江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2020年1月9日祈祷会(列王記下4章、四つの命の物語)

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1.エリシャの行った奇跡

 

・エリヤを継承したエリシャは、預言者集団の長となる。ある日、預言者の夫を亡くした妻がエリシャを訪ね、窮状を訴える。エリシャは彼女を憐れみ、壷の油を増やして、それで借金の返すように計らった。

-列王記下4:1-7「妻の一人がエリシャに助けを求めて叫んだ『あなたの僕である私の夫が死んでしまいました・・・債権者が来て私の子供二人を連れ去り、奴隷にしようとしています』。彼は言った『外に行って近所の人々皆から器を借りて来なさい・・・家に帰ったら、戸を閉めて子供たちと一緒に閉じこもり、その器のすべてに油を注ぎなさい』。彼女はエリシャのもとから出て行くと、戸を閉めて子供たちと一緒に閉じこもり、子供たちが器を持って来ると、それに油を注いだ・・・彼は言った『その油を売りに行き、負債を払いなさい。あなたと子供たちはその残りで生活していくことができる』」。

・この話はエリヤが行った奇跡と類似する。主は必要な時には、必要なものを与えてくださることを示す。

-列王記上17:15-16「やもめは行って、エリヤの言葉どおりにした。こうして彼女もエリヤも、彼女の家の者も、幾日も食べ物に事欠かなかった。主がエリヤによって告げられた御言葉のとおり、壺の粉は尽きることなく、瓶の油もなくならなかった」。

・二番目の奇跡は死んだ子どものよみがえりである。

-列王記下4:33-37「彼は中に入って戸を閉じ、二人だけになって主に祈った。エリシャは寝台に上がって、子供の上に伏し、自分の口を子供の口に、目を子供の目に、手を子供の手に重ねてかがみ込むと、子供の体は暖かくなった・・・彼女がエリシャのもとに来ると、エリシャは『あなたの子を受け取りなさい』と言った」。

・エリヤもまた子をよみがえらせている。神が命を支配しておられることを示すためのしるしであった。

-列王記上17:20-22「彼は子供の上に三度身を重ねてから、主に向かって祈った『主よ、わが神よ、この子の命を元に返してください』。主は、エリヤの声に耳を傾け、その子の命を元にお返しになった。子供は生き返った」。

 

2.食べ物の奇跡

 

・三度目の奇跡は、飢饉にみまわれた預言者たちに野生のうりを煮て食べさせたところ、苦くて食べることが出来なかったが、エリシャが麦粉を入れると食べることが出来るようになったという物語である。

-列王記下4:38-41「エリシャはギルガルに帰った。その地は飢饉に見舞われていた。預言者の仲間たちが彼の前に座っていたときのこと、彼は従者に、「大きな鍋を火にかけ、預言者の仲間たちのために煮物を作りなさい」と命じた。彼らの一人が野に草を摘みに出て行き、野生のつる草を見つけ、そこから野生のうりを上着いっぱいに集めて帰って来た。彼らはそれが何であるかを知らなかったので、刻んで煮物の鍋に入れ、人々に食べさせようとよそった。だが、その煮物を口にしたとき、人々は叫んで、「神の人よ、鍋には死の毒が入っています」と言った・・・エリシャは、「麦粉を持って来るように」と命じ、それを鍋に投げ入れてから、「よそって人々に食べさせなさい」と言うと、鍋には有害なものはなくなっていた」。

・四度目の奇跡も食べ物の奇跡だ。エリシャが大麦パン20個で、100人の預言者を養ったと言う記事である。

-列王記下4:42-44「一人の男が・・・初物のパン、大麦パン二十個と新しい穀物を袋に入れて神の人のもとに持って来た。神の人は『人々に与えて食べさせなさい』と命じたが、召し使いは『どうしてこれを百人の人々に分け与えることができましょう』と答えた。エリシャは再び命じた『人々に与えて食べさせなさい。主は言われる。彼らは食べきれずに残す』。召し使いがそれを配ったところ、主の言葉のとおり彼らは食べきれずに残した」。

