2006年12月20日祈祷会(?ペテロ3章、正しいことのために苦しむ)

投稿日:2019年8月21日 更新日:

1.妻は夫が不信仰者であっても仕えよ

・ペテロは、奴隷に「無慈悲な主人であっても主に仕えるように仕えよ」と説く。ペテロはまた、妻に対しても「夫が不信仰者であっても仕えよ」と説く。
―?ペテロ3:1-2「同じように、妻たちよ、自分の夫に従いなさい。夫が御言葉を信じない人であっても、妻の無言の行いによって信仰に導かれるようになるためです。神を畏れるあなたがたの純真な生活を見るからです」。
・これは忍従の教えなのか。当時、妻は夫と離れては経済的に生きていくことが出来なかった。その現実を神が与えられたものとして認め、その中に意味を見出していけとペテロは勧める。積極的従属の教えがここにある。
―エペソ5:22-24「妻たちよ、主に仕えるように自分の夫に仕えなさい。キリストが教会の頭であり、自らその体の救い主であるように、夫は妻の頭だからです。教会がキリストに仕えるように妻も全ての面で夫に仕えるべきです」。
・ペテロの手紙では、現在が終末であり、人は世の仮住まい者であることが繰り返されている。この世での充足を求めるよりも、何のために召されたかを考えよと説く。外面を飾るよりも内面の装いを行って、夫を信仰に導け。
―?ペテロ3:3-4「あなたがたの装いは、編んだ髪や金の飾り、あるいは派手な衣服といった外面的なものであってはなりません。むしろそれは、柔和でしとやかな気立てという朽ちないもので飾られた、内面的な人柄であるべきです。このような装いこそ、神の御前でまことに価値があるのです」。
・夫に対して妻をいたわれとペテロは勧める。手紙では妻に対しては6節を割き、夫に対しては1節のみである。この世で虐げられ、弱者である妻こそ、キリストに従う者にふさわしいとペテロは考えている。
―?ペテロ3:7「同じように、夫たちよ、妻を自分よりも弱いものだとわきまえて生活を共にし、命の恵みを共に受け継ぐ者として尊敬しなさい。そうすれば、あなたがたの祈りが妨げられることはありません」。

2.迫害するもののために祈れ

・ペテロは教会の兄弟姉妹に対して、心を一つにし、愛し合うように勧める。
―?ペテロ3:8「終わりに、皆心を一つに、同情し合い、兄弟を愛し、憐れみ深く、謙虚になりなさい」。
・そして敵対するものに対しては祝福を持って臨めという。あなたたちは祝福を受け継ぐために召された、祝福を持って臨んでも迫害を受けるかもしれない。それでも祝福しなさいと。
―?ペテロ3:9-14「悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです。・・・もし、善いことに熱心であるなら、だれがあなたがたに害を加えるでしょう。しかし、義のために苦しみを受けるのであれば、幸いです。人々を恐れたり、心を乱したりしてはいけません」。
・これは非抵抗・忍従の教えではない。悪は悪として排除せよ、しかし悪に対するに暴力を持って対抗するな。キング牧師の生き方だ。パウロがローマ12章で展開している「燃える薪を敵の頭に積め」という言葉も同じだ。
―「愛は敵を友人に変えることのできる唯一の力である。・・・私たちは、赦すだけの包容力を育て、いつくしまなければならない。赦す心の欠けた人は、愛する心も欠けている。最悪と言われる人々にも何らかの善があるものだし、最善と言われるにも、何らかの悪があるものである。この事実がわかれば、それだけ私たちは敵を憎むことが少なくなってくる。」
・キリストにある生き方を証すると共に、必要な時には、いつでも弁明できるように準備しなさい。弁明=アポロギア=弁証することだ。私たちは福音を伝えるだけの知識が必要だ。
―?ペテロ3:15-16「心の中でキリストを主とあがめなさい。あなたがたの抱いている希望について説明を要求する人には、いつでも弁明できるように備えていなさい。それも、穏やかに、敬意をもって、正しい良心で、弁明するようにしなさい。そうすれば、キリストに結ばれたあなたがたの善い生活をののしる者たちは、悪口を言ったことで恥じ入るようになるのです」。
・迫害にあってもキリストの受けた苦しみを思い、耐えなさい。善を行って苦しむのは神の嘉されることだ。
―?ペテロ3:17-18「神の御心によるのであれば、善を行って苦しむ方が、悪を行って苦しむよりはよい。キリストも、罪のためにただ一度苦しまれました。正しい方が、正しくない者たちのために苦しまれたのです。あなたがたを神のもとへ導くためです。キリストは、肉では死に渡されましたが、霊では生きる者とされたのです」。
・キリストは黄泉にさえ行かれ、信じない者たちに悔い改めを説かれた。あなたがたはこのキリストに従うのだ。
―?ペテロ3:19-22「霊においてキリストは、捕らわれていた霊たちのところへ行って宣教されました。この霊たちは、ノアの時代に箱舟が作られていた間、神が忍耐して待っておられたのに従わなかった者です。・・・キリストは、天に上って神の右におられます。天使、また権威や勢力は、キリストの支配に服しているのです」。

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