江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2020年8月12日祈祷会(ヨハネ黙示録9章、裁きが行われる)

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1.第五のラッパが吹かれた

 

・最初の四人の天使がラッパを吹くと、さまざまな自然災害が起こる。「終末の裁き」が始まる前触れである。旧約聖書にはラッパがしばしば出て来るが、とくに「終末の日」と関連して吹かれることが多い。例えば、ヨエル書では、終末の裁きが始まる時の合図として「角笛(ラッパ)を吹け」と言われている。

-ヨエル2:1「シオンで角笛を吹き、わが聖なる山で鬨の声をあげよ。この国に住む者は皆、おののけ。主の日が来る、主の日が近づく」。

・最後の封印が開かれると、七人の天使がそれぞれにラッパを持って現れた。ラッパは初代教会で、キリスト再臨の合図と考えられていた。ここでは、ラッパが吹かれる毎に災いが臨む。8章では1~4のラッパの告げる災いが記される。第一のラッパでは地の1/3が焼け、第二のラッパでは海の1/3が血に変わった。第三のラッパでは川の水の1/3が飲めなくなり、第四のラッパでは、天体の1/3が光を失った。天上の鷲は悔い改めることの出来ない人々に更なる災いが与えられるとして、「ウーアイ、ウーアイ(災いだ、災いだ)」と泣く。

-黙示録8:13「また、見ていると、一羽の鷲が空高く飛びながら、大声でこう言うのが聞こえた『不幸だ、不幸だ、不幸だ、地上に住む者たち。なお三人の天使が吹こうとしているラッパの響きのゆえに』」。

・9章では第五、第六のラッパが鳴らされる。第五のラッパが吹かれると、地下に通じる穴が開かれ、地下に住む悪霊たちが出てきた。第一の悪霊は「いなご」であった。

-黙示録9:1-3「第五の天使がラッパを吹いた。すると、一つの星が天から地上へ落ちて来るのが見えた。この星に、底なしの淵に通じる穴を開く鍵が与えられ、それが底なしの淵の穴を開くと、大きなかまどから出るような煙が穴から立ち上り、太陽も空も穴からの煙のために暗くなった。そして、煙の中から、いなごの群れが地上へ出て来た。このいなごには、地に住むさそりが持っているような力が与えられた」。

・パレスチナにおいていなごは破壊の象徴であり、地の食物を食い尽くし、人を飢餓に追い込む恐ろしい災いであった。ヨエル書はいなごによる飢饉を終末の出来事として描いている。

-ヨエル1:6-11「一つの民が私の国に攻め上って来た。強大で数知れない民が。その歯は雄獅子の歯、牙は雌獅子の牙。私のぶどうの木を荒らし、私のいちじくの木を引き裂き、皮を引きはがし、枝を白くして投げ捨てた・・・畑は略奪され、地は嘆く。穀物は略奪され、ぶどうの実は枯れ尽くし、オリーブの木は衰えてしまった。農夫は恥じ、ぶどう作りは泣き叫ぶ。小麦と大麦、畑の実りは失われた」。

・いなごは軍馬のように猛々しく、ギリシア語で「アポリオン(破壊者)」と呼ばれた。キリスト教徒を迫害したローマ皇帝ドミテイアヌスは自らを「アポロ神」と呼ばせた。全てを食い尽くすローマ皇帝の姿をヨハネはいなごに例えている。

-黙示録9:7-11「いなごの姿は、出陣の用意を整えた馬に似て、頭には金の冠に似たものを着け、顔は人間の顔のようであった。・・・いなごは、底なしの淵の使いを王としていただいている。その名は、ヘブライ語でアバドンといい、ギリシア語の名はアポリオンという」。

・戦前の中国大陸において、日本軍は蝗軍と呼ばれた。蝗軍=皇軍=いなごの軍、三光(殺し尽くし奪い尽くし焼き尽くす)の軍隊として恐れられた。いなごは災いの象徴なのだ。

-ヨエル1:4「かみ食らういなごの残したものを、移住するいなごが食らい、移住するいなごの残したものを、若いいなごが食らい、若いいなごの残したものを、食い荒らすいなごが食らった」。

 

2.第六のラッパが吹かれた

 

・第六のラッパが吹かれると、ユウフラテス川につながれていた四人の天使が解き放たれ、彼らに人間の三分の一を殺す権能が与えられた。古代ユダヤ人は、「約束の地」の東にあるこの川が東の方から侵入して来る敵を防ぎ止める境界であると考えていた。そのほとりには、神に代わって敵対者に懲罰を与えるために四人の天使が「つながれて」いた。今までは神のコントロールの下にあった天使たちが、今や解き放たれて、裁きを代行する。

-黙示録9:13-15「第六の天使がラッパを吹いた。すると、神の御前にある金の祭壇の四本の角から一つの声が聞こえた。その声は、ラッパを持っている第六の天使に向かってこう言った『大きな川、ユーフラテスのほとりにつながれている四人の天使を放してやれ』。四人の天使は、人間の三分の一を殺すために解き放された。この天使たちは、その年、その月、その日、その時間のために用意されていたのである」。

