江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2024年2月15日祈祷会(申命記8章、荒野の試み)

投稿日:

 

 

1.荒野の旅の回顧

 

・イスラエルの民は、約束の地に入る前に、主の戒めを守ることを再度確認させられる。約束の地で、彼らが祝福を受けるかどうかは、彼らが主に従順か否かで決まる。

-申命記8:1「今日、私が命じる戒めをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたたちは命を得、その数は増え、主が先祖に誓われた土地に入って、それを取ることができる」。

・何故、主の戒めがそれほど大事なのか。主こそ、荒野の40年間を導き、養われた方だからだとモーセは説く。「人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きる」という有名な言葉がここにある。

-申命記8:2-3「あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた。主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった」。

・主は、民から必要なものを取り去り、窮乏の状況に置いて、人を教育される。そのことを通して、人は自分一人の力では生きることが出来ないこと、養われるのは神であることを知る。苦難こそ救いなのだ。

-申命記8:4「この四十年の間、あなたのまとう着物は古びず、足がはれることもなかった」。

・支えは神から来る。そのことを知るために飢えることが必要だ。だから神は私たちを荒野に導かれる。

-申命記8:5-6「あなたは、人が自分の子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを心に留めなさい。あなたの神、主の戒めを守り、主の道を歩み、彼を畏れなさい」。

・主はあなた方を良い地に導きいれようとしておられるとモーセは語る。

-申命記8:7-10「あなたの神、主はあなたを良い土地に導き入れようとしておられる。それは、平野にも山にも川が流れ、泉が湧き、地下水が溢れる土地、小麦、大麦、葡萄、無花果、柘榴が実る土地、オリーブの木と蜜のある土地である。不自由なくパンを食べることができ、何一つ欠けることのない土地であり、石は鉄を含み、山からは銅が採れる土地である。あなたは食べて満足し、良い土地を与えてくださったことを思って、あなたの神、主をたたえなさい」。

 

2.讃美が傲慢に変わる時

 

・恵みを受けた民は感謝するが、やがて恵みに慣れ、それを当然と思い始める。感謝は続かない。

-申命記8:11-14「私が今日命じる戒めと法と掟を守らず、あなたの神、主を忘れることのないように、注意しなさい。あなたが食べて満足し、立派な家を建てて住み、牛や羊が殖え、銀や金が増し、財産が豊かになって、心おごり、あなたの神、主を忘れることのないようにしなさい」。

・恵みを当然と思い始めた者は、この富は自分が築いたと思い始める。恵みはなくならないとありがたさがわからない。だからこそ苦難が人を鍛えるのである。

-申命記8:17「あなたは、『自分の力と手の働きで、この富を築いた』などと考えてはならない」。

・富は労働に対する対価ではなく、神の賜物だ。それを忘れる時、富は腐り始める。

-申命記8:18「むしろ、あなたの神、主を思い起こしなさい。富を築く力をあなたに与えられたのは主であり、主が先祖に誓われた契約を果たして、今日のようにしてくださったのである」。

・自分の力に頼るようになり、主を忘れるようになった時、主は再びあなたを荒野に連れ戻される。

-申命記8:19-20「もしあなたが、あなたの神、主を忘れて他の神々に従い、それに仕えて、ひれ伏すようなことがあれば、私は、今日、あなたたちに証言する。あなたたちは必ず滅びる。主があなたたちの前から滅ぼされた国々と同じように、あなたたちも、あなたたちの神、主の御声に聞き従わないがゆえに、滅び去る」。

・あなたが今バビロンの地で苦しみうめくのは、あなたが主の恵みを忘れ、傲慢になったからだ。それを知るためにあなたに捕囚と言う苦しみが与えられた。だから「今日、モーセの言葉をあなたも聞け」。

-申命記9:6-7「あなたが正しいので、あなたの神、主がこの良い土地を与え、それを得させてくださるのではないことをわきまえなさい。あなたはかたくなな民である」。

 

3.申命記8章の黙想(苦難の意味をエレミヤ書から聞く、2022.10.30説教から)

 

・エレミヤ29章は、バビロンで捕囚になっている人々へ書かれた手紙です。イスラエルは紀元前597年にバビロニア帝国に国を占領され、主だった人々は捕囚として首都バビロンに連行されました。王や貴族、祭司、軍人、技術者等1万人に上る指導的人々が捕囚になったとされます。その捕囚から4年たった紀元前594年頃にこの手紙は書かれました。

・当時、捕囚をめぐっていろいろの動きが出ていました。故国エレサレムにおいてはバビロニアの支配から逃れるために、エジプトに頼って国を救おうという動きが活発化していました。他方、捕囚地バビロンでは、早期に帰還できるのではないかという楽観論と、前途に希望はないという悲観論の双方が対立していました。その人々に対しエレミヤは手紙を書きました。

