江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2020年1月30日祈祷会(列王記下7章、神の業に驚く)

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1.神の業を信じることが出来ない人々

 

・サマリアの町はアラム軍の包囲により、飢餓状態に追い込まれ、驢馬の頭が銀80シュケル、鳩の糞さえ5シュケルで売られた。1シュケルは10グラム、燃料である鳩の糞が銀50グラムで取引されるという異常事態であった。

-列王記下6:25「サマリアは大飢饉に見舞われていたが、それに包囲が加わって、驢馬の頭一つが銀八十シェケル、鳩の糞四分の一カブが五シェケルで売られるようになった」。

・人々は自分たちのこどもさえ煮炊きして食べた。イスラエル王はこの事態をもたらした神の代弁者エリシャを殺して、打開を図ろうとした。エリシャは王に「明日の今頃、小麦粉1セアが1シュケルで売られる」と預言する。1セアは7リットル、当時の値段は100シュケル以上したであろう。それが1シュケルになる。飢餓は終わるとエリシャは預言したが、王も従者も信じなかった。

-列王記下7:1-2「エリシャは言った『主の言葉を聞きなさい。主はこう言われる。明日の今ごろ、サマリアの城門で上等の小麦粉一セアが一シェケル、大麦二セアが一シェケルで売られる』。王の介添えをしていた侍従は神の人に答えた『主が天に窓を造られたとしても、そんなことはなかろう』。エリシャは言った『あなたは自分の目でそれを見る。だが、それを食べることはない』」。

・城門には4人のらい病者がいた。彼らは人々の喜捨で生活していたが、飢餓の中で誰も食べ物を与えてくれない。このままでは死ぬと覚悟した彼らはアラム軍に投降して生きる道を探す。このらい病者たちが神の御業の目撃者となった。

-列王記下7:3-4「城門の入り口に重い皮膚病を患う者が四人いて、互いに言い合った『どうして私たちは死ぬまでここに座っていられようか。町に入ろうと言ってみたところで、町は飢饉に見舞われていて、私たちはそこで死ぬだけだし、ここに座っていても死ぬだけだ。そうならアラムの陣営に投降しよう。もし彼らが生かしてくれるなら私たちは生き延びることができる。もし私たちを殺すなら死ぬまでのことだ』」。

 

2.御業を示される神

 

・彼らがアラム軍の陣地に行くと、そこはもぬけの殻であった。主が大軍勢の足音をアラム軍に聞かせ、エジプトの大軍が押し寄せてくると誤解したアラム軍は敗走していた。

-列王記下7:5-7「アラムの陣営の外れまで来たところ、そこにはだれもいなかった。主が戦車の音や軍馬の音や大軍の音をアラムの陣営に響き渡らせられたため、彼らは・・・夕暮れに立って逃げ去った。彼らは天幕も馬も驢馬も捨て、陣営をそのままにして命を惜しんで逃げ去った」。

・四人は天幕に入り、放置されていた食糧を食べたが、その時、飢えている町の人を思い起こし、知らせるために帰った。主は彼らの心に「共に食べる」思いを与えられた。主の祈りも、私の祈りではなく、私たちの祈りだ。

-列王記下7:8-9「重い皮膚病を患っている者たちは陣営の外れまで来て、一つの天幕に入り、飲み食いした後、銀、金、衣服を運び出して隠した。彼らはまた戻って来て他の天幕に入り、そこからも運び出して隠した。彼らは互いに言い合った『私たちはこのようなことをしていてはならない。この日は良い知らせの日だ。私たちが黙って朝日が昇るまで待っているなら、罰を受けるだろう。さあ行って、王家の人々に知らせよう』」。

・王は最初この知らせを信じなかった。しかし、偵察隊を出してみると、その通りだった。人々は城門を出て、アラム軍の食糧を強奪した。エリシャの預言通り、小麦粉1セアが銀1シュケルに下落した。

-列王記下7:15-16「彼らはアラム軍の後を追って、ヨルダンまで来たが、その道はどこもアラム軍が慌てて投げ捨てた衣類や武具で満ちていた。使いの者たちは帰って来てこのことを王に報告した。そこで民は出て行ってアラムの陣営で略奪をほしいままにし、主の言葉どおり上等の小麦粉一セアが一シェケル、大麦二セアが一シェケルで売られるようになった」。

