1.ゲッセマネにて
・最期の晩餐を終えられて、イエスと弟子たちは祈る為にオリーブ山に向かわれた。オリーブ山はエルサレム郊外の小高い丘で、そのふもとにゲッセマネ(油絞り)という園があった。オリーブの油を絞る設備があったところからその名がつけられたが、イエスと弟子たちは以前にもよくこの場所に来ておられた。その場所でイエスは弟子たちを残して祈られた。マルコはその時の情況を「ペテロ、ヤコブ、ヨハネを一緒に連れて行かれたが、恐れおののき、また悩みはじめて、彼らに言われた、『わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、目をさましていなさい』と描いている(マルコ14:33-34)。死を前にして、イエスはもだえ苦しまれた。弟子たちには「起きて待っていなさい」と命じられたが、弟子たちは疲れ果てて寝込んでしまった。最期にイエスは弟子たちを起こして言われた「まだ眠っているのか、休んでいるのか。もうそれでよかろう。時がきた。・・・立て、さあ行こう。見よ。わたしを裏切る者が近づいてきた」(14:41-42)。
・イスカリオテのユダが神殿兵士たちを引き連れて、イエスを捕えるためにやってきた。いよいよ「時」が来た。イエスが捕えられ、裁判にかけられ、十字架にかけられる受難の時が来た。イエスは何の抵抗もせずに捕えられ、弟子たちは雲の子を散らすように逃げてしまった。この最後の時、ゲッセマネの園で人類の歴史を変える出来事が起こった。今日はご一緒にゲッセマネの園の出来事を考えてみたい。
2.ユダと他の弟子たちと
・ユダが連れて来たのは、祭司長・律法学者・長老たちから送られてきた群衆とある(14:43)。ヨハネに依れば「一隊の兵卒と祭司長やパリサイ人たちの送った下役ども」(ヨハネ18:3)とあるので、神殿を警護する兵士たちと大祭司の召使たちがユダヤ議会の命令で出動してきたと思われる。彼らは剣と棒を持ってイエスを捕える為に来た。木曜日の深夜、あるいは日付が変わって金曜日になっていたのかも知れない。あたりは暗く、松明の明かりだけが闇を照らしていた。ユダはあらかじめ「私の接吻する人がイエスだから、その人を捕まえるように」と取り決めており、イエスに近づいて接吻した。それを合図に兵士たちがイエスを捕えた。
・イエスは何の抵抗もされずに彼らの為すままに身を任せられたが、そばにいた弟子の一人は剣を抜いて大祭司の僕に切りかかった。ヨハネに依ればこの弟子はペテロである(ヨハネ18:10)。ペテロは前に「みんなの者がつまずいても、わたしはつまずきません」とイエスに言った(14:29)。その言葉どおりペテロは剣を持ち出してイエスを守ろうとした。しかし、イエスはそれを止められた。ヨハネに依れば、イエスは「剣をさやに納めなさい。父がわたしに下さった杯は、飲むべきではないか」と言われている(ヨハネ18:11)。「父が私に下さった杯」、イエスはこの受難が父なる神から与えられたものとしてこれを受けようとされている。イエスが捕えられ十字架につけられることが神の御意志であればペテロの行為は何の意味もない、だから止めなさいとイエスは言われた。この言葉でペテロの戦意は削がれた。彼は他の弟子たちと一緒にその場から逃げ去った(14:50)。
・この場にはもう一人の人間がいた。14:51に依れば亜麻布をまとった若者で、彼も捕えられそうになり、亜麻布を捨てて裸で逃げ去ったとある。伝承に依ればこの若者は福音書の著者マルコで、彼も様子をうかがうために現場に来ており、騒ぎに巻き込まれて慌てて逃げ去ったと思われる。
・この物語を通して私たちは三種類の人間の裏切りを見ることが出来る。第一の裏切りはペテロや他の弟子たちで、彼らはイエスが血の汗を流して祈っておられる時に眠気に負けて寝込んでしまった。自分が試されている人生の重要な時に眠り続ける無神経な裏切りだ。戦前の日本において天皇は神であり、戦時中の教会は礼拝の前に君が代を歌い、宮城に向かって拝礼することが求められた。一部の人たちは偶像崇拝として拒否したが、多くは天皇は天皇であり、神は神であるとして従った。眠っていて自分たちの行為の意味がわからなかった。イエスの弟子たちもそうだった。イエスの逮捕と十字架が目前に迫っているのに疲れに負けて眠り込んでしまった。
・第二の裏切りは親しさの仮面の下に、意識的に主を裏切るユダの行為である。ユダは親愛の情を示す接吻をイエスを捕まえる合図にした。積極的な裏切りと言えよう。ナチス政権下のドイツにおいては教会のある者たちはドイツキリスト者同盟を作り、旧約聖書をユダヤ民族の書として否定した。教会が聖書を否定する、ここまで来ると不注意、無神経を通り越して悪意の裏切りになる。ユダと同じ行為である。
・第三の裏切りは困難さの中で慌てふためいて逃げる一人の若者の行為である。初期の教会はローマ帝国の各地に広がって行ったが、時々のローマ皇帝の宗教政策により、あるときは迫害され、あるときは容認された。キリスト教に好意的な皇帝の下では信徒は増え、否定的な皇帝の下では信徒は殉教していった。迫害があると多くの信徒が棄教し、迫害が止むと教会に戻ってくるという出来事が繰り返し起こっている。困難の中で慌てふためいて逃げるということは歴史の中で、繰り返し見られたことだ。