・「家を建てて住み、園に果樹を植えてその実を食べなさい。 妻をめとり、息子、娘をもうけ、息子には嫁をとり、娘は嫁がせて、息子、娘を産ませるように。そちらで人口を増やし、減らしてはならない」(29:5-6)。捕囚は主があなた方の罪のために与えた鞭であり、それは2年や3年で終らず、70年続く。だから「その地で家を建て、園に果樹を植えて自立できるようにしなさい。また、帰還はあなた方の子や孫の時代になるから、妻をめとり、子を生み、その子たちにも子を生ませ、民を増やして故国への帰還に備えよ」とエレミヤは書きました。

・この手紙は驚くべき内容を伝えます。捕囚が70年続くということは、手紙の受信人たちは生きて故郷に帰る事はないということです。人々はそれを呪いと受けとるでしょう。捕囚地の人々は、ある者は速やかな祖国帰還を熱狂的に確信し、エルサレムに残った人々と反バビロニアの画策をしていました。他の者は前途を諦め、気力もなくなり、絶望的になっていました。その人々にエレミヤは勧めます「自分たちの置かれた状況を冷静に見つめよ。あなたたちはすぐには帰れないから、その地で日常生活を営め。絶望や熱狂に陥って、与えられた仕事を着実に果たしえないようでは、正しく神を信じているとは言えないではないか。しかしまた捕囚は永遠に続くものではなく、試練の時が終れば祖国に帰ることを主は許される。故にその地で子を設け、子たちにあなた方の信仰を伝えよ」と。

・捕囚民はエレミヤの勧めを無視し、祖国に残った人たちと手を組んで、バビロニアに反乱を起こし、その結果、7年後の前587年にはエレサレムは再度占領されて、今度は徹底的に廃墟とされ、国は完全に滅ぼされました。その時の民の嘆きを伝える記事がエレミヤ哀歌です。哀歌は歌います「私は主の怒りの杖に打たれて苦しみを知った者。闇の中に追い立てられ、光なく歩く。その私を、御手がさまざまに責め続ける」(哀歌3:1-3)。「私は言う、私の生きる力は絶えた、ただ主を待ち望もう」(哀歌3:18)。捕囚民がエレミヤの言葉を真剣に聞き始めたのは、国の崩壊後、もう再建の希望はないと思えてからでした。

・国を滅ぼされ、帰還の道を断たれた民は、バビロニアで生きることを受け入れ、神が何故自分たちを滅ぼされたのかを求めて、父祖からの伝承を集め、編集していきました。その結果、神を離れ、奢り高ぶった罪が罰せられたことが捕囚であることを知り、悔改めました。創世記や出エジプト記、申命記等の旧約聖書の中核が編集されたのは、この捕囚期であると言われています。イスラエルの民は捕囚、国家の滅亡を通して、ダビデ王家とエルサレム神殿を中心とする民族共同体から、神の言葉、聖書を中心にする信仰共同体に変えられて行ったのです。

・エレミヤは手紙の中でバビロニアのために祈ることを勧めています「私が、あなたたちを捕囚として送った町の平安を求め、その町のために主に祈りなさい。その町の平安があってこそ、あなたたちにも平安があるのだから」(29:7)。当時の事情を考えた時、これもまた驚くべき言葉です。エレサレムを滅ぼし、自分たちを捕囚の運命に遭わせた、憎むべきバビロニアのために祈れとエレミヤは命じるのです。バビロニアがエルサレムを滅ぼしたと考える時、バビロニアは憎しみの対象になります。しかし「神がバビロニアを使って私たちを懲らしめられた」と考える時、バビロニアもまた祈りの対象となります。誰が主語か、神かバビロニアかによって、物事の意味が変わってくるのです。

・私たちが苦難にあった時、「主よ、何故ですか」と聞くのを止めて、「主よ、何処へ導こうとされるのですか」と聞き始めた時、苦しみは恵みになります。「この苦難を通してあなたは私をどこに導かれるのか」と問い始めた時、人は神に出会い、その出会いを通じて新しい世界が与えられます。この苦しみを経験しないと本当の喜びはないのではないか。病気のために生涯寝たきりの人生を送った、水野源三さんは歌いました「もしも私が苦しまなかったら、神様の愛を知らなかった。多くの人が苦しまなかったら、神様の愛は伝えられなかった。もしも主イエスが苦しまなかったら、神様の愛は現われなかった」。

-

Copyright© 日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会 , 2024 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.