江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2008年3月9日礼拝説教(ヨハネ18:1−11、イエスの逮捕)

投稿日:2008年3月9日 更新日:

1.逮捕されたのではなく、逮捕させるイエス

・受難節第五主日を迎えています。今日、私たちは、受難の始まり、イエスの逮捕を学びます。ここで受難週の出来事を、日を追って見てみます。イエスは土曜日に、ベタニア村で、マルタ・マリアの姉妹たちと食事の席を共にされました。その席で、マリアから香油を注がれるという出来事がありました。イエスは翌日エルサレムに入城されます。その時、人々が棕櫚の葉を振って迎えたので、その日は棕櫚の主日と呼ばれています。今年は次週3月16日が棕櫚の主日です。エルサレムに入られたイエスは、日中は神殿の境内で教え、夜は出て行って、「オリーブ山」と呼ばれる所で過ごされたようです(ルカ21:37)。そして木曜日に弟子たちと最後の食事の時を持たれました。この時、イエスが弟子たちの足を洗われたので、この日は洗足木曜日と言われています。この最後の晩餐の席をイスカリオテのユダは抜けて、祭司長たちのところに行きます。イエスを告発するためです。イエスは最後の時が迫ったことを悟られ、弟子たちに言われます「さあ、立て。ここから出かけよう」(14:31)。
・一行が向かったのが、オリーブ山の中腹にあるゲッセマネの園です。ヨハネは記します「こう話し終えると、イエスは弟子たちと一緒に、キドロンの谷の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた」(18:1)。そこはイエスが祈るためにしばしば訪れた場所であり、裏切ろうとしているユダもよく知っていた場所でした(18:2)。ユダが良く知っている場所、イエスはあえて自ら捕らえられる所に進んで身を置かれたのです。ある人は言います「イエスは逮捕されたのではなく、逮捕させたのだ」と。何故ならば、それが父の御心であることを知っておられたからです。
・そこにユダに率いられたローマ軍の兵士と、神殿警備の兵士たちが、武器を手に来ました。イエスはそれを予期しておられたので、自ら進み出て言われます「誰を探しているのか」。ここでイスカリオテのユダの役割がわかります。彼はイエスを逮捕するための道案内として雇われています。ユダが引き受けなければ、大祭司たちは他の者を探し出したでしょう。ということは、イエスの逮捕劇において、ユダは決定的な役割は果たしていないのです。逮捕劇の主役はイエスです。彼は自ら逮捕されようとしておられるのです。
・「誰を探しているのか」というイエスの問いに対して、兵士たちは答えます「ナザレのイエスだ」。イエスはそれに対して、「私である」と言われます。私はどこにも逃げないとイエスは言われています。捕り手たちはイエスの勢いに押されて後退します。イエスは重ねて「誰を探しているのか」と問われました。兵士たちは「ナザレのイエスだ」と繰り返します。イエスは彼らに攻め込まれます「私であると言ったではないか。私を捜しているのなら、この人々は去らせなさい」(18:8)。お前たちの目的が私を逮捕することであれば、弟子たちは立ち去らせよとイエスは言われました。イエスは自分のためには捕縛を覚悟された、しかし弟子たちのためには、無事に逃れることが出来るようにその安全に気遣いされた。ここに良い羊飼いとしてのイエスの姿があります。「良い羊飼いは羊のために命を捨てる」のです(10:11)。
・マルコやマタイは「弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった」と弟子たちの背信を描きます(マルコ14:50)。しかし、ヨハネは弟子たちが逃げたことを批判しません。むしろ、イエスが逃げるように言われたことを強調しています。イエスは「無駄な命を捨てるな、逃げよ、逃げることを通して、証人になるのだ」と言っておられるのです。この箇所に関連して、説教者であり、讃美歌作者として有名な、油木康先生は面白いことを言われています「徳川時代のキリシタン迫害が残酷を極めた一因は、信徒に逃げよと教えなかったことだ。教職者は殉教の死を遂げても、信徒にはそれを逃れる道を与えるべきであった。信徒には、踏み絵を迫られたら、どんどん踏んで生きながらえ、心の中で信仰を持ち続け、信仰の火を絶やすなと教えるべきだった」と(油木康「イエス・キリストを語る」)。積極的逃亡、歴史は弟子たちが逃げることを通して、教会が形成されて行ったことを伝えます。

