江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2022年5月5日祈祷会(詩編100篇、喜びを持って主を礼拝する)

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1.神殿入場で歌われた賛美

 

・詩編100編は95編から始まる「王の詩編」の最後である。王の詩編は前516年に再建された第二神殿で歌われたものであり、本詩の時代背景も捕囚解放後であろう。

-詩編100:1 -2「全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。喜び祝い、主に仕え、喜び歌って御前に進み出よ」。

・詩人は全地に「共に賛美する」ように求める。主はイスラエルの神であると同時に全地の神でもあるからだ。捕囚前のイスラエルにとって、神とは民族の神(アブラハム・イサク・ヤコブの神)であり、捕囚~異国幽閉~解放の出来事を通じて、「主なる神こそが全地の神である」との信仰を持った。捕囚はイスラエル人の視野を広げた、恵みの出来事であった。

-イザヤ56:6-7「主のもとに集って来た異邦人が、主に仕え、主の名を愛し、その僕となり、安息日を守り、それを汚すことなく、私の契約を固く守るなら、私は彼らを聖なる私の山に導き、私の祈りの家の喜びの祝いに連なることを許す・・・私の家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる」。

・詩人は「喜びを持って主に仕えよ」と歌う。人間が王に仕える時は、恐れおののいてその前に出る。神なき民の支配原理は「威嚇と恐怖」だ。共産主義政権が独裁者を生みやすいのは、そこに「神」がいないからだ。神がおられれば、人間は恐れる必要はない。神は民を愛し、憐れまれる方だからだ。多くの国民は強いリーダーシップを持った為政者を望む。しかし、強いリーダーとは独裁者のことだ。私たちは王を求めたイスラエル人に語ったサムエルの言葉を聞き、人間に仕えることの意味を知るべきだ。

-サムエル上8:11-18「あなたたちの上に君臨する王の権能は次のとおりである。まず、あなたたちの息子を徴用する。それは、戦車兵や騎兵にして王の戦車の前を走らせ・・・王のための耕作や刈り入れに従事させ、あるいは武器や戦車の用具を造らせるためである。また、あなたたちの娘を徴用し、香料作り、料理女、パン焼き女にする。また、あなたたちの最上の畑、ぶどう畑、オリーブ畑を没収し、家臣に分け与える。また、あなたたちの穀物とぶどうの十分の一を徴収し、重臣や家臣に分け与える・・・こうして、あなたたちは王の奴隷となる。その日あなたたちは、自分が選んだ王のゆえに、泣き叫ぶ。しかし、主はその日、あなたたちに答えてはくださらない」。

 

2.ヘセドとエメト

 

・「主こそ王である」ことを知れと詩人は歌う。人を信じ、人に依存する者は、最後には失望する。2011年の東北大震災で、「人間の絆」、「君は一人ではない」、「人間を救うのは人間だ」等の言葉がもてはやされている。それから10年、今はだれもそのことを話さない。「神なき民」は人に頼らざるを得ないが、「人の真実は破れる」。私たちは「神の真実は破れない」ことに目を向ける。

-詩編100:3 「知れ、主こそ神であると。主は私たちを造られた。私たちは主のもの、その民、主に養われる羊の群れ」。

・神こそ真の羊飼いである。人間の羊飼いは羊よりも自分のことに心を向け、その結果、羊は「飼う者の居ない」状況に追い込まれる。しかし、その散らされた群れを主は再び集めてくださる、なぜならば主こそ真の羊飼いだからだと、捕囚期の預言者エゼキエルは預言した。

-エゼキエル34:2-12「災いだ、自分自身を養うイスラエルの牧者たちは。牧者は群れを養うべきではないか。お前たちは乳を飲み、羊毛を身にまとい、肥えた動物を屠るが、群れを養おうとはしない・・・彼らは飼う者がいないので散らされ、あらゆる野の獣の餌食となり、ちりぢりになった・・・見よ、私は牧者たちに立ち向かう。私の群れを彼らの手から求め、彼らに群れを飼うことをやめさせる。牧者たちが、自分自身を養うことはもはやできない・・・見よ、私は自ら自分の群れを探し出し、彼らの世話をする。牧者が、自分の羊がちりぢりになっているときに、その群れを探すように、私は自分の羊を探す。私は雲と密雲の日に散らされた群れを、すべての場所から救い出す」。

・マタイは記す「(イエスは)群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた」(9:36)。神とはそのような方だ。神は私たちを不毛の異国から救い出し、豊かな牧草地エルサレムに連れ戻してくださった。だから私たちは感謝と賛美を主に捧げるのだと詩人は歌う。

