2019年11月7日祈祷会(列王記上21章、ナボトのぶどう園、主のものは主にささげよ)

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1.民を殺して土地を奪った王の罪

 

・北王国アハブ王は北部イズレエルに離宮を持っていた。隣には、イズレエル人ナボトのぶどう園があった。アハブ王はエジプト式の菜園を持ちたいと思い、ナボトに土地を売るよう求めるが、ナボトはこれを拒否する。

-列王記上21:1-3「ナボトは、イズレエルにぶどう畑を持っていた。畑はサマリア王アハブの宮殿のそばにあった。アハブはナボトに話を持ちかけた『お前のぶどう畑を譲ってくれ。私の宮殿のすぐ隣にあるので、それを私の菜園にしたい。お前にはもっと良いぶどう畑を与えよう。望むならそれに相当する代金を銀で支払ってもよい』。ナボトはアハブに、『先祖から伝わる嗣業の土地を譲ることなど、主にかけて私にはできません』と言った」。

・イスラエルでは土地は神のものであり、人はそれを神から貸与される。故に売買は原則禁止されていた。

-レビ記25:23「土地を売らねばならない時にも、土地を買い戻す権利を放棄してはならない。土地は私のものであり、あなたたちは私の土地に寄留し、滞在する者にすぎない」。

・アハブの申し立ては不当なものではない。また、ナボトの拒否もイスラエルでは当然だった。しかし、専制国家フェニキアから来た王妃イゼベルには理解できなかった。彼女は言う「あなたは王ではないか、何でもできるではないか」。

-列王記上21:6-7「彼は妻に語った『イズレエルの人ナボトに、彼のぶどう畑を私に・・・譲ってくれと申し入れたが、畑は譲れないと言うのだ』。妻のイゼベルは王に言った『今イスラエルを支配しているのはあなたです。起きて食事をし、元気を出してください。私がイズレエルの人ナボトのぶどう畑を手に入れてあげましょう』」。

・イゼベルはイズレエルの長老に指示し、「ナボトが神と王を呪った」として、石で打ち殺せと命じる。

-列王記上21:8-10「イゼベルはアハブの名で手紙を書き、アハブの印を押して封をし、その手紙をナボトのいる町に住む長老と貴族に送った・・・『断食を布告し、ナボトを民の最前列に座らせよ。ならず者を二人彼に向かって座らせ、ナボトが神と王とを呪った、と証言させよ。こうしてナボトを引き出し、石で打ち殺せ』」。

・長老たちはイゼベルを恐れ、指示通りナボトを処刑し、アハブはナボトのぶどう園を手に入れた。

-列王記上21:15-16「イゼベルはナボトが石で打ち殺されたと聞くと、アハブに言った『イズレエルの人ナボトが、銀と引き換えにあなたに譲るのを拒んだあのぶどう畑を、直ちに自分のものにしてください。ナボトはもう生きていません。死んだのです』」。

 

2.王の罪を告発する預言者

 

・この不正に神は怒られる。ダビデの罪に対して預言者ナタンが起こされて罪を糾弾したように、アハブの不正に対しては、預言者エリヤが立てられる。

-列王記上21:17-19「主の言葉がティシュベ人エリヤに臨んだ『直ちに下って行き、サマリアに住むイスラエルの王アハブに会え。彼はナボトのぶどう畑を自分のものにしようと下って来て、そこにいる。彼に告げよ“主はこう言われる。あなたは人を殺したうえに、その人の所有物を自分のものにしようとするのか”。また彼に告げよ“主はこう言われる。犬の群れがナボトの血をなめたその場所で、あなたの血を犬の群れがなめることになる”』」

・エリヤはアハブ王の前に行き、主の怒りを告げる。この呪いはやがて実現する(列王記上22章、下9章)。

-列王記上21:20-24「エリヤは答えた『あなたは自分を売り渡して主の目に悪とされることに身をゆだねた。“見よ、私はあなたに災いをくだし、あなたの子孫を除き去る。イスラエルにおいてアハブに属する男子を・・・すべて絶ち滅ぼす”。主はイゼベルにもこう告げられる“イゼベルはイズレエルの塁壁の中で犬の群れの餌食になる。アハブに属する者は、町で死ねば犬に食われ、野で死ねば空の鳥の餌食になる”』」

・人が何を信じるかが、その人の生き方を変え、社会構造さえも変える。バアル=偶像神を信じるとは、人間に絶対性を与え、王が神となり、国家は専制化する。神に絶対性を持つ時、王は神の代理人として民に仕える者となる。民が王を求めた時に、神はサムエルに、「彼らは私を拒否しているのだ」と言われた。

