江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2020年2月6日祈祷会(列王記下8章、神は歴史に介入されるのか)

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1.ハザエルのアラム王即位を助けるエリシャ

 

・エリシャは預言者であると同時に、政治的活動も行った。エリシャが敵国アラムの首都ダマスコを訪問し、アラムの重臣ハザエルに対し、「王が死んだ後、あなたが王になる」と預言し、謀反を勧めている。

-列王記下8:10-13「エリシャは言った『行って王に言うがいい。あなたは必ず治ると。しかし、主は彼が必ず死ぬことを私に示された』・・・主はあなたがアラムの王になることを私に示された』と答えた」。

・ハザエルは預言を聴いて、自分が王になる運命であることを悟り、王を暗殺して、自ら王に即位した。

-列王記下8:14-15「彼はエリシャのもとを離れ、自分の主君のところに帰ると、王は『エリシャはお前に何と言ったか』と尋ねたので、『必ず治ると彼は言いました』と答えた。しかし翌日、彼は布を取って水に浸し、王の顔を覆ったので、王は死んだ。ハザエルが彼に代わって王となった」。

・ハザエルはアラム王になると、イスラエルへの侵略を繰り返して、イスラエルの国力を落とさせた。

-列王記下10:32-33「主はイスラエルを衰退に向かわせられた。ハザエルがイスラエルをその領土の至るところで侵略したのである。侵略はヨルダン川の東側にあるギレアドの全域、ガド、ルベン、マナセの地で行われ、アルノン川の近くにあるアロエルから、ギレアドとバシャンにまで及んだ」。

・アラムの重臣ハザエルの王への登用は、前に預言者エリヤにより預言されている。主は不信仰のイスラエルを打つために、新しいアラム王を用いられ、その先導の役割をエリシャが行ったと列王記は記す。

-列王記上19:15-17「主はエリヤに言われた『行け、あなたの来た道を引き返し、ダマスコの荒れ野に向かえ。そこに着いたならハザエルに油を注いで彼をアラムの王とせよ。ニムシの子イエフにも油を注いでイスラエルの王とせよ。またアベル・メホラのシャファトの子エリシャにも油を注ぎ、あなたに代わる預言者とせよ。ハザエルの剣を逃れた者をイエフが殺し、イエフの剣を逃れた者をエリシャが殺すであろう』」。

 

2.ユダ王国の堕落

 

・同じころ、ユダ王国ではヨシャファトの子ヨラムが王になった。ヨラムの妻はイスラエルのアラム王の娘であり、アハズの悪が隣国ユダをも犯したと記者は記す。ヨラムは王になった時、将来の謀反を恐れて、兄弟全員を殺す。ユダ王国もまた、イスラエル王国と同じような神不在の無法時代に入りつつあった。

-歴代誌下21:1-5「ヨシャファトは先祖と共に眠りにつき、先祖と共にダビデの町に葬られた。その子ヨラムがヨシャファトに代わって王となった。彼には兄弟があった。ヨシャファトの子のアザルヤ、エヒエル、ゼカルヤ、アザルヤ、ミカエル、シェファトヤである・・・父は彼らにユダの砦の町と共に銀や金など高価な品々を豊富に与えた。ヨラムが長子であったので、ユダの王位は彼に譲った。ところが、ヨラムは父の国を支配下に置いて勢力を増すと、自分の兄弟のすべてと、イスラエルの高官のうち何人かを剣にかけて殺した。ヨラムは三十二歳で王となり、八年間エルサレムで王位にあった」。

・主は、ダビデに誓われた契約の故に(サムエル記下7:12-16)、ダビデの子孫を守られた。

-列王記下8:18-19「彼はアハブの娘を妻としていたので、アハブの家が行ったように、イスラエルの王たちの道を歩み、主の目に悪とされることを行った。しかし、主はその僕ダビデのゆえに、ユダを滅ぼそうとはされなかった。主は、ダビデとその子孫に絶えずともし火を与えると約束されたからである」。

 

3.預言の成就

 

・イスラエルでは偶像礼拝のオムリ王朝を滅ぼすべく、重臣イエフが立てられる。イエフはアハブ王の子、イスラエル王であったヨラム王を矢で射殺した。列王記記者はそれを預言の成就として記録する。

-列王記下9:24-26「イエフは手に弓を取り、ヨラムの腕と腕の間を射た。矢は心臓を射貫き、彼は戦車の中に崩れ落ちた。イエフは侍従ビドカルに言った『彼をイズレエル人ナボトの所有地の畑に運んで投げ捨てよ・・・私は昨日ナボトの血とその子らの血を確かに見たと主は言われた。また、私はこの所有地であなたに報復すると主は言われた。今、主の言葉通り、彼をその所有地に運んで投げ捨てよ』」。

