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日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2021年4月8日祈祷会(詩編45編、王の婚宴の歌)

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  1. 王の婚宴の歌

 

・詩篇45編は王の婚宴の席で歌われた祝歌だ。詩人は渾身の思いを込めて、祝歌を歌う。

-詩篇45:1-2「指揮者によって。ゆりに合わせて。コラの子の詩。マスキール。愛の歌。心に湧き出る美しい言葉、私の作る詩を、王の前で歌おう。私の舌を速やかに物書く人の筆として」。

・詩人は王を、「神の祝福を受けた者」、「国を守る勇士」とほめたたえる。

-詩篇45:3-6「あなたは人の子らのだれよりも美しく、あなたの唇は優雅に語る。あなたはとこしえに神の祝福を受ける方。勇士よ、腰に剣を帯びよ。それはあなたの栄えと輝き。輝きを帯びて進め、真実と謙虚と正義を駆って。右の手があなたに恐るべき力をもたらすように。あなたの矢は鋭く王の敵のただ中に飛び、諸国の民はあなたの足もとに倒れる」。

・詩人は「あなたの王座はとこしえに続く」と讃美する。サムエル記は「ダビデ王家は永遠に続くと主が約束された」と記す(サムエル記下7:12-16)。

-詩篇45:7「神よ、あなたの王座は世々限りなく、あなたの王権の笏は公平の笏。」。

・詩人は歌い続ける「主に従うことを愛するあなたに、主は油を注がれ、祝福される」と。象牙で飾られた宮殿に麗しい香りが漂うと詩人は讃美する。

-詩篇45:8-9「神に従うことを愛し、逆らうことを憎むあなたに・・・あなたの神は油を注がれた、喜びの油を、あなたに結ばれた人々の前で。あなたの衣はすべて、ミルラ、アロエ、シナモンの香りを放ち、象牙の宮殿に響く弦の調べはあなたを祝う」。

・10節から王妃についての賞賛が始まる。詩人は王妃に対して、出てきた故郷を忘れ、あなたを愛する王を主として仕えよと呼びかける。彼女はシリアのティルス(ツロ)から来た外国の王の娘だった。

-詩編45:10-13「諸国の王女、あなたがめでる女たちの中から、オフィルの金で身を飾った王妃が、あなたの右に立てられる。『娘よ、聞け。耳を傾けて聞き、そしてよく見よ。あなたの民とあなたの父の家を忘れよ。王はあなたの美しさを慕う。王はあなたの主。彼の前にひれ伏すがよい。ティルスの娘よ、民の豪族は贈り物を携え、あなたが顔を向けるのを待っている』」。

・着飾った花嫁が、お付きの乙女たちを従えて、王座に就く王の前に導かれてくる。

-詩編45:14-16「王妃は栄光に輝き、進み入る。晴れ着は金糸の織り、色糸の縫い取り。彼女は王のもとに導かれて行く、乙女らを伴い、多くの侍女を従えて。彼女らは喜び躍りながら導かれて行き、王の宮殿に進み入る」。

・最後は王への祝福と讃美で歌は閉じられる。その祝福は子孫繁栄と世界支配である。

-詩編45:17-18「あなたには父祖を継ぐ子らが生まれ、あなたは彼らを立ててこの地の君とする。私はあなたの名を代々に語り伝えよう。諸国の民は世々限りなく、あなたに感謝をささげるであろう」。

 

2.しかしふさわしい王はいなかった

 

・本詩はイスラエル王国時代の王の理想像を提示するが、それにふさわしい王はほとんどいなかった。各王の事績を描く列王記は繰り返し、「彼らは主の目に悪とされることを行った」と記述する。ソロモンでさえそうであった。

-列王記上11:5 -6「ソロモンは、シドン人の女神アシュトレト、アンモン人の憎むべき神ミルコムに従った。ソロモンは主の目に悪とされることを行い、父ダビデのようには主に従い通さなかった」。

・その中でもアハブはツロの王女イゼベルを妻として迎え、バアル礼拝を盛んにし、預言者エリヤと対決した王であった。旧約聖書の中でアハブ王と王妃イゼベルは典型的な悪王とされ、反乱により殺されている。

-列王記上21:25-26「アハブのように、主の目に悪とされることに身をゆだねた者はいなかった。彼は、その妻イゼベルに唆されたのである。彼は、主がイスラエルの人々の前から追い払われたアモリ人と全く同じように偶像に仕え、甚だしく忌まわしいことを行った」。

・現実に絶望した人々は、次第に、この詩を理想の王=メシヤを求めるメシヤ預言として読むようになる。「あなたの神は油を注がれた」、油注がれた者=メシヤ、預言者イザヤは現実の王に変わるメシヤを待望するようになる。

-イザヤ11:1-10「エッサイの株からひとつの芽が萌えいで、その根からひとつの若枝が育ち、その上に主の霊がとどまる。知恵と識別の霊、思慮と勇気の霊、主を知り、畏れ敬う霊。彼は主を畏れ敬う霊に満たされる。目に見えるところによって裁きを行わず、耳にするところによって弁護することはない。弱い人のために正当な裁きを行い、この地の貧しい人を公平に弁護する。その口の鞭をもって地を打ち、唇の勢いをもって逆らう者を死に至らせる。正義をその腰の帯とし、真実をその身に帯びる・・・その日が来れば、エッサイの根はすべての民の旗印として立てられ、国々はそれを求めて集う。そのとどまるところは栄光に輝く」。

 

3.新しい王としてのメシヤの待望

 

・へブル書は本詩45:7-8をメシヤ=キリストを預言するものとして引用する。

-へブル1:8-9「御子に向かっては、こう言われました『神よ、あなたの玉座は永遠に続き、また、公正の笏が御国の笏である。あなたは義を愛し、不法を憎んだ。それゆえ、神よ、あなたの神は、喜びの油を、あなたの仲間に注ぐよりも多く、あなたに注いだ』」。

・ルカはイザヤ61:1-2を引用して、イエスこそ新しい王、メシヤであると証した。

-ルカ4:16-21「イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった。『主の霊が私の上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主が私に油を注がれたからである。主が私を遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである』。イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。そこでイエスは、『この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した』と話し始められた」。

・ヨハネ黙示録はこの世の苦難を耐え忍ぶ信徒たちの究極の希望を、「新しいエルサレム」を花嫁とする、「子羊の婚宴」として描く。地上の現実がどのように絶望的であっても信仰者は将来を希望することができるのだ。

-ヨハネ黙示録19:7-8「私たちは喜び、大いに喜び、神の栄光をたたえよう。小羊の婚礼の日が来て、花嫁は用意を整えた。花嫁は、輝く清い麻の衣を着せられた。この麻の衣とは、聖なる者たちの正しい行いである」。

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