1.ソロモンの神殿奉献の祈り
・今日、私たちの教会は、多摩川キリスト教会の会堂設計を担当された白石兄を招いて、教会建築についての学びを礼拝後に行います。私たちの教会堂は35年前に建てられましたが、耐震構造や保守等の問題もあって、建替えの時期を迎えています。教会を新しく建てる時に、どのような考え方で取り組むべきかを学ぶ必要がありますので、今日の会を計画しました。今日学びます聖書箇所は列王記上8章ですが、教会の献堂式等で読まれることの多い箇所で、ソロモンの神殿奉献の祈りが記されています。もちろん、神殿と教会堂は意味が異なりますが、この祈りを通して、教会を建てるとはどういうことなのかを学びたいと思います。
・イスラエルはダビデ時代に王国が樹立され、ダビデは感謝の思いで主の神殿を建てようとしますが、主は時期尚早だとして神殿建設をやめさせます(列王記上8:18-19)。ダビデが死にソロモンが王になった時、ソロモンは7年の歳月をかけ、レバノンの香柏をもって、壮大な神殿を完成させました。紀元前950年のことです。神殿が完成し、ソロモンは国中の指導者を集め、神殿奉献の祭儀を執り行います。その神殿の至聖所に納められたのは、契約の箱で、中には十戒を記した二枚の石板が納められていました(列王記上8:9)。
・この石の板はいわゆるご神体ではありません。250年後にエルサレムがバビロニアに占領され、神殿が破壊された時、この契約の箱は失われ、再建された第二神殿の至聖所には何も置かれませんでした。神は人の造った神殿に住まわれないし、契約の箱もなくても良い。神とイスラエルの契約、「神が選びイスラエルが応答した」ことこそ最良の献げ物であるという思想がここにあります。ソロモンは祈ります「神は果たして地上にお住まいになるでしょうか。天も、天の天もあなたをお納めすることができません。私が建てたこの神殿など、なおふさわしくありません。わが神、主よ、ただ僕の祈りと願いを顧みて、今日僕が御前にささげる叫びと祈りを聞き届けてください。そして、夜も昼もこの神殿に、この所に御目を注いでください。ここはあなたが、『私の名をとどめる』と仰せになった所です。この所に向かって僕がささげる祈りを聞き届けてください」(8:27-29)。神殿は神の住まいではなく、神が名をとどめられる場所、私たちの祈りを聞かれる場所だとソロモンは祈ります。
・ソロモンは神殿奉献において七つの嘆願の祈りを行っています。祈りの中心は「罪を犯した者も悔い改めれば赦して下さい」との願いです。彼は祈ります「あなたの民イスラエルが、あなたに罪を犯したために敵に打ち負かされた時、あなたに立ち帰って御名をたたえ、この神殿で祈り、憐れみを乞うなら、あなたは天にいまして耳を傾け、あなたの民イスラエルの罪を赦し、先祖たちにお与えになった地に彼らを帰らせてください」(8:33-34)。「捕虜となって散らされた民をこの地に戻して下さい」と彼は祈りますが、何故このような祈りをしたのでしょうか。実はこの祈りをしているのはソロモン王ではなく、国を滅ぼされ、今は遠い異国のバビロンに捕囚として拘束されている民なのです。列王記が最終的に編集されたのは、この神殿奉献から250年を経たバビロンの地でした。捕囚の民がソロモンの口を借りて祈っているのです。
・それが8章46節以下の長い祈りに示されています。46節「もし彼らがあなたに向かって罪を犯しあなたが怒って彼らを敵の手に渡し、遠くあるいは近くの敵地に捕虜として引いて行かれた時」、明らかに紀元前587年に起きた国の滅亡と民のバビロンへの捕囚が前提とされています。47節「彼らが捕虜になっている地で自らを省み、その捕らわれの地であなたに立ち帰って憐れみを乞い、私たちは罪を犯しました。不正を行い、悪に染まりましたと言い」とは、捕囚となった民の悔い改めの祈りです。48節「捕虜にされている敵地で、心を尽くし、魂を尽くしてあなたに立ち帰り、あなたが先祖にお与えになった地、あなたがお選びになった都、御名のために私が建てた神殿の方に向かってあなたに祈るなら」、遠いバビロンの地で、捕囚の民は泣きながら祈っています。
・「あなたはお住まいである天にいましてその祈りと願いに耳を傾け、裁きを行ってください。あなたの民があなたに対して犯した罪、あなたに対する反逆の罪のすべてを赦し、彼らを捕らえた者たちの前で、彼らに憐れみを施し、その人々が彼らを憐れむようにしてください」との祈りが49−50節にあります。「どうか私たちを憐れんで、私たちの罪を赦してください」と捕囚の民は必死に祈っています。このソロモンの祈り、実際は国を滅ぼされた罪人の祈りが示しますことは、神殿あるいは教会堂とは神に祈りを捧げる場所であることです。
2.神殿とは何か
・ソロモンは神殿を立て、神の前にへりくだりました。しかしそのソロモンに主は言われます。8章に続く9章6−7節です「もしあなたたちとその子孫が私に背を向けて離れ去り、私が授けた戒めと掟を守らず、他の神々のもとに行って仕え、それにひれ伏すなら、私は与えた土地からイスラエルを断ち、私の名のために聖別した神殿も私の前から捨て去る」。ソロモンの誠実さはやがて奢りに変わり始め、その子孫たちも主の言葉に従うことをしませんでした。主は預言者を立て、あなたたちが従わなければ、この神殿を壊し、廃墟にすると繰り返し警告されます。しかし、人々はなお聞きません。人々の関心は神殿そのものに移っていき、「エルサレムに神殿がある限り自分たちは安心だ」と言い始めます。ここにいたって主は神殿を壊す覚悟を決められます。それが前587年のエルサレム滅亡の出来事です。神殿は侵略してきたバビロニア軍によって破壊されました。