2.神の引渡しとしての受難

・この時、ペテロがイエスを守ろうとして剣を取り、大祭司の手下に切りつけて耳を切り落としました。しかし、イエスはペテロに剣を収めよと言われます「父がお与えになった杯は、飲むべきではないか」(18:11)。十字架は父が定められた必然の出来事であり、暴力で避けるべき出来事ではない。だからそれを受け入れていくのだ、まだわからないのかとイエスはペテロを叱っておられます。
・イエスはこの出来事を避けようと思えば、避けることが出来た状況の中にありました。エルサレムが危険な場所であることは知っておられた、エルサレムに来なければ十字架はなかった。ユダが良く知っているゲッセマネに来なければ、逮捕も免れたかもしれない。しかし、イエスはそうされなかった。良い羊飼いは羊のために死ぬべきだからです。イエスが死ぬことを通して、救いが生まれるからです。ここにおいて、私たちは、イエスの十字架が、「受難」と言う消極的な出来事ではなく、「引渡し」という能動的な行為であったことを知ります。
・鎌倉・雪ノ下教会の広瀬政明兄は、この「引渡し」についてのバルトの論述を紹介されています。「バルトは『教会教義学』で、イスカリオテのユダについて詳細に語っています。マタイ26章21節と23節に(ユダの)「裏切り」という言葉が出てきます。この言葉(paradounai)はギリシア語では「引渡し」を意味する語で、15節で「引き渡す」と訳されているのと同じ言葉です。バルトはこの言葉に着目し、三つの引渡しがあると言います。第一が神的な引渡し、人間を罪から救うために神が御子イエスをこの世に引き渡された。第二がユダによる引渡し、ユダがイエスを敵に引渡し裏切った。第三が使徒たちによる引渡し、イエスの復活後、使徒たちがイエスのことを人々に伝えた。この「伝える」という語も原語では同じ言葉です。神が御子をこの世にお下しになった、ユダがイエスを裏切った、復活後に使徒たちが伝道を開始したことは、同じ「引渡し」という一つの語でつながっています」(鎌倉雪ノ下通信から)。イエスの十字架は、父なる神が望まれた故に起こった、「引渡し」という積極的な出来事であり、「受難」と言う消極的な出来事ではなかったのです。

3.私たちも父が与えられる杯を飲もう

・今日の招詞に、ヨハネ16:33を選びました。次のような言葉です「これらのことを話したのは、あなたがたが私によって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。私は既に世に勝っている」。
・2000年前に一人のユダヤ教の教師が、捕らえられ、殺されました。それはユダヤ人指導者の妬みのためであり、ローマ当局者の騒動を嫌う政策のためであり、民衆の願いが適わなかった失望のためでした。世の中では、権力者に逆らう人々は理由もなく殺され、都合の悪い事実は闇から闇に葬られます。イエスの受難も、闇から闇に葬られるはずでした。ナザレのイエスさえ殺せばことは終わる、と指導者たちは考えました。しかし、そうならず、イエスがどのように逮捕され、どのように裁かれ、どのように殺されていったかの詳細が明らかにされています。イエスが復活され、その復活によって力づけられた弟子たちが、証言していったからです。この出来事を通して、私たちは、社会で数限りなく行われている悪がそのままで放置されるのではなく、必ず明るみに出され、裁かれることを信じることが出来ます。何故なら、神は知っておられるからです。
・イエス逮捕劇が私たちに教えます第二のことは、苦難の杯は、父なる神から来ることです。イエスの逮捕は「受難」ではなく、「引渡し」でした。「父がお与えになった杯は飲むべきではないか」。私たちは杯を飲むことが必要だ。弱さの中に安住してはいけないのです。「あるがままでよい。そのままで良い」、最近の流行の言葉です。教会の中でもそのような風潮があります。韓国で生まれ、日本の教会の若い人たちに人気の歌で、「君は愛されるために生まれた」という歌があります。「きみは愛されるため生まれた、きみの生涯は愛で満ちている。永遠の神の愛は、われらの出会いの中で実を結ぶ。きみの存在が、私にはどれほど大きな喜びでしょう。きみは愛されるため生まれた、今もその愛受けている」。この歌詞には基本的な誤りがあります。十字架がないのです。神は私たちを愛する故に、私たちに苦しみの杯をお与えになる。その杯を通して、私たちは自分の罪を知り、悔改める。その悔改めを通じて、新しい命が与えられる。今のままでは良くない、悔改めて、変えられる必要があるのです。
・前に何度か、ボンヘッファーの話をしました。ナチス時代を生きたドイツの牧師です。1933年、ナチスが政権を取り、ユダヤ人や教会への迫害を始めると、彼はそれに抗議するために告白教会を組織し、「不正な指導者には従うな」と呼びかけます。彼は政権ににらまれ、逮捕される危険がありました。心配した友人たちはアメリカ行きを勧め、1939年彼はアメリカに渡り、神学校教師の職を与えられます。しかし、彼はすぐドイツに帰ります。他の人々が犠牲になって苦しんでいる時、自分も苦しみを共にしなければ、もう祖国の人に福音を語れないと思ったからです。危難の時に群れを捨てる羊飼いは、良い羊飼いでなくなるのです。ドイツに戻ったボンヘッファーは、ヒトラー暗殺計画に加わりますが、発覚し、1943年に捕らえられ、1945年4月に処刑されます。39歳でした。アメリカに留まれば死ぬことはなかった。しかし彼はあえてドイツに帰ります。イエスがあえてエルサレムに行かれ、あえてゲッセマネに行かれたようにです。
・私たちは弱い存在です。ですから、私たちは「試みに合わせず、悪より救い出したまえ」と祈ります。出来れば試練や苦難は受けたくない。しかし、一旦、試練や苦しみが与えられた時には、そこから逃げたり、避けたりしてはいけないのです。イエスも逃げられなかった。だから、私たちも、その苦難や悲しみを、「父から与えられた杯」として飲んでいく。その時に、招詞の言葉が私たちの耳に聞こえてくるのです「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。私は既に世に勝っている」。

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