2020年1月8日祈祷会(ヘブル12章、忍耐を持って、目標を目指して)

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1.主による鍛錬

 

・著者は迫害の中にあって信仰が揺らいでいる人々に言う「あなた方は一人ではない。多くの主の証人たちが苦しみの中でその信仰を証ししてきた。このような証人たちの前で今あなた方は歩んでいるのだ」と。

-ヘブル12:1「私たちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか」。

・ゴールにはイエスがおられる。彼は恥をもいとわないで十字架の死を耐えられた。この方を目指して走るのだ。

-ヘブル12:2-3「信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。このイエスは、御自身の前にある喜びを捨て、恥をもいとわないで十字架の死を耐え忍び、神の玉座の右にお座りになったのです。あなたがたが、気力を失い疲れ果ててしまわないように、御自分に対する罪人たちのこのような反抗を忍耐された方のことを、よく考えなさい」。

・読者たちは既に迫害を一度耐えている。神殿に対する不敬罪で殺されたステファノ時代の迫害であろうか。紀元30年頃のステファノの殉教がきっかけとなり、エルサレム教会への迫害が起こり、信徒たちはユダヤやサマリアへ散らされた。迫害によりエルサレムを追われた人々は地方伝道を始めた。彼らは行く先々で福音を伝え、信徒への迫害は逆に福音をエルサレムから外へ拡大するきっかけとなった。

-使徒言行録11:19-26「ステファノの事件をきっかけにして起こった迫害のために散らされた人々は、フェニキア、キプロス、アンティオキアまで行った・・・彼らの中にキプロス島やキレネから来た者がいて、アンティオキアへ行き、ギリシア語を話す人々にも語りかけ、主イエスについて福音を告げ知らせた・・・エルサレム教会はバルナバをアンティオキアへ行くように派遣した・・・バルナバはサウロを捜しにタルソスへ行き、見つけ出してアンティオキアに連れ帰った。二人は、丸一年の間そこの教会に一緒にいて多くの人を教えた。このアンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったのである」。

・著者はあえて言う「キリストは十字架で血を流されたが、あなた方はまだ血を流すほど苦しんだことはない」。必要があれば血を流すまでに抵抗せよ。イザヤもエレミヤも殺された。戦争に反対した兵役拒否者も殺された。キリストの血から福音が起こされたではないか。

-ヘブル12:4「あなたがたはまだ、罪と戦って血を流すまで抵抗したことがありません」。

・読者たちは新しい迫害に直面している。66年に始まったユダヤ戦争でキリスト者は戦争に反対し、主戦派のユダヤ人から迫害を受けた。この迫害・苦難こそ、あなた方を鍛えるための主の鍛錬なのだと説く。

-ヘブル12:5-11「わが子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。主から懲らしめられても、力を落としてはいけない。なぜなら、主は愛する者を鍛え、子として受け入れる者を皆、鞭打たれるからである。あなたがたは、これを鍛錬として忍耐しなさい。神は、あなたがたを子として取り扱っておられます。いったい、父から鍛えられない子があるでしょうか。・・・肉の父はしばらくの間、自分の思うままに鍛えてくれましたが、霊の父は私たちの益となるように、御自分の神聖にあずからせる目的で私たちを鍛えられるのです。およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです」。

・だからなえた手と弱くなった膝を強くして、集会の中の弱い者たちが試練に負けないように励ましなさい。

-ヘブル12:12-13「萎えた手と弱くなったひざをまっすぐにしなさい。また、足の不自由な人が踏み外すことなく、むしろいやされるように、自分の足でまっすぐな道を歩きなさい」。

 

2.贖われた者としての生活

 

・キリスト者はキリストの血の犠牲によって贖われた。だからそれにふさわしい聖なる生活をしなさい。

-ヘブル12:14「すべての人との平和を、また聖なる生活を追い求めなさい。聖なる生活を抜きにして、だれも主を見ることはできません」。

・荒野で反抗した祖先たちのように、また食物のために長子権をヤコブに売ったエソウのようにならないように。私たちはこの世でも安逸に、天国でも立派な生活をするというわけにはいかない。

-ヘブル12:15-17「神の恵みから除かれることのないように、また、苦い根が現れてあなたがたを悩まし、それによって多くの人が汚れることのないように、気をつけなさい・・・一杯の食物のために長子の権利を譲り渡したエサウのように、みだらな者や俗悪な者とならないよう気をつけるべきです」。

・古い契約はシナイの荒野の中で結ばれた。それは「律法を守らない者は死ぬ」という厳しさの中にあった。新しい契約はエルサレムのシオンの丘(ゴルゴダ)で結ばれた。あなた方は「新しい契約」によって、既に贖われ、天の国の住人になっている。

-ヘブル12:22-24「あなたがたが近づいたのは、シオンの山、生ける神の都、天のエルサレム、無数の天使たちの祝いの集まり、天に登録されている長子たちの集会、すべての人の審判者である神、完全なものとされた正しい人たちの霊、新しい契約の仲介者イエス、そして、アベルの血よりも立派に語る注がれた血です」。

