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日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2017年4月23日説教(ローマ1:1-17、信仰によって生きる)

投稿日:2017年4月23日 更新日:

2017年4月23日説教(ローマ1:1-17、信仰によって生きる)

1.パウロからローマ教会への手紙

 

・今週からパウロの書いた「ローマの信徒への手紙」を読んでいきます。この手紙は、パウロが帝国の首都ローマにあります教会に宛てた書簡です。このローマ書は、世界の教会を変革してきた書簡です。ルターが「信仰のみ(ソラ・フィデ 、Sola fide)」の真理を見出して、宗教改革を始める契機になったのはこのローマ書ですし、内村鑑三の書いた「ローマ書の研究」は日本の教会の礎を作ってきました。また、現代神学の祖といわれるカール・バルトの出発点もこのローマ書です(1919年「ローマ書」第一版、22年第二版)。何故この書はそのような衝撃を読者に与えて来たのでしょうか。

・この手紙を書いているパウロはコリントにいます。彼は2年にわたったアジア州での伝道活動を終え、コリントにて、エルサレムに渡るための船便を待っています。マケドニア州とアカイア州の諸集会からの献金を携えてエルサレム教会へ行くためです。コリントやエペソ等の異邦人教会と、エルサレムのユダヤ人教会の間には、信仰の在り方をめぐって、いろいろな対立がありました。そのため、パウロは異邦人教会からの捧げ物をエルサレム教会に持参し、両者の和解の使者になろうとしています。しかし、パウロの心は西へ、ローマに向いています。パウロは手紙の結びで、これからの計画を述べています「今は聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます・・・私はこのことを済ませてから・・・あなたがたの所を経てイスパニアに行きます」(15:25-29)。コリントから西に向かう船に乗れば、帝国の首都ローマはすぐですが、今は東のエルサレムに向かわなければなりません。パウロは生きている内に、「福音を全世界に伝えたい」と考えていました。そして帝国の東半分に福音を伝えた今、帝国の西半分にまで福音を伝えることがパウロの悲願であったのです。しかし、今は行けない。それで、パウロはローマ訪問に先立って、自分が宣べ伝えている福音を理解してもらうために手紙を書き送った、それがこの「ローマ書」です。
・書簡の宛先はローマにいる信徒たちです(1:7)。30年代初頭にエルサレムで始まった「イエスをキリスト(救い主)と信じる信仰」がローマにも伝えられて、40年代にはユダヤ人を中心に、異邦人も含む信徒の群れが形成されていました。最初期のキリスト者たちは、ユダヤ教の一派としてユダヤ人会堂で活動していたようです。ところが、ユダヤ人の間に騒乱が起こったので、皇帝クラウディウスは49年にユダヤ人をローマから追放します。この「ユダヤ人騒乱」は、律法順守をめぐるユダヤ教指導者とユダヤ人キリスト者との対立から出たもので、その中にアキラとプリスキラ夫妻がいました。夫妻はこの追放によってローマを去ってコリントに行き、そこでパウロと出会い、以後福音宣教の働きを共にするようになります。パウロはこのアキラとプリスキラ夫妻からローマ教会の状況を聞いたものと思われます(16:3)。

2.ローマに特別の思い入れを持つパウロ

 

・ユダヤ人信徒がローマから追放された後、異邦人信徒たちは個人の家で集会を続けていましたが、クラウディウス帝の死とともに(54年)、ユダヤ人キリスト者たちがローマに帰ってきます。ユダヤ人信徒が追放されていた5年間に状況は大きく変わりました。残された異邦人信徒は伝道して多くの信徒を獲得し、帝国首都のキリスト信仰が「全世界に言い伝えられる」ようになりました(1:8)。そこへユダヤ人信徒が戻って来て、問題が生じました。生活慣習が異なり、信仰の在り方が違う両者の間に対立が生まれていきます。また異邦人教会にも、エルサレムを拠点とするユダヤ主義者(異邦人も割礼を受けなければ救われないと主張していた)の影響が及んできています。「異邦人への使徒」の責任を持つパウロは心配でなりません。その懸念が手紙のあちこちに顔を出しています。

・あいさつの言葉を終えた後、パウロは続けます「あなたがたの信仰が全世界に言い広められている」ことを神に感謝しています(1:8)。それに続いて、何とかしてローマを訪れたいという念願を伝えます(1:9-10)。ローマは異邦世界の中心であり、一切がそこへ集まり、そこから出て行く場所です。パウロはそこに自分に委ねられた福音を確立し、そこを拠点として全世界に福音を伝える働きを進めたいのです。パウロは彼らに語ります。「あなたがたにぜひ会いたいのは、"霊"の賜物をいくらかでも分け与えて、力になりたいからです」(1:11)、さらに「あなたがたのところで、あなたがたと私が互いに持っている信仰によって、励まし合いたいのです」(1:12)と。お互いの協力によって、「ほかの異邦人の所と同じく、あなたがたのところでも何か実りを得たいと望む」(1:13) という願いを実現し、世界の首都ローマに福音の拠点を確立したいのです。
・パウロは「異邦人への使徒」としての使命感を語ります「私は、ギリシア人にも未開の人にも、知恵のある人にもない人にも、果たすべき責任があります」(1:14)。「未開の人」とはギリシア語を話さない帝国西部の人々を指すのでしょう。文明の種類を問わず、文化や教養の程度を問わず、人間がいる所に福音が伝えられなければならない、世界の全体に福音を満たす責任があると感じているパウロは、その帝国の中心であるローマに福音を確立することを熱望するのです(1:15)。

