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日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2008年6月4日祈祷会(列王記下21章、マナセの背信と国滅亡の預言)

投稿日:2019年8月21日 更新日:

1.マナセの悪政

・ヒゼキヤは預言者イザヤに従い、神殿から偶像を撤去し、主は喜ばれ、アッシリアから国を護られた。しかし、子のマナセの時代になると、アッシリアの勢力が強まり、マナセは再び異教礼拝を取り入れる。
-?列王記21:1-4「マナセは十二歳で王となり、五十五年間エルサレムで王位にあった。・・・ 彼は主がイスラエルの人々の前から追い払われた諸国の民の忌むべき慣習に倣い、主の目に悪とされることを行った。彼は父ヒゼキヤが廃した聖なる高台を再建し、イスラエルの王アハブが行ったようにバアルの祭壇を築き、アシェラ像を造った」。
・マナセの行為は世界史の変化の中にある。マナセの時代、アッシリアの勢力はエジプトまで及び、ユダヤは実質上、属国とされた。親アッシリアの台頭の中で、イザヤたち預言者は迫害されていった。
-?列王記21:16「マナセは主の目に悪とされることをユダに行わせて、罪を犯させた。彼はその罪を犯したばかりでなく、罪のない者の血を非常に多く流し、その血でエルサレムを端から端まで満たした」。
・この時代に預言者イザヤはのこぎりの刑で殺されたと言われている。ヘブル書の記事の中にその残影がある。
-ヘブル11:37-38「彼らは石で打ち殺され、のこぎりで引かれ、剣で切り殺され、羊の皮や山羊の皮を着て放浪し、暮らしに事欠き、苦しめられ、虐待され、荒れ野、山、岩穴、地の割れ目をさまよい歩きました。世は彼らにふさわしくなかったのです」。
・「世は彼らにふさわしくなかった」、その迫害の中で、預言者たちは父祖からの伝承をまとめなおし、編集して行った。その結果出来上がった文書が申命記である。異教礼拝の廃止を預言者たちは申命記に書き込んでいる。
-申命記18:10-11「あなたの間に、自分の息子、娘に火の中を通らせる者、占い師、卜者、易者、呪術師、呪文を唱える者、口寄せ、霊媒、死者に伺いを立てる者などがいてはならない」。
-?列王記21:5-6「彼はまた、主の神殿の二つの庭に天の万象のための祭壇を築いた。彼は自分の子に火の中を通らせ、占いやまじないを行い、口寄せや霊媒を用いるなど、主の目に悪とされることを数々行って主の怒りを招いた」。

2.国が滅亡するとの預言

・このマナセの悪政に対して、主はユダヤ王国を滅ぼすと預言された。
-?列王記21:11-15「ユダの王マナセはこれらの忌むべき事を行い、かつてアモリ人の行ったすべての事より、更に悪い事を行い、その偶像によってユダにまで罪を犯させた。それゆえ、イスラエルの神、主はこう言われる。見よ、私はエルサレムとユダに災いをもたらす。・・・私はサマリアに使った測り縄とアハブの家に使った下げ振りをエルサレムに用いる。・・・私はエルサレムをぬぐい去る。私はわが嗣業の残りの者を見捨て、敵の手に渡す。彼らはそのすべての敵の餌食となり、略奪の的となる」。
・測り縄は測量のための紐であり、下げ振りは錘、いずれもエルサレム城壁の破壊を示す。エルサレム崩壊を嘆く哀歌は、主が測り縄を用いて、エルサレムを滅ぼされたと嘆く。
-哀歌2:8-9「主はおとめシオンの城壁を滅ぼそうと定め、打ち倒すべき所を測り縄ではかり、御手をひるがえされない。城壁も砦も共に嘆き、共に喪に服す。城門はことごとく地に倒れ、かんぬきは砕けた。王と君侯は異国の民の中にあり、律法を教える者は失われ、預言者は主からの幻による託宣をもはや見いだすことができない」。
・主はマナセのゆえに国を滅ぼすと言われたが、エルサレム崩壊は王の死後50年後である。何故マナセではなく、その子孫が撃たれるのか。歴代誌はマナセが苦難の中で主の許しを請い、主が滅びを延ばされたと伝える。
-?歴代誌33:10-13「主は、アッシリアの王の将軍たちに彼らを攻めさせられた。彼らはマナセを鉤で捕らえ、一対の青銅の足枷につないでバビロンに引いて行った。彼は苦悩の中で自分の神、主に願い、先祖の神の前に深くへりくだり、祈り求めた。神はその祈りを聞き入れ、願いをかなえられて、再び彼をエルサレムの自分の王国に戻された。こうしてマナセは主が神であることを知った」。
・マナセの死後、アモンを経てヨシヤ王が王位につく。ヨシヤは主の前に正しく生きたが、主は王国を滅ぼすとの決断を変えられなかった。その後の歴史を見ると、ユダヤは滅び、民はバビロンに捕囚となった。この捕囚の中で悔い改めた民が創世記や出エジプト記をまとめていく。捕囚により民は清められた。滅びもまた祝福なのだ。
-?列王記23:24-27「ヨシヤはまた口寄せ、霊媒、テラフィム、偶像、ユダの地とエルサレムに見られる、憎むべきものを一掃した。・・・彼のように全くモーセの律法に従って、心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして主に立ち帰った王は、彼の前にはなかった。彼の後にも、彼のような王が立つことはなかった。しかし、マナセの引き起こした主のすべての憤りのために、主はユダに向かって燃え上がった激しい怒りの炎を収めようとなさらなかった。 主は言われた『私はイスラエルを退けたようにユダも私の前から退け、私が選んだこの都エルサレムも、私の名を置くと言ったこの神殿もわたしは忌み嫌う』」。

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