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日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2004年4月11日イースター説教(ヨハネ20:1-18、何故泣くのか)

投稿日:2004年4月11日 更新日:

1.イエスの埋葬

・今日、私たちはイースターのお祝いをするために集まった。イースターはキリストの復活をお祝いする時であるが、その復活の前には、キリストの死と埋葬がある。今日は、ヨハネ福音書を通じて、十字架後にどのような出来事があったのかを見ながら、イースターの意味を共に学んでみたい。

・イエスは金曜日の午後3時ごろ、息を引き取られた。ユダヤでは1日は日没から始まるから、日が暮れると安息日が始まるため、イエスの遺体は、あわただしく十字架から取り降ろされた。処刑された罪人は共同墓地に埋葬されるのが通常であるが、イエスの場合は、アリマタヤのヨセフと言う人物が埋葬を申し出たために、彼に引き渡され、ヨセフは自分の新しい墓にイエスを埋葬した。十字架に立ち会った婦人たちは、この一部始終を見ていた。

・日が落ち、安息日に入った。婦人たちは、あわただしく葬られたままのイエスの遺体を洗い、香油を塗り、亜麻布で巻き直して、師に相応しく埋葬したいと願ったが、安息日は外に出ることが禁じられるため、土曜日一日待って、日曜日の夜明けと共に墓に行った。ユダヤの墓は石灰岩を掘りぬいて造る横穴式の墓であり、その入り口に石を置いてふたをする。ところが墓についてみると、既に墓から石が取り除いてあった。婦人たちは中に入り、イエスの遺体がなくなっているのに気づいた。婦人たちの一人、マグダラのマリアは誰かがイエスの遺骸を取り去ったと思い、震えながら弟子たちの所に走って行って、伝えた「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、私たちには分かりません」。弟子のペテロとヨハネが墓に走った(ヨハネ20:2-3)。

・二人が墓に着いて、中をのぞいて見ると、そこは空であり、遺体を巻いた亜麻布はあったが、遺体は何処にもなかった。二人の弟子たちは、何が起きたのかわからないままに、家に帰った。マリアも弟子たちに遅れて、再び墓に来た。彼女は、弟子たちが帰った後も、あきらめきれない思いで、墓の側にたたずみ、ただ泣いていた。そこにイエスが来られた。イエスはマリアに「婦人よ、何故泣くのか」と声をかけられた(20:15)。マリアはそれがイエスとわからず、園の管理人と思い、彼に頼んだ「あの方の遺体を持ち去ったのでしたら、教えてください。私が引き取りますから」。イエスは彼女の名を呼ばれた「マリア」。その時、彼女はその人がイエスとわかり、「ラボニ」と呼んで、イエスに取りすがった。


2.復活の証人になったマリア

・ヨハネ福音書によれば、復活のイエスに出会った最初の人は、マグダラのマリアであった。女性が復活の最初の証言者になったことは、女性に証言能力を認めないユダヤ社会においては、驚くべきことだった。5000人の人にイエスがパンを食べさせた奇跡においても「その数は男だけで5000人であった」と福音書は記す(ヨハネ6:10)。マリアを復活の最初の証言者とするヨハネ福音書の記事は、正にヨこのような出来事があったことの一つの証拠であろう。

・何故、ペテロでもヨハネでもなくマリアに、イエスは会われたのであろうか。ルカ福音書によれば、マリアは七つの悪霊に取り付かれていたのをイエスにいやされたとある(ルカ8:2)。また、別の箇所では、マリアを罪の女と示唆している(ルカ7:37)。恐らく、マリアは貧困のために娼婦になり、肉体は生きていたが、魂は死んでいたような生活を送っていた。そしてある時、イエスに出会い、初めて自分を一個の人格として認めてくれる存在に感動し、新たに生まれ変わる経験をした。ある人は、このマリアこそヨハネ8章に記されている「姦淫を犯し、石打の刑で殺されようとしているところを救われた婦人ではないか」と想像する。そうかもしれない。マリアがイエスとの出会いを通して、いやされ、変えられ、その後、弟子として従っていったことは間違いないだろう。彼女はイエスの十字架刑の時も、その側で見守っていた。

