2006年12月13日祈祷会(?ペテロ2章、キリスト者はこの世でどう生きるのか)

投稿日:2019年8月21日 更新日:

1.聖なる祭司となれ

・ペテロは「キリストに出会って新しくされたのだから、古い過去を捨て、霊の乳を飲んで育て」と勧める。
―?ペテロ2:1-2「悪意、偽り、偽善、ねたみ、悪口をみな捨て去って、生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。これを飲んで成長し、救われるようになるためです」。
・それは「御言葉に養われ、キリストを土台として、キリストの祭司になることだ」と彼は言う。
―?ペテロ2:3-5「主のもとに来なさい。主は、人々からは見捨てられたのですが、神にとっては選ばれた、尊い、生きた石なのです。あなたがた自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるようにしなさい。そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、イエス・キリストを通して献げなさい」。
・人はキリストを救い主と受け入れる時、霊の家である教会の交わりの中に入れられ、人々のための祭司とさせられる。すべての信徒が祭司となる(万人祭司)。彼は司は己の救いだけでなく、隣人の救いをも執り成す。
―?ペテロ2:9-10「あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。あなたがたは、かつては神の民ではなかったが、今は神の民であり、憐れみを受けなかったが、今は憐れみを受けているのです」。
・祭司は霊のいけにえを神に捧げる。それは自分自身の生活を捧げると同時に、奉仕の業を捧げることでもある。
―ヘブル13:15-16「イエスを通して賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえる唇の実を、絶えず神に献げましょう。善い行いと施しとを忘れないでください。このようないけにえこそ、神はお喜びになるのです」

2.この世でのキリスト者の生き方

・手紙の読者たちは異教社会の中で信徒となり、周囲から、嘲られ、誤解され、迫害された。ペテロは言う「それゆえにこそ、あなたがたは人から非難されない生き方をして、キリストを証しするのだ」と。
―?ペテロ2:11-12「異教徒の間で立派に生活しなさい。そうすれば、彼らはあなたがたを悪人呼ばわりしてはいても、あなたがたの立派な行いをよく見て、訪れの日に神をあがめるようになります」。
・それは、良き市民としての義務を果たしていくことだとペテロは言う。
―?ペテロ2:13-14「主のために、すべて人間の立てた制度に従いなさい。それが、統治者としての皇帝であろうと、あるいは、悪を行う者を処罰し善を行う者をほめるために、皇帝が派遣した総督であろうと、服従しなさい」。
・世の秩序もまた神の定めたもうものだ。支配者は神の代務者として支配する。神を畏れ皇帝を敬いなさい。
―?ペテロ2:15-17「善を行って、愚かな者たちの無知な発言を封じることが、神の御心だからです。自由な人として生活しなさい。しかし、その自由を、悪事を覆い隠す手だてとせず、神の僕として行動しなさい。すべての人を敬い、兄弟を愛し、神を畏れ、皇帝を敬いなさい」。
・支配者が神の委託を超えて偶像化する時は「人に従うよりも神に従え」。支配者は代務者であり、神ではない。
―使徒言行録5:29「ペトロと他の使徒たちは答えた“人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません”」。
・ペテロは続ける「奴隷である者は、奴隷であると言う現実を受け入れ、その現実の中で信仰者として生きよ」。
―?ペテロ2:18「召し使いたち、心からおそれ敬って主人に従いなさい。善良で寛大な主人にだけでなく、無慈悲な主人にもそうしなさい」。
・キリストは十字架を負われた。あなたが奴隷として受ける不当な苦難こそ、あなたの負うべき十字架だ。
―?ペテロ2:19-21「不当な苦しみを受けることになっても、神がそうお望みだとわきまえて苦痛を耐えるなら、それは御心に適うことなのです。・・・あなたがたが召されたのはこのためです。というのは、キリストもあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残されたからです」。
・キリストは自分を愛さない者を愛し、自分に良いことをしない者に良いことをされた。祈りを持って主に従え。
―ルカ6:27-29「敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい。あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい」。
・キリストの死によりあなたはいやされたから、今度はあなたが他の人をいやしていく。救いを自分だけにとどめてはいけない。あなたは祭司にさせられたのだ。
―?ペテロ2:22-25「この方は・・・ののしられてもののしり返さず、苦しめられても人を脅さず、正しくお裁きになる方にお任せになりました。そして、十字架にかかって、自らその身に私たちの罪を担ってくださいました。・・・そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、今は、魂の牧者であり、監督者である方のところへ戻って来たのです」。

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