・あなた方は主から招かれて既に御国にいる。この救いから振い落されることの無いようにしなさい。

-ヘブル12:25-28「あなたがたは、語っている方を拒むことのないように気をつけなさい。もし、地上で神の御旨を告げる人を拒む者たちが、罰を逃れられなかったとするなら、天から御旨を告げる方に背を向ける私たちは、なおさらそうではありませんか・・・私たちは揺り動かされることのない御国を受けているのですから、感謝しよう。感謝の念をもって、畏れ敬いながら、神に喜ばれるように仕えていこう」。

 

3.ヘブル12章の黙想(苦難の意味)

 

・苦難は不満を持って拒否し、不平を持って落胆するならば、苦難は何の実りももたらさない。しかし、苦難を主から与えられた鍛錬として受け止めた時、それは私たちを精錬する火になる。キリスト者にとっても苦難は苦難である。しかし、この苦難を積極的に受け入れていく時、それは私たちの信仰を成長させ、多くの実を結ばせる。初代教会は迫害や苦難の中で成長してきた。

-ヒエロニムス「キリストの教会は、他のだれかではなく、自分の血を流し、その血を土台として築かれた。襲いかかるものに立ち向かうのではなく、耐えることによって築かれた。迫害が教会を成長させ、殉教が教会に栄光を与えた」(340年頃〜420年)。

・教会がエルサレムを超えて広がり始めたのも、ステファノ殉教をきっかけにエルサレム教会への迫害が起こり、信徒たちがユダヤ各地やサマリアへ散らされたからである。迫害によりエルサレムを追われた人々は地方伝道を始め、行く先々で福音を伝え、「信徒への迫害は福音をエルサレムの外へ拡大する」きっかけとなった。歴史家は、マタイ福音書が生まれたのも、信徒に対する迫害の故であったとする。

-「マタイ共同体はおそらくユダヤ人キリスト者と最近増え始めた異邦人キリスト者からなる混成の教会であり、中核はイエスの語録資料(Q文書)を携えて紀元後30-70年ごろにイスラエル本国でユダヤ人伝道を行っていた人々である。この人々は66-70年に起こった第一次ユダヤ戦争の際、非戦の立場を貫いたために、同胞のユダヤ人たちから敵国ローマの協力者とみなされて迫害され、宣教活動に挫折して、失意のうちに戦争難民となり、北方のシリアに逃れていったものと思われる。この人々がシリアに入ってマルコ福音書を所有していたグループと出会い、新しい共同体を創った。それがマタイの教会で、彼はこの教会のためにマルコ福音書とQ文書を組みあわせた新しい福音書を編集した」。

・迫害の中でしか知りえぬ真理がある。キリスト教の絶対平和主義もこの迫害の中で生まれて行った。

-「ユダヤ戦争を生き延びたマタイ教会の中心メンバーは、その破局を透徹した信仰の目で、偏狭な自民族中心主義(ユダヤ人国粋主義者)と、軍事力で覇を唱えようとする帝国主義(ローマ帝国)の破綻を捕らえている。『平和を実現する人々は、幸いである』、『剣を取る者は皆、剣で滅びる』等のイエスの言葉を伝えたのは、その帝国の支配に痛めつけられた戦争難民たちであった。マタイ共同体の人々は、戦争はもう二度としないと誓い、敵を愛し迫害する者のために祈ること、これこそが平和を実践し、創っていく唯一の現実的な道であると信じ、行動していたのである」。(須藤伊知郎「新約聖書解釈の手引き」、268-271)。

・パウロの伝道活動はローマ世界の各地にあったシナゴーク(ユダヤ人会堂)を拠点に為されている。エペソにもピリピにもコリントにも、ローマにもシナゴークがあった。母国ユダヤが繰り返しバビロンやローマ等の強国の侵略を受け、その結果難民が世界各地に散らされ、ユダヤ人共同体が各地に形成され、その国際的なユダヤ人ネットワークに乗って福音が拡がって行った。キリスト教伝道史の視点から見れば、バビロン捕囚とそれに伴う民族拡散こそがキリスト教を世界宗教にした。

・教会はマジョリティーになれば堕落する。初代教会は信徒が兵士になることを禁じた。しかしキリスト教が支配体制になったコンスタンティヌス後の教会(313年ミラノ勅令)は「キリスト者も国家の命じる戦争には従うべし」とする聖戦論が展開される。カール・バルトは「キリスト教倫理」の中で語る。

-「初代教会は戦争に反対してきた。しかし、コンスタンティヌス以降、教会は戦争を肯定し、アルル司教会議(314年)では戦争参加を拒否するものを教会から除名することを決議した。アウグステイヌスでさえ聖戦論を唱えた(ゲルマン民族のローマ帝国侵略という歴史的背景があった)。その後も教会は戦争を肯定してきたが、これは新約聖書的認識に正しく従っていなかったと言わざるを得ない」。

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