江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2016年1月21日祈祷会(創世記25章、ヤコブとエソウの誕生)

投稿日:2019年8月21日 更新日:

1.アブラハムの死とイサク、イシマエル

・アブラハムはサラの死後、再び妻をめとり、5人の子を生み、長寿を全うして死んだ。アブラハムはその全財産をイサクに残した。イサクこそ約束された後継者であった。
−創世記25:5-6「アブラハムは、全財産をイサクに譲った。側女の子供たちには贈り物を与え、自分が生きている間に、東の方、ケデム地方へ移住させ、息子イサクから遠ざけた」。
・アブラハムはイサクとイシマエルの二人の子により、サラと同じ墓に葬られた。彼の死を契機に、対立していた兄弟の和解が為されたと創世記は伝える。
―創世記25:7-10「アブラハムの生涯は百七十五年であった。アブラハムは長寿を全うして息を引き取り、満ち足りて死に、先祖の列に加えられた。息子イサクとイシュマエルは、マクペラの洞穴に彼を葬った。その洞穴はマムレの前の、ヘト人ツォハルの子エフロンの畑の中にあったが、その畑は、アブラハムがヘトの人々から買い取ったものである。そこに、アブラハムは妻サラと共に葬られた」。
・族長としての継承者はイサクであったが、神はイシマエルも祝福し、イシマエルも多くの民の祖となった。彼もまた神の恵みの中にあった。
―創世記25:12-17「サラの女奴隷であったエジプト人ハガルが、アブラハムとの間に産んだ息子イシュマエルの系図は次のとおりである。イシュマエルの息子たちの名前は、生まれた順に挙げれば、長男がネバヨト、次はケダル、アドベエル、ミブサム、ミシュマ、ドマ、マサ、ハダド、テマ、エトル、ナフィシュ、ケデマである。以上がイシュマエルの息子たちで、村落や宿営地に従って付けられた名前である。彼らはそれぞれの部族の十二人の首長であった。イシュマエルの生涯は百三十七年であった。彼は息を引き取り、死んで先祖の列に加えられた。」
・古代の人々にとって長寿を全うし、子供たちに見送られて、先祖の列に加えられることが、「安らかな死」であった。現代の私たちは、病院での延命治療、孤独死、心のこもらない葬儀、死んだ後の墓の荒廃(無縁墓)に直面している。教会は共同体の成員に、「安らかな死と死後の慰めの継続」を与えることを一つの使命とする。
−ローマ14:7-9「私たちの中には、だれ一人自分のために生きる人はなく、だれ一人自分のために死ぬ人もいません。私たちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。キリストが死に、そして生きたのは、死んだ人にも生きている人にも主となられるためです」。

2.ヤコブとエソウの誕生

・イサクの妻リベカは20年の間、身ごもらなかった。アブラハムは神の約束を自分で果たそうとした(側女を入れることによって子を持つ)が、イサクは主に祈って約束を待った。イサクは祈りの人である。
―創世記25:21「イサクは、妻に子供ができなかったので、妻のために主に祈った。その祈りは主に聞き入れられ、妻リベカは身ごもった」。
・リベカが身ごもったのは双子であった。二人は母親の胎内にいる時からお互いに押し合っていた。
―創世記25:22-23「ところが、胎内で子供たちが押し合うので、リベカは、『これでは、私はどうなるのでしょう』と言って、主の御心を尋ねるために出かけた。主は彼女に言われた『二つの国民があなたの胎内に宿っており、二つの民があなたの腹の内で分かれ争っている。一つの民が他の民より強くなり、兄が弟に仕えるようになる』」。
・弟ヤコブは兄エソウのかかと(アケブ)を持って生まれた。彼はヤコブ(押しのける者)と呼ばれた。
−創世記25:24-26「月が満ちて出産の時が来ると、胎内にはまさしく双子がいた。先に出てきた子は赤くて、全身が毛皮の衣のようであったので、エサウと名付けた。その後で弟が出てきたが、その手がエサウのかかと(アケブ)をつかんでいたので、ヤコブと名付けた。リベカが二人を産んだとき、イサクは六十歳であった」。
・創世記はアブラハム物語(10−24章)の後、短いイサク物語(26章)を挟んで、ヤコブ物語(27−36章)を語り始める。ヤコブ物語の主題は「争い」である。ヤコブは長子権をめぐって兄エソウと争い、財産を巡って叔父ラバンと争い、ヤコブの二人の妻ラケルとレアは子供たちを巡って争い、ヤコブの12人の子供たちはそれぞれに争い、ヤコブは最後には神と争う。ヤコブは後に自分の生涯を「苦しみ多かった人生だった」と告白する。争いの生涯はたとえ勝利者になっても、そこに平安はなかった。
−創世記47:9「ヤコブはファラオに答えた『私の旅路の年月は百三十年です。私の生涯の年月は短く、苦しみ多く、私の先祖たちの生涯や旅路の年月には及びません』」。

