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日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2021年10月28日祈祷会(詩編74篇、神殿廃墟の前に立つバビロン帰還民の嘆き)

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1.神殿の廃墟の前に立ち

 

・本詩はエルサレム神殿の廃墟の前に立った詩人が、「主よ、いつまで私たちを捨て置かれるのか」と嘆く歌である。バビロン捕囚から帰還し、荒廃したエルサレム神殿を目の当たりにした民の復興嘆願の祈りがここにある。詩は「なぜ私たちを捨てられ、今も顧みられないのか」という嘆きから始まる。

-詩編74:1-3「神よ、なぜあなたは養っておられた羊の群れに怒りの煙をはき、永遠に突き放してしまわれたのですか。どうか御心に留めてください。いにしえから御自分のものとし、御自分の嗣業の部族として贖われた会衆を、あなたのいます所であったこのシオンの山を。永遠の廃虚となった所に足を向けてください」。

・エルサレムを占領したバビロン軍は森の木を切り倒すように斧を持って神殿を破壊し、神殿の壁の彫刻は壊され、聖所は焼かれたと詩人は嘆く。

-詩編74:4-8「あなたに刃向かう者は、至聖所の中でほえ猛り、自分たちのしるしをしるしとして立てました。彼らが木の茂みの中を、斧を携えて上るのが見えると、ただちに手斧、まさかりを振るって彫り物の飾りをすべて打ち壊し、あなたの聖所に火をかけ、御名の置かれた所を地に引き倒して汚しました。『すべて弾圧せねばならない』と心に言って、この地にある神の会堂をすべて焼き払いました」。

・それから50年、バビロン捕囚からの帰還を許された民は、廃墟となった神殿で、敵にいつ襲われるかもしれない恐怖の中で、礼拝を捧げ祈っている。

-エズラ記3:3-6「彼らはその地の住民に恐れを抱きながら、その昔の土台の上に祭壇を築き、その上に焼き尽くす献げ物、朝と夕の焼き尽くす献げ物を主にささげた・・・第七の月の一日に、彼らは主に焼き尽くす献げ物をささげ始めた。しかし、主の神殿の基礎はまだ据えられていなかった」。

・帰国したイスラエルの民は神殿再建を志したが、異邦の民の妨害や自己の生活の困難さの中で挫折した。

-詩編74:9-11「私たちのためのしるしは見えません。今は預言者もいません。いつまで続くのかを知る者もありません。神よ、刃向かう者はいつまで嘲るのでしょうか。敵は永久にあなたの御名を侮るのでしょうか。なぜ、手を引いてしまわれたのですか、右の御手は、ふところに入れられたまま」。

・その間の事情をエズラ書は語る。民はバビロンから解放されると(紀元前538年)、神殿再建のために新しい神殿の基礎を据えた。しかし、サマリア人の妨害や指導者の更迭等により神殿再建工事は中断した。

-エズラ4:24「その時から、エルサレムの神殿の工事は中断されたまま、ペルシャの王ダレイオスの治世第二年にまで及んだ」。

・詩人は神に対する信仰を失ってはいない。この神こそが原始の怪物を征服して天地を創られた方、太陽や星を創造して宇宙を形成された方、ご自分の民をエジプトから贖いだすために海を分けられた方、民を約束の地に入らせるためにヨルダン川をせき止められた方であるからだ。だから神は神殿の再建を許して下さるはずだと彼は信じる

-詩編74:12-17「しかし神よ、いにしえよりの私の王よ、この地に救いの御業を果たされる方よ。あなたは、御力をもって海を分け、大水の上で竜の頭を砕かれました。レビヤタンの頭を打ち砕き、それを砂漠の民の食糧とされたのもあなたです。あなたは、泉や川を開かれましたが、絶えることのない大河の水を涸らされました。あなたは、太陽と光を放つ物を備えられました。昼はあなたのもの、そして夜もあなたのものです。あなたは、地の境をことごとく定められました。夏と冬を造られたのもあなたです」。

 

2.絶望の中での祈り

 

・神は絶望を祝福に変える力をお持ちの方だ。しかし今は沈黙され、神の民が砕かれ、主の神殿が荒廃するままに任せておられる。「主よ、立ち上がって下さい。あなたの民が嘲笑されるのはあなたの御名が侮られることです。あなたの神殿が廃墟のままであることは御名が汚されていることです」と詩人は必死に訴える。

-詩編74:18-20「主よ、御心に留めてください、敵が嘲るのを、神を知らぬ民があなたの御名を侮るのを。あなたの鳩の魂を獣に渡さないでください。あなたの貧しい人々の命を、永遠に忘れ去らないでください。契約を顧みてください。地の暗い隅々には、不法の住みかがひしめいています」。

・イスラエルの民にとって、前587年の王国の滅亡とそれに続くバビロンへの捕囚は民族存亡の危機であった。国を滅ぼされた民族の大半は歴史の中に埋没して行った。その中でユダは「神はヤハウェのみ」という唯一神信仰に立ち、民族の同一性を保ち、帰還後に幾多の障害を乗り越えて神殿を建て直し、宗教共同体を再建することが出来た。それは過去の歴史を見つめ、直面する苦難の意味を探り、そこから自分たちの将来像を構築したためである。この詩にみられるように、民は絶望しているが希望を失ってはいない。

