江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2009年7月16日祈祷会(イザヤ51:17〜52:12、エルサレム復興の希望)

投稿日:2019年8月21日 更新日:

1.廃墟となったエルサレムへの呼びかけ

・バビロンに囚われていた人々に帰還の道が開かれたが、多くの人たちは帰国を拒否した。預言者は帰国を決意した人々を励ます。51章後半からは、廃墟となったエルサレムに残った民への呼びかけが始まる。50年前に捕囚となった人々は指導階級の人々で、祖国には農民たちが残され、息も絶え絶えの暮らしをしていた。預言者は、国の滅亡という「憤りの杯」を飲み、指導者の捕囚という「よろめかす杯」を飲まされた残留の民に、「起きよ」と呼びかける。
−イザヤ51:17「目覚めよ、目覚めよ、立ち上がれ、エルサレム。主の手から憤りの杯を飲み、よろめかす大杯を飲み干した都よ」。
・あなたたちは、「破壊と破滅」、「飢饉と剣」という苦難を受け、力尽きて倒れている。しかし主が救済に動かれた。だから「起きよ」と呼びかけられる。敗戦とその後の苦難が「主の憤り」、「神の咎め」と受け止められている。
−イザヤ51:19-20「二組の災いがあなたを襲った。誰があなたのために嘆くであろうか。破壊と破滅、飢饉と剣。誰があなたを慰めるであろうか。どの街角にもあなたの子らが力尽きて伏している。網にかかったかもしかのように。主の憤り、あなたの神のとがめに満たされて」。
・主は苦難の杯をエルサレムの民から取り去り、これまでエルサレムの人々を迫害してきたバビロン人の上に置かれる。あなたは占領者バビロン人から足蹴にされ、屈辱をなめてきたが、そのあなたを主は救われる。
-イザヤ51:22-23「主なる神、御自分の民の訴えを取り上げられる主は、こう言われる。見よ、よろめかす杯をあなたの手から取り去ろう。私の憤りの大杯をあなたは再び飲むことはない。あなたを責める者の手に私はそれを置く」。
・預言者の言葉は続く「立ち上がれ、シオンよ。異教徒のバビロン人は都から追放され、あなたは贖われる」と。
-イザヤ52:1-3「奮い立て、奮い立て、力をまとえ、シオンよ。輝く衣をまとえ、聖なる都、エルサレムよ。無割礼の汚れた者があなたの中に攻め込むことは再び起こらない。立ち上がって塵を払え、捕らわれのエルサレム。首の縄目を解け、捕らわれの娘シオンよ。主は言われる『ただ同然で売られたあなたたちは銀によらずに買い戻される』と」。
・預言者はイスラエルの歴史を回顧する。エジプトで苦しむ民を主は救済された。今その民はアッシリアとバビロンの縄目の中にある。しかしあなたたちの神はエジプトで救われたように、今バビロンからも救われる。
-イザヤ52:4-6「主なる神はこう言われる『初め、私の民はエジプトに下り、そこに宿った。また、アッシリア人は故なくこの民を搾取した。そして今、ここで起こっていることは何か』と主は言われる。『私の民はただ同然で奪い去られ、支配者たちはわめき、私の名は常に、そして絶え間なく、侮られている』と主は言われる。『それゆえ、私の民は私の名を知るであろう。それゆえその日には、私が神であることを、見よ、ここにいると言う者であることを知るようになる』。

2.帰国を決意した者への励まし

・預言者に率いられた捕囚の民はエルサレムに帰る。その日、廃墟の中に住むエルサレムの民は、歓呼して彼らを迎える。「良き知らせを伝える者の足はいかに美しいか」と預言者は歌う。
-イザヤ52:7-10「いかに美しいことか、山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え、救いを告げ、あなたの神は王となられた、とシオンに向かって呼ばわる。その声に、あなたの見張りは声をあげ、皆共に、喜び歌う。彼らは目の当たりに見る、主がシオンに帰られるのを。歓声をあげ、共に喜び歌え、エルサレムの廃虚よ。主はその民を慰め、エルサレムを贖われた」。
・「良き知らせを伝える者の足はいかに美しいか」、このイザヤの言葉をパウロはローマ教会への手紙の中で取り上げ、以来この言葉は、宣教者の使命を励ます言葉として教会の中で用いられてきた。
-ローマ10:15-17「遣わされないで、どうして宣べ伝えることができよう。『良い知らせを伝える者の足は、なんと美しいことか』と書いてあるとおりです・・・実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです」。
・預言者は再び捕囚の民に呼びかける「汚れた偶像崇拝の町を出よ。しかし急ぐ必要はない」と。出エジプトの民はエジプト人に急き立てられるようにして国を出た。しかし今は急ぐ必要はない。主が先導されるからだ。
-イザヤ52:11-12「立ち去れ、立ち去れ、そこを出よ、汚れたものに触れるな。その中から出て、身を清めよ、主の祭具を担う者よ。しかし、急いで出る必要はない、逃げ去ることもない。あなたたちの先を進むのは主であり、しんがりを守るのもイスラエルの神だから」。
・荒廃のエルサレムでは、残された貧しい農民たちが細々と生きている。バビロンでは捕囚の民でさえ富を得て裕福な暮らしをしている。しかし、「その生活を捨てよ。そこは偶像の町、汚れた地である」と主は命じられる。捕囚からの帰還民は、略奪された神殿祭具を携えてエルサレムを出た(エズラ記1:7-11)。神殿を再建するためにだ。

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