・このように見てくると、イエスの逮捕の時弟子たちが示した裏切りあるいは見捨てが、その後も繰り返し行われたことを私たちは知る。弟子たちだけでなく、全ての人が何らかの形でイエスを見捨て、十字架につけたのだ。しかし、一方でイエスは弟子たちを見捨てておられない。イエスが祈っておられた時、寝込んでしまった弟子たちにイエスは言われている「誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。心は熱しているが、肉体が弱いのである」(マルコ14:38)。大事な時に寝込んでしまった弟子たちを既に赦しておられる。また接吻を持って近づいてきたユダに対してマタイ福音書では、「友よ、なんのためにきたのか」(マタイ26:50)とイエスが言われている。イエスはユダに対し、「友よ」と呼びかけられている。ユダさえも赦しの中にある。慌てふためいて逃げたマルコも見捨てられていない。マルコはこの福音書を書くほどの信仰を与えられている。私たちはイエスを見捨てたのに、イエスは私たちを見捨てておられない。この事実を知る時、私たちの心に回心が起こる。
・今日の招詞にコリント人への第二の手紙5:18-19を選んだ。
「しかし、すべてこれらの事は、神から出ている。神はキリストによって、私たちをご自分に和解させ、かつ和解の務を私たちに授けてくださった。すなわち、神はキリストにおいて世をご自分に和解させ、その罪過の責任をこれに負わせることをしないで、私たちに和解の福音をゆだねられたのである。」
・神はその一人子を十字架につけることによって、私たちが最も大事な人さえもいざとなれば裏切る罪人であることを知らしめられた。そして、一人子を復活させることによって、そのような私たちに赦しが与えられていることを明らかにされた。私たちはイエスに従いたいと思っても裏切らざるを得ない存在であり、同時に私たちの裏切り、見捨てにもかかわらず神は私たちを見捨てていないことが、ゲッセマネの出来事を通して明らかにされていく。この罪と赦しを知らされたことが人間の歴史を根本的に変えた。イエスを捕えに来た人々が剣と棒を持って武装してきたように、この世の価値は力である。今日でも軍隊を持たない国はないし、軍隊は人を殺し、威嚇して従わせる為にある。その中で「剣を捨てなさい。剣を取る者はみな、剣で滅びる」(マタイ26:52)というイエスの言葉に従い、暴力を絶対的に否定する少数の人々が生れ、彼らが人間社会を滅亡から救って来た。どのように脅かされ誘惑されても力に屈しない人々が次から次に生れてきた。これが十字架の力である。
3.私たちにとってのゲッセマネ
・私たちは裏切り、逃亡が弟子たちの中から起こってきたことを忘れてはならない。即ち教会というキリスト者の群れの内側の問題であり、決して他人事ではない。先ず、私たちがユダであり、ペテロであり、イエスを捕えに来た群衆の一人であることを覚えなければならない。私たちが当事者であることを知って初めて、私たちを用いて御心を為される神の業の不思議を知る。イエスの見捨て、裏切りはその後の時代においても繰り返し起こっている。その時私たちは迫害の中で殉教した人をほめたたえ、棄教した人を責める。しかし、殉教と棄教はゲッセマネで見たように紙一重の出来事である。ペテロが剣を抜いた時、逆にペテロが切られて死ねば彼は殉教者になる。たまたま生き残ったから三度イエスを否定するという裏切りを経験する。
・日本でも戦前においては教会への迫害があった。「天皇とキリストとどちらが偉いか」が国から問われた。中でもホーリネス教団においては多くの牧師が投獄され、ある人々は獄中で死んでいった。その中の一人が辻啓造牧師であった。彼は昭和17年6月に治安維持法違反で捕えられ、2年半の投獄の後、昭和20年1月に青森刑務所で死んだ。殉教者である。そのご子息が知り合いで父親の死について聞いたことがあるが、獄中において何度も減刑嘆願書を書いては破った繰り返しだったと言う。嘆願書の内容は「日本国民として天皇陛下に忠誠を誓う為にキリストを捨てます」というものであった。減刑嘆願書を書けば釈放するとの当局に誘いに辻牧師の心は大きく揺れたと息子は語っている。幸か不幸か辻牧師は身体が弱く、過酷な獄中生活に耐え切れずに死んで殉教者になった。息子は言う「もし父親の身体がもっと頑健であったならば棄教者になったかもしれない」。殉教者になるか棄教者になるかは体力だけの問題、正に紙一重の差である。このことは私たちに、私たちが殉教者になろうが棄教者になろうが、救いには何の関係もないということを示す。私たちの救いは「神が私たちのために御子を十字架に引き渡された」というこの一点のみにかかっている。それは罪人である私たちを赦し、和解するために為された。その「和解の呼びかけ、赦しの招きを受け入れるかどうか」に、私たちの命がかかっているのであり、「私たちが何かをしたか、あるいはしなかったか」が重要ではない。そのことをゲッセマネの福音は私たちに教える。