江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2004年12月29日  ローマ9章  同胞の救い

投稿日:2019年8月21日 更新日:

1.同胞の救い

・異邦人がキリストの福音を受入れたのに、同胞であるイスラエル人はこれを拒否した。このことはパウロにとっては大きな心の痛みであった。
-ローマ9:2-3「私には深い悲しみがあり、私の心には絶え間ない痛みがあります。私自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。」
・イスラエルは神に愛され、選ばれた民族だ。キリストさえも肉によればイスラエルの出身だ。そのイスラエルが何故神の子キリストを受入れないのか、神はイスラエルを捨てられたのかとパウロは叫ぶ。
−ローマ9:4-5「彼らはイスラエルの民です。神の子としての身分、栄光、契約、律法、礼拝、約束は彼らのものです。先祖たちも彼らのものであり、肉によればキリストも彼らから出られたのです。」
・神を知らない者は、自分の不幸や欠陥を悲しむ。しかし、神を知った者は、他人の不幸や欠陥を悲しむ者にさせられる。モーセも「罪を犯した同胞が救われるためであれば、自分は滅んでも良い」と言った。
−出エジプト記32:32「今、もしもあなたが彼らの罪をお赦しくださるのであれば……。もし、それがかなわなければ、どうかこの私をあなたが書き記された書の中から消し去ってください。」

2.旧約と新約

・人が信仰によって義とされるのであれば、イスラエルの選びとは何だったのか。旧約の長い歴史は無意味だったのか。パウロはまたも違うという。真のイスラエルとは肉のイスラエルではなく、霊のイスラエルなのだ。
−ローマ9:6-8「神の言葉は決して効力を失ったわけではありません。イスラエルから出た者が皆、イスラエル人ということにはならず、また、アブラハムの子孫だからといって、皆がその子供ということにはならない。・・・肉による子供が神の子供なのではなく、約束に従って生まれる子供が、子孫と見なされるのです」。
・神は憐れもうと思う者を憐れみ、かたくなにしようと思う者をかたくなにされる。それは信じない者を滅ぼすためでなく、救うためだ。彼らもまた,神の選びの中にいる。選びは恵みのためであって、滅びのためではない。
−ローマ9:17-18「聖書にはファラオについて『私があなたを立てたのは、あなたによって私の力を現し、私の名を全世界に告げ知らせるためである』と書いてあります。このように、神は御自分が憐れみたいと思う者を憐れみ、かたくなにしたいと思う者をかたくなにされるのです」。
・私たちの立場で考えれば、肉親の救いが問題になる。私たちの夫、妻、親、子、兄弟、多くの者がキリストを受入れない。彼らは神の選びから漏れているのか、聖書は、彼らもまた神の憐れみの中にあると言う。
−ローマ11:31-32「彼らも、今はあなたがたが受けた憐れみによって不従順になっていますが、それは、彼ら自身も今憐れみを受けるためなのです。神はすべての人を不従順の状態に閉じ込められましたが、それは、すべての人を憐れむためだったのです」。

3.私たちはどうすれば良いのか

・私たちが為すべきことは、神が私たちを選んで下さったことを感謝することだけだ。造られた者が造った者に対して反論できようか。
−ローマ9:20-21「造られた物が造った者に『どうして私をこのように造ったのか』と言えるでしょうか。焼き物師は同じ粘土から、一つを貴いことに用いる器に一つを貴くないことに用いる器に造る権限があるのではないか」。
・神はユダヤ人から、また異邦人から、少数の者を選び出して、子とされた。それは子とされたものが教会を形成し、まだ信じない者を救うための器になるためなのだ。同胞屋の肉親の救いは私たちの手に委ねられている。
−ローマ9:24-27「神は私たちを憐れみの器として、ユダヤ人からだけでなく、異邦人の中からも召し出してくださいました。・・・私は、自分の民でない者をわたしの民と呼び、愛されなかった者を愛された者と呼ぶ。・・・たとえイスラエルの子らの数が海辺の砂のようであっても、残りの者が救われる」。
・私たちはやるべきことを行い、後は神にお委ねしよう。神の知恵と知識は私たちの及ばない所にあるのだから。
−ローマ11:33-35「神の富と知恵と知識のなんと深いことか。だれが、神の定めを究め尽くし、神の道を理解し尽くせよう。いったいだれが主の心を知っていたであろうか。だれが主の相談相手であっただろうか。だれがまず主に与えて、その報いを受けるであろうか。」

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