癩者に」という詩を書いた。マルコ1:40-42は多くのクリスチャンたちにイエスの後に従う行為をさせた。
−神谷美恵子“人間を見つめて”から「何故私たちでなくあなたが。あなたは代わって下さったのだ、代わって人としてのあらゆるものを奪われ、地獄の責苦を悩みぬいて下さったのだ。」

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