・具体的には、東方のパルテア騎馬軍団がローマ領内に侵略し、多くの国民が殺される幻をヨハネは見た。

-黙示録9:16-18「その騎兵の数は二億、私はその数を聞いた。私は幻の中で馬とそれに乗っている者たちを見たが、その様子はこうであった。彼らは、炎、紫、および硫黄の色の胸当てを着けており、馬の頭は獅子の頭のようで、口からは火と煙と硫黄とを吐いていた。その口から吐く火と煙と硫黄、この三つの災いで人間の三分の一が殺された」。

・悪霊の最たるものはサタンと結びついた国家権力である。ヨハネは黙示録13章で、底なしの淵から、一匹の獣が現れるのを見る。9章のローマ帝国はいなごに例えられ、13章では獣として描かれている。

-黙示録13:1「私はまた、一匹の獣が海の中から上って来るのを見た。これには十本の角と七つの頭があった。それらの角には十の王冠があり、頭には神を冒涜するさまざまの名が記されていた」。

・私たちは人間の三分の一が殺されるというヨハネの記述を、荒唐無稽と笑えない。20世紀は戦争の世紀と呼ばれ、第一大戦では2千万人が、第二次大戦ではそれを上回る6千万人が死んだ(戦闘死2千万人、空爆等の民間犠牲者4千万人)。人間は大量殺戮を繰り返してきた。それにもかかわらず、人は悔い改めることをしない。

-黙示録9:20-21「これらの災いに遭っても殺されずに残った人間は、自分の手で造ったものについて悔い改めず、なおも、悪霊どもや、金、銀、銅、石、木それぞれで造った偶像を礼拝することをやめなかった。このような偶像は、見ることも、聞くことも、歩くこともできないものである。また彼らは人を殺すこと、まじない、みだらな行い、盗みを悔い改めなかった」。

・在日大韓川崎基督教会の牧師であった李仁夏(イニンハ)は、黙示録注解の中で8-9章の読み方について「それは決して荒唐無稽な記述ではない」と記す。

-「ヨハネ黙示録8-9章は説教テキストとして読まれることが少ない。七人の天使による一連のラッパ吹奏の度ごとに起こる事件は、現代人には荒唐無稽と思われる場面がヴィジョンとして描写されている。そのため8-9章のようなテキストは見過ごしてしまうことが普通だ・・・しかし黙示録はローマ帝国の暴虐からの解放を祈りながら、屠られた過ぎ越しの小羊の開く封印とラッパが吹かれる度ごとに、次から次へと展開する災禍を、モーセのエジプトからの解放の闘いで繰り広げられた災禍との関連で叙述している。その文脈で見た時、ヨハネ黙示録は、アジアで暴虐の限りを尽くした天皇の大日本帝国、ユダヤ人と多くの社会的弱者をガス室に送ったドイツのナチズム等への批判として語りうるテキストとなる」。

・出エジプト記7-12章には、エジプトに対して様々な災いを与えられ、民の解放が為される。最初はナイル川の水が血に代わり、魚が死に、水が飲めなくなる。続いて、カエル、ブヨ、アブといった害を与える生き物がエジプトを襲う。疫病でエジプト人の家畜が死に、エジプト人と家畜が腫れものに悩まされる。雹を降らせて人や家畜を傷つけて作物を枯らし、その被害を免れた作物までも、イナゴの大群に襲わせ根絶やしにされ、エジプト全土は3日間暗闇される。しかしファラオの心は変わらず、ついに究極の災い「過越し」がエジプトにもたらされる。エジプト人のすべての長子を死に至らしめる災いである。

 

3.ヨハネ黙示録をどう読むか(村上伸「黙示録注解8-9章」より)

 

・黙示録8-9章の描写は古代人の神話的な考え方に基づいており、一見、ありそうもない法螺話のように見える。だが、妙に現実味がありはしないか。我々は、日頃の生活を「十年一日のように平穏なもの」と感じたりする。だが、ある日突然、「底なしの淵」に通じる穴が開けられたように、「おどろおどろしいもの」が姿を現す。昔の漁師は「板子一枚下は地獄」と言ったが、実は、我々の生活の足元にも「底なしの淵」がある。我々は最近、しばしばそのことを思い知らされた。

・安心して食べていた牛乳や肉や野菜が、ある日突然、病原菌や農薬で大規模に汚染されていることが分かる。「絶対安全だ」と言われてきた原子力発電所に不気味な故障が何ヶ所も見つかる。現代科学技術の粋を集めて建造中の巨大な豪華客船が突然出火して何日も燃え続ける、等々。これらの出来事の背後には、もちろん人間の際限のない貪欲や、企業の面子のためには嘘で塗り固めるという精神がある。それがある日突然破れる。そして不気味な穴が開き、そこから「煙が立ち上り、太陽も空も穴からの煙のために暗く」なる。そう感じた古代人の感覚はまことに正常で、現代人よりも遥かに鋭敏だ。

・だが、「底なしの淵」から現われるもので最も危険なのは、国家の権力である。ヨハネ黙示録が書かれた頃、皇帝礼拝がローマ全域で強要され、それを潔しとしない教会はドミテイアヌス皇帝による迫害を受けていた。だからこそ、11章以下でこの帝国は「海(混沌)の中から上る一匹の獣」として描かれたのである。戦時中の日本や、ナチス・ドイツ、あるいはスターリン支配下の旧ソ連のように、特定のイデオロギーが絶対化された所では、必ず「底なしの淵」の口が開く。このようなものが人々に苦しみをもたらす。

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