3.争いの始まり

・ヤコブは成長して羊飼いになり、エソウは狩猟者になった。父イサクは長男エソウを偏愛し、母リベカは次男ヤコブを偏愛する。将来の争いの種がすでに芽生えていた。
−創世記25:27-28「二人の子供は成長して、エサウは巧みな狩人で野の人となったが、ヤコブは穏やかな人で天幕の周りで働くのを常とした。イサクはエサウを愛した。狩りの獲物が好物だったからである。しかし、リベカはヤコブを愛した」。
・ヤコブはエソウの長子権を、策略をもって奪い取る。
−創世記25:29-34「ある日のこと、ヤコブが煮物をしていると、エサウが疲れきって野原から帰って来た。エサウはヤコブに言った『お願いだ、その赤いもの(アドム)、そこの赤いものを食べさせてほしい。私は疲れきっている』。彼が名をエドムとも呼ばれたのはこのためである。ヤコブは言った『まず、お兄さんの長子の権利を譲ってください』。『ああ、もう死にそうだ。長子の権利などどうでもよい』とエサウが答えると、ヤコブは言った『では、今すぐ誓ってください』。エサウは誓い、長子の権利をヤコブに譲ってしまった。ヤコブはエサウにパンとレンズ豆の煮物を与えた。エサウは飲み食いしたあげく立ち去って行った。こうしてエサウは、長子の権利を軽んじた」。
・長子権とは一族の長になる資格だ。その大事な長子権を食べ物のために売ったエソウを、へブル書は愚か者と述べている。
―ヘブル12:16-17「また、だれであれ、ただ一杯の食物のために長子の権利を譲り渡したエサウのように、みだらな者や俗悪な者とならないよう気をつけるべきです。あなたがたも知っているとおり、エサウは後になって祝福を受け継ぎたいと願ったが、拒絶されたからです。涙を流して求めたけれども、事態を変えてもらうことができなかったのです」。
・パウロは弟ヤコブが長子権を獲得したことの中に、神の選びが働いていると理解した。
−ローマ9:11-18「その子供たちがまだ生まれもせず、善いことも悪いこともしていないのに、『兄は弟に仕えるであろう』とリベカに告げられました。それは、自由な選びによる神の計画が人の行いにはよらず、お召しになる方によって進められるためでした。『私はヤコブを愛し、エサウを憎んだ』と書いてあるとおりです。では、どういうことになるのか。神に不義があるのか。決してそうではない。神はモーセに、『私は自分が憐れもうと思う者を憐れみ、慈しもうと思う者を慈しむ」と言っておられます。従って、これは、人の意志や努力ではなく、神の憐れみによるものです・・・このように、神は御自分が憐れみたいと思う者を憐れみ、かたくなにしたいと思う者をかたくなにされるのです』」。
・ヤコブは決して誠実な人間ではない。その結果彼の人生は苦しみに満ちたものになる。しかし彼は約束を強く求め、与えられ、やがてイスラエル民族の祖となる。約束の継承者である教会も完全なものではなく、欠けの多いものである。しかし、その教会を用いて神は救済の業を為される。

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