-サムエル記上8:7「主はサムエルに言われた『民があなたに言うままに、彼らの声に従うがよい。彼らが退けたのはあなたではない。彼らの上に私が王として君臨することを退けているのだ』」。

 

3.列王記上21章の黙想(偶像礼拝と戦う)

 

・エリヤの生涯は偶像礼拝との戦いだった。偶像礼拝とは神を否定し、自分を神として拝むことを意味する。それは社会的には権力者の神格化という現象をもたらす。イスラエルにおいて王は神であり、地上の王は神から委託を受けて人々を統治すると理解されていた。故に、王が神の委託を超えて自己の利益を諮った時、それは「悪」として預言者から批判される。それに対して神なき世界では王の権限を絶対化する方向で政治力学が働く。列王記上21章「ナボトのブドウ畑の記事」が示すのは、両者の対決物語である。

・アハブ王はイズレエル人ナボトのぶどう園を欲しいと思い、ナボトに土地を売るよう求めるが、彼はこれを拒否する。イスラエルでは、土地は神のものであり、売買は原則禁止されていた。このことを聞いた妃イゼベルは激怒する。彼女は夫アハブに「今イスラエルを支配しているのはあなたです」と言い(22:6-7)、イズレエルの長老にナボトを石で打ち殺せと命じ、土地を手に入れる。王であれば何をしてもよい、批判は許さない、これが偶像礼拝の世界であり、この偶像礼拝とエリヤは戦った。

・偶像礼拝の罪は歴史上繰り返し現れて来る。戦前の日本は国内の政治的・社会的困難を解決するために中国への侵略を加速化し、1931年満州を占領し、1937年には盧溝橋事件を起こして、中国本土への侵略を始める。この日本の行動を見て、当時東大教授であった矢内原忠雄は「国家の理想」という論文を中央公論誌に発表して批判した。彼は論文の中で語る「国家の理想は正義と平和にある、戦争という方法で弱者をしいたげることではない。理想にしたがって歩まないと国は栄えない、一時栄えるように見えても滅びる」。論文が契機となって、矢内原は東大教授の職を追われた。天皇制国家という偶像礼拝の中では、国家を批判する者は迫害されていく。彼もエリヤの戦いを戦ったのである。

・エリック・リデルもまた偶像礼拝と戦った人だ。彼はスコットランド人宣教師の子として中国天津に生まれ、ロンドンの寄宿学校に学んだ。身体能力に優れ、ラグビーではスコットランド代表、陸上選手としても短距離のタイトルを独占し、エディンバラ大の学生であった1924年、パリ・オリンピックに100m走選手として出場する機会を与えられた。しかし、100m走の予選日が日曜日だったため彼はエントリーを断念した。安息日である日曜日には競技をしないというのが彼の信念だった。エリックは代わりに400m走に出場し、世界新記録で金メダルを獲得した。彼の生涯を描いた映画「CHARIOTS OF FIRE(日本題「炎のランナー」)はエリヤの昇天時に現れた「火の戦車」から採られている。「火の戦車」のように、神の栄光を現すために、凄まじいまでの気迫でレースを走った彼の姿を象徴する題である。

・オリンピック後、エリックは、中国へ宣教師として向かう。やがて第2次世界大戦が始まり、エリックは中国を占領した日本軍の強制収容所に送られる。彼は収容所において、親と離れ離れになった子どもたちの保護者となった。その時の子供の一人がスティーブン・メティカフで、彼も両親が宣教師として滞在していた中国で生まれ、大戦中は日本軍収容所に入れられ、収容所でエリックに出会う。収容所での日本兵のむごい仕打ちを見せつけられ、メティカフを始め少年たちが、その行為をどうしても赦すことが出来なかった時、エリックはこう言った「聖書には『迫害する者のために祈りなさい』と書いてある。ぼくたちは愛する者のためなら、頼まれなくても祈る。しかし、イエスは愛せない者のために祈れと言われた。だから君たちも日本人のために祈ってごらん。人を憎む時、君たちは自分中心の人間になる。でも祈る時、君たちは神中心の人間になる。神が愛する人を憎むことはできない。祈りは君たちの姿勢を変えるのだ」。「聖人のような人物だった」とメティカフはエリック・リデルを評する。リデルは収容所で43才という若さで死ぬが、メティカフはその時、「もし僕が生きてこの収容所を出られる日が来たら、きっと宣教師になって日本に行く」と祈った。数年後、メティカフは宣教のために日本へと向かい、38年間を日本に捧げた。ここにも「エリヤと弟子エリシャ」がいた。私たちの教会の長期目標はこのエリヤやエリシャのように、主の使命に生きる人々を育てることにあると思う。

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