・今日の招詞にヨハネ2:19−21を選びました。次のような言葉です「イエスは答えて言われた『この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる』。それでユダヤ人たちは『この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか』と言った。イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである」。
・バビロニア軍によって破壊されたエルサレム神殿は、50年後に帰国した捕囚民が再建しますが(第二神殿)、後にヘロデ王が大改修を施して壮麗な建物にしました(第三神殿)。イエス時代の神殿は、このヘロデが改修した神殿です。イエスがエルサレムに入られたのは、過越祭りの時、神殿には牛や羊の鳴き声がこだまし、両替の客と商人のやり取りの声が祈りの声を掻き消していました。イエスはこのような有様を見て、怒りを発せられ、縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の台を倒されました。ソロモンの祈りに見ましたように、神殿とは、神に祈り、神と対話する場所であるのに、人々はそこを商取引の場所にしていました。「私の父の家を商売の家としてはならない」(2:16)。イエスの神に対する熱心な思いがこの過激な行為を招いたのです。
・祭司たちは、イエスに迫って言います「こんなことをするからには、どんなしるしを私たちに見せるつもりか」。それに対してイエスが言われたのが招詞の言葉「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる」です。ここでイエスは言われています「あなた方は人の手で作った神殿に神が住まわれるとして、犠牲の動物を捧げ、献金されたお金で神殿を豪華に造る。しかし、礼拝とは、霊と真を持って神の前に出ることだ。あなた方の体こそ神が住まわれる神殿であり、あなた方が神の子として相応しい生き方をすることこそ、真の礼拝なのだ。私はやがてそれをあなた方に示そう」。このイエスの言葉は十字架での死と三日目の復活により成就します。イエスの犠牲により、私たちはもう神殿を必要としなくなったとヨハネは宣言しています。私たちは神殿に代わるものとして教会堂が与えられました。しかし、教会は建物ではないことを認識する必要があります。私たちの身体こそ神が住まわれる宮、神殿なのです。
3.神の教会を立てる
・神殿は神がいて下さる場所ですが、神が住んでおられる場所ではありません。必要な時にそこへ行けば神の助けを受けることが出来る場所でもありません。ソロモンが建てた神殿は、神の民とされたイスラエルの人々が、神に祈り、神と共に生きるための場です。イスラエルにおける神殿とはそういうものであるのに、本来の精神を失ったものとなっていました。この神殿は紀元70年に、ローマの軍隊によって破壊され、以後、エルサレム神殿は二度と再建されることはありませんでした。イエスが預言された通りになりました。神殿があっても信仰がなければ何の意味もないのです。
・神殿の歴史を振り返る時、教会は建物ではないことが明らかになります。教会は祈りと讃美を捧げる場であり、会堂がなく、礼拝の場所が借家や借室であっても、礼拝を守ることが出来ます。しかし同時に、借家や借室で礼拝を行い続けた時、教会が成り立たなくなることもまた事実です。私たちが舞浜伝道所を20年の苦闘の後に閉鎖せざるを得なかったことは、会堂を持たない教会形成の難しさを示しています。「会堂が伝道する」、会堂がそこにあることを通して人々が教会を訪れます。私たちは2年前に会堂補修を行い、玄関の扉を従来の鉄製からガラス張りにしました。それ以降、教会を訪れる方が増えました。そのことが示しますことは、教会堂は信仰の証しとしての性格を持つということです。私たちは信仰を証しするにふさわしい教会建築を考える必要があります。
・またソロモンの祈りやイエスの言葉から明らかなように、教会は祈りと讃美を捧げる場所です。ですから会堂建築を行う場合には、それにふさわしい構造を持つ必要があります。神の言葉が語られ聞かれる空間、応答の讃美や祈りの声が響き渡る空間、洗礼式が執り行われ主の晩餐にあずかる空間、いろいろの空間が必要とされます。また礼拝を外部の騒音や風雨から守るためには建物の閉鎖構造が必要ですが、証しするためには開放構造が必要です。閉鎖と開放のバランスをどう考えるかの議論が必要です。いずれにせよ、時間をかけて教会建築の理念を共有していく必要があります。なぜならば教会は主にある共同体であり、その建築は教会員全てが共に行うべきだからです。7年前にこの教会に赴任した時には、前に行った増築工事の借入金返済に追われ、会堂建築を計画できるとは思ってもいませんでした。しかし主から恵みをいただき、新しい仲間が増え、それを考えることのできる時を与えられたことを感謝しています。ソロモンの失敗をにらみつつ、イエスの神殿清めの意味を考えつつ、ゆっくりと議論しながら、会堂建設の業を推し進めていきたいと願います。