-詩編74:21-23「虐げられた人が再び辱められることなく、貧しい人、乏しい人が御名を賛美することができますように。神よ、立ち上がり、御自分のために争ってください。神を知らぬ者が絶えずあなたを嘲っているのを、御心に留めてください。あなたに刃向かう者のあげる声、あなたに立ち向かう者の常に起こす騒ぎを、どうか・・・忘れないでください」。

・現実の政治に展望が開けず、神に見捨てられた状態がすぐに終わるとも考えられない状況下で、詩人は混沌から秩序を生みだし、イスラエルをエジプトから贖いだされた方への信仰を失っていない。この信仰がある限り、人はどのような絶望からも立ち上がることが出来るだろう。苦難の中にあるローマ教会を励ますパウロの信仰と同じ心がここにある。

-ローマ8:18-25「現在の苦しみは、将来私たちに現されるはずの栄光に比べると、取るに足りないと私は思います。被造物は、神の子たちの現れるのを切に待ち望んでいます。被造物は虚無に服していますが、それは、自分の意志によるものではなく、服従させた方の意志によるものであり、同時に希望も持っています・・・私たちは、このような希望によって救われているのです。見えるものに対する希望は希望ではありません。現に見ているものをだれがなお望むでしょうか。私たちは、目に見えないものを望んでいるなら、忍耐して待ち望むのです」。

 

3.詩篇74編の黙想~神殿再建の挫折と再建

 

・第一次帰還グループの神殿建設は失敗に終わった。帰還した民はエルサレムに定住した。ゼロからの再出発で、度重なる旱魃と飢饉も加わり、困難を極める中で、すこしずつ生活は安定し始める。第一陣帰国から18年、預言者ハガイが立てられる。ハガイは神殿再建に慎重になっている帰還民に、神殿再建を呼びかける。BC522年、預言者ハガイはユダ総督ゼルバベルと、大祭司ヨシュアに神殿の建設を命じる。

-ハガイ1:1-4「ダレイオス王の第二年六月一日に、主の言葉が預言者ハガイを通して、ユダの総督シェアルティエルの子ゼルバベルと大祭司ヨツァダクの子ヨシュアに臨んだ。『万軍の主はこう言われる。この民は、まだ、主の神殿を再建する時は来ていないと言っている・・・今、お前たちは、この神殿を廃虚のままにしておきながら自分たちは板ではった家に住んでいてよいのか』」。

・ハガイはダビデ王家の血筋をひく総督ゼルバベルと大祭司ヨシュアを激励して再建の業を委ねる。新しい神殿の栄光は、昔のソロモン神殿の栄光に勝るようになるとハガイは励ます。

-ハガイ2:4-9「今こそ、ゼルバベルよ、勇気を出せと主は言われる。大祭司ヨツァダクの子ヨシュアよ、勇気を出せ。国の民は皆、勇気を出せ、と主は言われる。働け、私はお前たちと共にいると万軍の主は言われる。ここに、お前たちがエジプトを出たとき、私がお前たちと結んだ契約がある。私の霊はお前たちの中にとどまっている。恐れてはならない・・・この新しい神殿の栄光は昔の神殿にまさる・・・この場所に私は平和を与えると万軍の主は言われる」。

・詩編96編は神殿再建がなった時の慶びを歌う。96編の70人訳には「捕囚の後、家が建てられた時」と前書きがある。詩編96編はバビロン帰還民が第二神殿を建設し、その神殿の新年の祝いの時に歌われたものとされている。

-詩編96:1-3「新しい歌を主に向かって歌え。全地よ、主に向かって歌え。主に向かって歌い、御名をたたえよ。日から日へ、御救いの良い知らせを告げよ。国々に主の栄光を語り伝えよ、諸国の民にその驚くべき御業を」。

・国を滅ぼされた民族が70年の時を経て帰還し、新しい国を造ることはこれまでの歴史ではなかった。国をなくした民族は消滅していったがイスラエルは復活する。そこにイスラエルの民は神の経綸を見た。だから彼らは新しい歌を歌う「諸国の民もひれ伏せ、主こそ真の神であることが明らかになったではないか」。

-詩編96:7-9「諸国の民よ、こぞって主に帰せよ、栄光と力を主に帰せよ。御名の栄光を主に帰せよ。供え物を携えて神の庭に入り、聖なる輝きに満ちる主にひれ伏せ。全地よ、御前におののけ」。

・民族復活の喜びを伝える詩篇が126編だ。彼らは歌う「バビロンから救済された民が返ってくる。まるで夢のようではないか」、「涙と共に種を蒔く人は喜びの歌と共に刈り入れる」、これが私たちの信仰だ。

-詩編126:1-6「主がシオンの捕われ人を連れ帰られると聞いて、私たちは夢を見ている人のようになった。その時には、私たちの口に笑いが、舌に喜びの歌が満ちるであろう。その時には、国々も言うであろう『主はこの人々に、大きな業を成し遂げられた』と・・・涙と共に種を蒔く人は喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は、束ねた穂を背負い、喜びの歌をうたいながら帰ってくる」。

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