江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2007年9月5日祈祷会(ヨハネ黙示録22章、主よ、来たりませ)

投稿日:2019年8月21日 更新日:

1.黙示録最終章

・天使はヨハネに全ての幻を見せた後「これらの幻は真実であり、書き記して地上の人々に送れ」と命じた。
―黙示録22:6-7「これらの言葉は、信頼でき、また真実である。預言者たちの霊感の神、主が、その天使を送って、すぐにも起こるはずのことを、御自分の僕たちに示されたのである。見よ、私はすぐに来る。この書物の預言の言葉を守る者は、幸いである」。
・キリストはさらに言われた「この預言の言葉を封印するな。時は近づいている。私はすぐに来るからだ」。旧約の黙示は閉じるように命じられている(ダニエル8:26)。しかし、ヨハネ黙示録は閉じるなと命令されている。
―黙示録22:10-12「この書物の預言の言葉を、秘密にしておいてはいけない。時が迫っているからである。不正を行う者には、なお不正を行わせ、汚れた者は、なお汚れるままにしておけ。正しい者には、なお正しいことを行わせ、聖なる者は、なお聖なる者とならせよ。見よ、私はすぐに来る。私は、報いを携えて来て、それぞれの行いに応じて報いる」。
・ヨハネは「この書物に何も書き加えるな、何も除くな」という命令を聞く。旧新約聖書はここに完結する。
―黙示録22:18-19「この書物の預言の言葉を聞くすべての者に、私は証しする。これに付け加える者があれば、神はこの書物に書いてある災いをその者に加えられる。また、この預言の書の言葉から何か取り去る者があれば、神は、この書物に書いてある命の木と聖なる都から、その者が受ける分を取り除かれる」。
・ルターやカルヴァンはヨハネ黙示録に批判的であった。私たちはこの書をも聖書=神の言葉として読んでいく。
―?テモテ3:16「聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です」。
・この命令に応じて、天から地から声が上がる「主よ、来たりませ=アラム語・マラナタMaranatha」である。
―黙示録22:17「“霊”と花嫁とが言う『来てください』。これを聞く者も言うが良い『来てください』と。渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、価なしに飲むがよい」。

2.主よ、来たりませ

・「私はすぐに来る」とキリストは言われた。しかし、キリストの再臨=神の国は来ない。世は相変わらず悪の世である。この問題を私たちはどう考えるべきか。ペテロの時代にも人々はこの問題で悩んだ。
―?ペテロ3:9「ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです」。
・人々は再臨を待ちきれず、「私こそ再臨のイエスである」という主張に耳を傾けた。統一原理は教祖文鮮明こそ再臨のイエスという。多くの異端が黙示録から生まれたが、それらもまた偶像崇拝である。ヨハネは天使を拝もうとして、「私もまた被造物であり拝むな」と禁じられる。拝むべきは神のみである。
―黙示録22:8-9「私は、これらのことを聞き、また見たヨハネである。聞き、また見たとき、私は、このことを示してくれた天使の足もとにひれ伏して、拝もうとした。すると、天使はわたしに言った『やめよ。私は、あなたや、あなたの兄弟である預言者たちや、この書物の言葉を守っている人たちと共に、仕える者である。神を礼拝せよ』」。
・第一次大戦前の欧州において人々は将来に希望を持っていた。科学技術は進歩し、暮らしは良くなった。しかし、世界大戦では、キリスト者たちが最新の武器を持って殺しあった。K.バルトもこの殺し合いを見て、もう希望を語れなくなった。彼はひたすら聖書に沈潜し、その結果「ローマ書」を著し、再び希望を見出した。
―バルト・ローマ書第一版序言「パウロは、その時代の子として、その時代の人たちに語りかけた。しかしこの事実よりも遥かに重要なもう一つ別の事実は、彼が神の国の預言者また使徒として、すべての時代のすべての人たちに語りかけていることである。・・・私がひたすら注意力を集中したのは、歴史的なものを透視して、永遠の精神である聖書の精神を洞察することであった。かつて重大であったことは、今日もまた重大であり、また今日重大であって、ただの偶然や気まぐれでないものも、かつて重大であったことと直接のかかわりをもっている。我々が自分自身を正しく理解しているならば、我々の問いはパウロの問いである」
・主イエスは「私は来る」といわれた。私たちはこの言葉に従う。人は祈りや修行によって、あるいは戒めを守ることによって救われるとするが、それは救いを人間の側に持ってくる誤りであることを知るべきだ。
―黙示録22:20「すべてを証しする方が言われる『然り、私はすぐに来る』。アーメン、主イエスよ、来てください」。
・神の国がいつ来るのか、私たちは知らないが、私たちがキリストを心の中に迎えた時、そこに神の国が生まれる。
―黙示録3:20「見よ、私は戸口に立って、たたいている。誰か私の声を聞いて戸を開ける者があれば、私は中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、私と共に食事をするであろう」。

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