・先にエリシャの預言を疑った王の従者はこの騒動の中で死ぬ。彼は「信じなかった故に死んだ」と列王記記者は報告する。

-列王記下7:17-20「王は自分の介添えをしていた例の侍従を城門の管理に当たらせたが、彼は城門で民に踏み倒されて死んだ・・・神の人が王に『明日の今ごろ、サマリアの城門で大麦二セアが一シェケル、上等の小麦粉一セアが一シェケルで売られるようになる』と言うと、その侍従は神の人に『主が天に窓を造られたとしても、そんなことはなかろう』と答えたので、エリシャは「あなたは自分の目でそれを見る。だがそれを食べることはない」と言った。それがその通りに実現し、彼は門で民に踏み倒されて死んだ」。

・絶望的な飢餓が与えられたのは、人々の心が主から離れたからだ。神なしの世界では、人は自分の子さえ食べて生きようとする。試練が主より来る事を知れば、試練の終わりもわかる。私たちが悔改めた時だ。

-申命記28:15-53「もしあなたの神、主の御声に聞き従わず、今日私が命じるすべての戒めと掟を忠実に守らないならば、これらの呪いはことごとくあなたに臨み、実現するであろう・・・あなたは敵に包囲され、追いつめられた困窮のゆえに、あなたの神、主が与えられた、あなたの身から生まれた子、息子、娘らの肉をさえ食べるようになる」。

・主は災いを必ず終わらせられる。償いが終わった時に、災いは終わる。

-イザヤ40:1-2「慰めよ、私の民を慰めよとあなたたちの神は言われる。エルサレムの心に語りかけ、彼女に呼びかけよ。苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。罪のすべてに倍する報いを主の御手から受けた、と」。

 

3.良い知らせを伝える

 

・飢餓による人肉食はこれまでも繰り返し起こった。第二次大戦中、スターリングラードはドイツ軍に1年半にわたり、包囲され、人々は「凍え、餓え、1日に125グラムのパンと腐りかけたキャベツの葉のスープを摂るだけだった」。こうした中で人肉食が横行する。1942年12月までに、内務人民委員会は死肉食・人肉食の嫌疑で2105名を逮捕している。この900日の包囲で100万人以上のロシア人が犠牲になった(大木毅「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」岩波新書)。大岡昇平「野火」でもフィリツピン戦での死肉食を報告する。藤原彰「餓死した英霊」によれば、第二次大戦で死没した日本兵の多くは飢餓や栄養失調によるものだった。

・重い皮膚病者たちは陣営の外れまで来て、自分たちが飲み食いした後、互いに言い合った「私たちはこのようなことをしていてはならない。この日は良い知らせの日だ。私たちが黙って朝日が昇るまで待っているなら、罰を受けるだろう。さあ行って、王家の人々に知らせよう」。恵みを受けたものはそれを知らせる責務がある。パウロは福音を「良い知らせ」と呼ぶ。

-ローマ10:14-15「信じたことのない方を、どうして呼び求められよう。聞いたことのない方を、どうして信じられよう。宣べ伝える人がなければ、どうして聞くことができよう。遣わされないで、どうして宣べ伝えることできよう。『良い知らせを伝える者の足は、なんと美しいことか』と書いてある通りです」。

・「良い知らせを伝える者の足はなんと美しいことか」、この詩はイスラエルの民がバビロン捕囚から解放されたことを伝えるメッセンジャ-が、イスラエルを駆け巡る姿を語った故事に由来する。

-イザヤ52:7-8「いかに美しいことか、山々を行き巡り、良い知らせを告ぐる者の足は。彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え、救いを告げ、あなたの神は王になられた、とシオンに向かって呼ばわる。その声にあなたの見張りは声をあげ、皆共に喜び歌う。彼らは目のあたりに見る、主がシオンに帰られるのを」。

・しかし、イエスの福音を宣べ伝える者が、山野を駆け巡り、福音を知らせても、すべてのユダヤ人が、歓呼の声をあげて迎え、聞いて、信じたのではなく、むしろ冷淡だった。

-ローマ10:16-17「しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。イザヤは、『主よ、だれが私たちから聞いたことを信じましたか』と言っています。実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。」

・私たちの同胞も同じだ。飢餓は終わるとエリシャは預言したが、王も従者も信じなかった。私たちは聞こうとしない人々に「よい知らせ」を伝えて行く。その中には必ず「聞く」人が現れる。何故ならば、「この町には主の民が大勢いる」と主が言われるからだ。パウロの経験したことを私たちも経験しよう。

-使徒18:9-11「ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。『恐れるな。語り続けよ。黙っているな。私があなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、私の民が大勢いるからだ』。パウロは一年六か月の間ここ(コリント)にとどまって、人々に神の言葉を教えた」。

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