 

3.私は福音を恥とはしない

 

・今日の招詞にハバクク書2:3-4を選びました。次のような言葉です「定められた時のために、もうひとつの幻があるからだ。それは終わりの時に向かって急ぐ。人を欺くことはない。たとえ、遅くなっても、待っておれ。それは必ず来る、遅れることはない。見よ、高慢な者を。彼の心は正しくありえない。しかし、神に従う人は信仰によって生きる」。パウロは信仰の力を証しするために、「正しい者は信仰によって生きる」(1:17)とハバクク書の言葉を引用しました。ハバククが預言者として立てられたのは紀元前600年頃、ユダヤがバビロニアによって国を滅ぼされた時でした。ハバククは神に抗議します「何故あなたは選びの民とされた私たちの国を滅ぼされたのか」、それに対する回答が招詞の言葉です。神はハバククに言われます「定められた時が来れば全ては明らかになる。その時を信じて待て」。60年後、バビロニアはペルシャに滅ぼされ、捕囚のユダヤ人は帰国を許されます。バビロニアは滅び、ユダは生き残りました。ハバククが語るのは、「希望できない状況にあっても希望せよ、神の力に信頼せよ、それが信仰だ」ということでしょう。

・パウロはローマ教会への手紙の中で、「福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです」(1:17)と語ります。パウロはローマ教会内のユダヤ人信徒に対して、「人を救うのは律法の行いではなく、信仰なのだ」と語ります(3:28)。宗教改革者ルターはパウロのこの言葉から、「人間が救われるのは、教会が定めた様々の行為、業績を積み上げることによってではなく、神を信じ、神がキリストにおいて為された救済行為を信じる、その信仰(あるいは信頼)による」として、カトリック教会の功績主義を否定し、宗教改革を断行しました。ところが、時代を経るに従い、信仰が強調されるようになり、「信じない人は救われない」、「洗礼を受けていない人は救われない」と信仰が新しい律法のようになりました。これは割礼を受けないと救われないと主張していたユダヤ人キリスト者と同じです。新共同訳聖書では「初めから終わりまで信仰を通して」(1:17)と信仰が強調されますが、原文では「信仰から信仰へ」、すなわち「神の信実から人の信実へ」であり、救いは「神の信実」によってもたらされるとパウロは言います。救い(神の信実)が先にあり、その応答として信仰(人の信実)があるのです。つまり「信仰がなければ救われない」とは、教会が創りだした「誤った教理」であり、パウロもイエスも述べていないことなのです。

・1935から1945年のナチス・ドイツ下で600万人のユダヤ人が殺されました。この大虐殺の犠牲者になった人々についてユダヤ教神学者ベルコビッツは書きます「『私は信じる』と唇に唱えて、ガス室の中へと歩いて行った『聖なる者たち』の記憶を前に私は畏怖する・・・私はまた・・・信仰を持たずにガス室へと歩いて行った『聖なる者たち』を前に、畏怖に打たれる。何故ならば彼らは人間が耐えることの出来る以上のことを負わされたのだ。彼らはもはや信じることが出来なくなった。私は彼らの信仰喪失を理解出来る・・・信仰は聖である。しかしまた強制収容所の中では、懐疑や宗教的拒否も同じように聖である・・・ヨーロッパで地獄の中にあったユダヤの人々の、『聖なる信仰』、また『聖なる信仰喪失』を冒涜するものであってはならない」。私たちの信じる神は、信仰をなくしてガス室で死んで行った人々を捨てられる神ではありません。

・聖書学者の上村静氏はで語ります。「イエスの伝える神の支配のメッセージは“人は良いものではないが、そのままで生かされてある”というものであった。イエスの復活顕現を体験した弟子たちは、“キリストの出来事によって人の罪は赦される”と信じた。両者は同じメッセージを伝えている。人は罪を背負った存在であるが、その人間を神は一方的に受容する、これが福音である。イエスも弟子たちもパウロも、それを宣べ伝えようとした。しかし、やがて教会は、福音を告げ知らせるだけでなく、その受容(信仰)を救済の条件にしてしまう。それはもはや“良い知らせ”ではない」(論文集「イエス、人と神へ」)。信仰が救済の条件となった時、信仰もまた律法主義化してしまうのです。

・イエスは放蕩息子の父親の喩えを通して、無条件に赦す神の恵みを語られました。放蕩息子の父親は言います「この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかった」(ルカ15:24)。無条件の赦しを与えるこの父親こそ、イエスが示された「神」なのです。福音=良い知らせとは神の側から為された無条件の赦し(十字架の贖い)の出来事であり、私たちは感謝してそれを受ければ良い。癲癇を患う子の父親はイエスに叫びました「信じます。信仰のない私をお助け下さい」(マルコ9:24)。これこそが正直な信仰の言葉です。自分に絶望してもなお神の名を呼び続ける、イエスが絶叫された「わが神、わが神、どうして」という現実の中で、神を求め続けることこそが人間の信実なのです。

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