-詩編100:4「感謝の歌をうたって主の門に進み、賛美の歌をうたって主の庭に入れ。感謝をささげ、御名をたたえよ」。

・人々は感謝の捧げ物を持って主の神殿に入り、前庭から中庭に進む。そして賛美する。詩編100編は歌う「主は恵み深く、慈しみはとこしえに、主の真実は代々に及ぶ」(100:5)。「慈しみ」ヘセド、「真実」エメトである。ヘセドとエメトは旧約においては大事な言葉だ。主の憐れみが真実であるからこそ、私たちはどのような状況下でもそれを信じて希望を抱くことができる。そして希望を持つ者の生活は変えられる。「神を知る」とはヘセドとエメトに生きることだ。

-詩編136:1-3「恵み深い主に感謝せよ。慈しみはとこしえに。神の中の神に感謝せよ。慈しみはとこしえに。主の中の主に感謝せよ。慈しみはとこしえに」。

 

3.詩篇100編の黙想~全地を支配する神への祈り

 

・詩篇100編は「全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ」で始まる。この「全地」とは何を指すのか、この世界の政治、経済、平和の在り方も全地に関わるのか。教会もこの社会の苦しみに取り組む必要がある。東京基督教大学はウクライナ戦争に対する大学の祈りを公開した。

-東京基督教大学学長山口陽一「Stand in the Gap 破れ口にキリストの平和を」

「地をさばく方よ 立ち上がってください。高ぶる者に報復してください(詩篇94篇2節)。神よ、ロシア軍による侵攻を一日も早くやめさせ、撤退させてください。ロシアの世論が戦争に反対し、プーチン大統領が侵略を断念しますように。国連と各国の指導者を、戦争の終結と平和のために働かせてください。ロシアとウクライナの教会を守り、平和を作り出す者として用いてください。兵士たちが、殺し合うこと、市民を殺すことを忌み嫌うようにさせてください。悪しき者が、人びとの憎悪や復讐を増幅させ、連鎖させないようにしてください。戦争が世界に拡大すること、核兵器が使われることが決してありませんように。人道支援の国々と人々を用い、戦争被害者、難民355万人と避難民を助けてください。包囲され、インフラと食料を絶たれているマリウポリの人々を助けてください。平和憲法に立って日本がふさわしい貢献をすることができるようにしてください」(2022年3月24日)

・日本バプテスト連盟もウクライナ戦争に対して祈りを公表した「ロシアのウクライナ軍事侵攻に深く憂慮し平和を切に求める祈り」

-「主よ、平和を私たちにお授けください。私たちすべての業を成し遂げてくださるのはあなたです。「私たちの先祖はあなたに依り頼み、依り頼んで、救われて来た。助けを求めてあなたに叫び、救い出され、あなたに依り頼んで、裏切られたことはない」(詩編 22 篇 5 節~6 節)。

-「平和の主よ、私たちは、ロシアによるウクライナ軍事侵攻に深い憤りと悲しみを覚え、この軍事行為が一刻も早く終わり、かの地に住む人々に平和が戻ることを切に祈り求めます。ウクライナの独立国家の主権を踏みにじり、ロシア自ら署名したミンスク合意を破棄して、多くの市民の命を奪い、人々が大切に耕してきた地を血で染める軍事的暴挙が、あなたの正義によって正されますように。今、この時、戦争という暴力により、命を脅かされ、恐怖の中に逃げ惑う人々のかたわらにあなたがいまし、一人ひとりの命を御手の中にお守りください」。

-「ロシアの指導者、ウクライナの指導者、そして、世界の為政者たちが戦争という暴力による解決ではなく、対話による解決の道へと導かれますように。そして、戦地に立たされた兵士たちが、無益な争いから解放されますように。主よ、平和のために声を上げる人々の、叫びと祈りを、どうぞ受け止めてください。平和を願う人々の願いと、祈りが連帯し、その声があまねく響きますように。そして、あなたの平和が実現しますように。日本、そして、世界中の国々が、ウクライナとロシアとの両国の平和のために力を尽くすことができますように」。

-「私たちは、一日も早くウクライナに平和が戻ることを祈り願い、心を合わせて祈ります。どうか、私たち一人ひとりの祈りと平和を願う心を強めてください。主よ、私たちを、イエス・キリストが成し遂げられた和解のつとめに仕える者、あなたの平和の道具としてください。平和の主、イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン」。(2022年2月25日)

日本バプテスト連盟理事会 理事長 加藤 誠

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