・この最後の奇跡は、イエスが大麦のパン5個で、5千人を養われた記事と酷似している。イエスが、パンを手にして神に祈られた時、この物語を思い起こされておられたのかもしれない。

-ヨハネ6:9-13「『ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう』。イエスは『人々を座らせなさい』と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに『少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい』と言われた。集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった」。

・子のよみがえりの物語は、イエスがナインのやもめの子をよみがえらせた時と、状況が酷似する。

-ルカ7:13-15「主はこの母親を見て、憐れに思い、『もう泣かなくともよい』と言われた。そして、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止まった。イエスは『若者よ、あなたに言う。起きなさい』と言われた。すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった」。

・神は命を支配しておられる。そのしるしとして、私たちに食物を与え、必要な時には病をいやされる。今私たちは、そのしるしを「十字架からよみがえられたイエスの復活の出来事を通して見よ」と命じられている。ヤイロの娘の蘇生もエリシャ物語と同じ文脈の中にある。

-マルコ5:31-43「イエスがまだ話しておられる時に、会堂長の家から人々が来て言った。『お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう』。イエスは・・・『恐れることはない。ただ信じなさい』と会堂長に言われた・・・一行は会堂長の家に着いた。イエスは人々が大声で泣きわめいて騒いでいるのを見て、家の中に入り、人々に言われた。『なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ』。人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスは皆を外に出し、子供の両親と三人の弟子だけを連れて、子供のいる所へ入って行かれた。そして、子供の手を取って、『タリタ、クム』と言われた。これは、『少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい』という意味である。少女はすぐに起き上がって、歩きだした・・・それを見るや、人々は驚きのあまり我を忘れた」。

 

3.エリシャの行った奇跡について(ウィキペディアより)

 

・エリシャについて語るには奇跡を抜きには語れないほど、彼は多くの奇跡を行ったとされ、また、彼はその奇跡によって名を成した人物でもある。その奇跡は4章に集中して語られる。

-エリコの町の水源を塩で清めた(2:19~2:22)。

-油を増やして寡婦とその子供たちを貧困から救った(4:1~4:7)。

-シュネムの婦人の子供がクモ膜下出血で死んだ際、その子を生き返らせた(4:18~4:37)。

-毒物の混入した煮物を麦粉で清めた(4:38~4:41)

-パン二十個と一袋の穀物を百人の人間が食べきれないまで増やした(4:42~4:44)。

-アラムの軍司令官ナアマンの皮膚病をヨルダン川の水で癒した(5:1~5:14)。

-水の中に沈んだ斧を浮き上がらせた(6:1~6:7)。

・「列王記下」に残されている数々の奇跡談は、エリシャが社会的弱者の救済を惜しまない義人であったことを物語っている。イエスもエリシャの奇跡に言及しておられる。

-ルカ4:27「預言者エリシャの時代に、イスラエルには重い皮膚病を患っている人が多くいたが、シリア人ナアマンのほかはだれも清くされなかった」。

・奇跡の多くは病の癒し、または死者のよみがえりである。人間の願望がそこにあるからである。今日では多くの病は薬剤投与や手術により治る。しかし死だけは克服できない。死の克服のためにはイエスの復活とその結果としての私たちの復活を信じるしかない。

-第一コリント15:13-19「死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです。そして、キリストが復活しなかったのなら、私たちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。更に、私たちは神の偽証人とさえ見なされます。なぜなら、もし、本当に死者が復活しないなら、復活しなかったはずのキリストを神が復活させたと言って、神に反して証しをしたことになるからです。死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。そして、キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。そうだとすると、キリストを信じて眠りについた人々も滅んでしまったわけです。この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、私たちはすべての人の中で最も惨めな者です」。

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