・アハブの妻イゼベルは、イスラエルに偶像礼拝を広めた元凶であったが、彼女も預言通りに殺される。

-列王記下9:32-37「彼は・・・『その女を突き落とせ』と言った。彼らがイゼベルを突き落としたので、その血は壁や馬に飛び散り、馬が彼女を踏みつけた・・・人々が葬ろうとして行くと、頭蓋骨と両足、両手首しかなかった。彼らが帰って、そのことを知らせると、イエフは言った『これは主の言葉の通りだ。主は・・・言われた。イゼベルの肉は、イズレエルの所有地で犬に食われ、イゼベルの遺体はイズレエルの所有地で畑の面にまかれた肥やしのようになり、これがイゼベルだとはだれも言えなくなる』」

・その後、イエフはアハブの家系につながる者をすべて殺し、バアルの信奉者たちもすべて殺した。

-列王記下10:28-29「このようにして、イエフはイスラエルからバアルを滅ぼし去った。ただ、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪からは離れず、ベテルとダンにある金の子牛を退けなかった」。

・歴代誌はイエフがアハブの家を滅ぼすための器として用いられたとする。

-歴代誌下22:7「イエフは、アハブの家を絶つために主が油を注がれた者である」。

 

4.このような行為に神は本当に関与されたのであろうか

 

・列王記下9章及び10章に出るイエフは、クーデターによって、オムリ王朝に連なる最後の王ヨラムおよびその母イゼベルを殺害、イエフ王朝を開いた。このクーデターは紀元前842年頃で、イエフは28年間統治し、死後、息子のヨアハズが王位を継承した。オムリ王朝で進められていたバアル崇拝を根絶したことにより、「列王記」筆者から英雄もしくは北王国唯一の名君として描かれる。

-列王記下10:30「主はイエフに言われた。『あなたは私の目にかなう正しいことをよく成し遂げ、私の心にあった事をことごとくアハブの家に対して行った。それゆえあなたの子孫は四代にわたってイスラエルの王座につく』」。

・「列王記」記者は、金の子牛への崇拝を根絶しなかったとして、彼の限界をも指摘している。このころから「主がイスラエルを衰退に向かわせられた」と列王記は記述する。彼は王としては無能であった。

-列王記下10:31-32「しかしイエフは、心を尽くしてイスラエルの神、主の律法に従って歩もうと努めず、イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの罪を離れなかった。このころから、主はイスラエルを衰退に向かわせられた。ハザエルがイスラエルをその領土の至るところで侵略したのである」。

・先王アハブは、カナン人やアラム人との交流・同盟により国力を高め、北パレスチナの地域大国の一つとしてアッシリアを阻んだ。アハブの治世と比較すれば、イエフは近視眼的なヤハウェ信仰重視のイスラエル優越主義に基づき、カナン人やアラム人を敵視して国力を衰退させ、遠方の大国アッシリアに跪き、アッシリアのこの地域への侵入を助けたという点で後退を見せており、イスラエルの最終的な破滅を早めたと歴史家ディートリヒは評価する。

・アッシリア王シャルマネセル3世の碑文では、アッシリアに朝貢した一人の王としてイエフが言及されている。ニムルドから出土したレリーフには、シャルマネセル3世に跪拝して朝貢するイエフの姿が描かれている。ここでのイエフは「オムリの家のイエフ」と、自身が滅ぼした前王朝の名前で紹介されている。オムリの治世が優れていたことから、近隣諸国はイスラエルの代名詞として「オムリの家」を使用していたことに由来する。聖書の記述でもイスラエル弱体化の兆候が表れていたことが指摘されており、歴史上のイエフは頑迷なヤハウェ信仰に基づく政策を執ってイスラエルの国力を低下させた暗君であったとされる。

・列王記の最終章(25章)は、ユダ王国を滅ぼされてバビロンで37年間獄中にあった最後の王ヨヤキンがバビロン王の恩赦で釈放され、王の食卓につく者となったことで筆を置く。この出来事の中に列王記の記者は滅亡した国の復興の望みをいだく。列王記は国の滅亡の原因を探るために書かれた歴史書であり、各王の評価は「神の戒めにどれだけ忠実であったか」にかかる。その視点から記述されているため、後代の者には、何が神の御心であったのか、判別できない記事が多い。

・現代の私たちの視点から参考になるのが、ユダヤ教のラビ、レヴィナスの言葉である。「人間の歴史に神は介入されない」と彼は説く。第二次大戦中のホロコースト(ユダヤ人大虐殺)後、多くのユダヤ人は「神に見捨てられた」という思いをひきずっていた。「なぜ神は天上から介入して我々を救わなかったのか」、若いユダヤ人の中には信仰を棄てる人たちも出てきた。その時、レヴィナスは、それは「大人の信仰ではなく、幼児の信仰だ」と語った。

-レヴィナスの言葉「人間が人間に対して行った罪の償いを神に求めてはならない。社会的正義の実現は人間の仕事である。神が真にその名にふさわしい威徳を備えたものならば、『神の救援なしに地上に正義を実現できる者』を創造したはずである。わが身の不幸ゆえに神を信じることを止めるものは宗教的には幼児にすぎない。成人の信仰は、神の支援抜きで、地上に公正な社会を作り上げるという形をとるはずである。」(レヴィナス「困難な自由、ユダヤ教についての試論」内田樹訳、国文社(2008)。

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