・敬愛する人が十字架で殺され、今遺体さえもがどこかに取り去られて、辱めを受けている。彼女は泣くしか出来なかった。ペテロやヨハネは、空の墓を見て、不思議に思いながら、自分達の家に帰っていった。マリアはイエスのいない空間に帰ることが出来ない。マリアは泣き続けた。この泣き続けたマリアが最初にイエスに出会う。イエスは泣いている者に、無関心ではおられないからだ。

・そのマリアにイエスは声をかけられた「何故、泣いているのか」。「もう、泣かなくとも良い」という意味である。「婦人よ」と呼ばれてもマリアにはわからない。名を呼ばれた時、初めてマリアはイエスがわかった。そして、イエスにすがりついて「ラボニ」と言った。ラボニ=私の主という意味である。

3.キリストのよみがえりを伝える

・今日の招詞に、詩篇126:5-6-を選んだ。次のような言葉だ。

「涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は、束ねた穂を背負い、喜びの歌をうたいながら帰ってくる。」

・イエスの十字架に絶望して散らされていった弟子たちは、やがて集められ、町に出て、宣教を始めた。彼らが最初に述べたのは「あなたがたはイエスを殺したが、神はこの方を死者の中から復活させて下さった。私たちは、このことの証人だ」という言葉だった(使徒行伝3:15)。ヨハネ福音書によれば、イエスの遺体が無くなったことを知った弟子たちは、ユダヤ当局がイエスの遺体を辱めるためにどこかに移し、今度は自分たちにも追及の手が及ぶのではないかと恐れ、家の戸に鍵をかけて閉じこもっていた(ヨハネ20:19)。その弟子たちが、今は当局を恐れず「あなた方が殺したイエスは復活された」と述べ、その宣教を止めさせようとした当局者に対して「私たちは、見たことや聞いたことを話さないではいられない」と主張するに至る(使徒行伝4:20)。正に、復活のイエスとの出会いが、弟子たちを変えたのだ。

・この復活イエスとの出会いは、2000年前に起こった過去の出来事ではなく、現在でも起きている。私は今、東京バプテスト神学校の事務長をしており、多くの学生に接する。学生のSさんは、大学を出て小学校の先生になられたが、仕事上のストレスから傷害事件を起こされ、刑務所に投獄された。その服役中にSさんは母親の訃報に接する。母親の年齢は53歳だったと言う。「自分のことを誰よりも心配していた母親が心労のために亡くなった」、その知らせを聞いて、彼はどうして良いかわからず、独房で泣いたという。彼には泣く事しか出来なかった。作業も手につかない彼を心配して、刑務官が教誨師としてその刑務所に出入りしていた牧師を紹介してくれた。その牧師は、彼の話を聞いて「神様はあなたが悔い改めるのを待っておられます。今日は良く来てくださいました」と言って、彼を歓迎した。彼はやがて牧師と共に聖書の学びを始め、数ヵ月後に獄中でバプテスマを受けた。そして出所してから、日曜日の礼拝を守ることの出来る職業につきたいと祈り、白洋舎の職が与えられた。(白洋舎は五十嵐健治というクリスチャンが、弟子の足を洗うイエスに感動して、人の垢を洗う者となりたいとして、設立したクリーニング店だ=三浦綾子著「夕あり、朝あり」)。そして今は、働きながら神学校で学んでいる。このSさんもマグダラのマリアと同じ「もう泣かなくとも良い」というイエスの声を聞いて、復活したのだ。

・死が終わりではなく、死を突き破って生を示された神がおられることを知った者は、現在の状況がどんなに暗くとも、それが終わりではないことを信じる。だから詩篇の作者は歌うのだ「涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる」、実体験なしには出ない言葉だ。イエスはかってマリアに言われた「あなたの罪は赦された」(ルカ7:48)。多く赦された者は多く愛する。イエスがマリアに最初に会われたのは偶然ではない。マリアこそ復活の証人として、最も相応しかったのだ。イエスが十字架で死なれたのは金曜日だった。教会はこの金曜日を「Good Friday」として祝う。墓穴を覗き込む日が、天を仰いで感謝する日に変えられたからだ。復活を体験した弟子たちは、イエスの復活された日である日曜日に礼拝を守るようになった。今日の私たちが日曜日を「主のよみがえられた日」として礼拝を守るのも、この復活を喜ぶからだ。

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