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日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2019年7月18日祈祷会(列王記上4章、ソロモン王国の繁栄)

投稿日:2019年8月22日 更新日:

2019年7月18日祈祷会(列王記上4章、ソロモン王国の繁栄)

1.ソロモン王国の繁栄

・口語訳・列王記上4章は1-34節まであり、新共同訳5:14までを含む。依拠する原典の違いである(口語訳はギリシャ語旧約聖書の、新共同訳はヘブル語旧約聖書の配列による)。ここでは5:14までを含む範囲で4章を考える。4章始めにソロモンの閣僚名簿がある。ソロモン王権樹立を導いたのは、預言者ナタン、祭司ツァドク、軍司令ベナヤであり、彼らおよび子たちが要職を占める。現代と同じく、功績に報いる組閣である。
−列王記上4:1-6「ソロモン王は全イスラエルの王となった。その高官たちは次のとおりである。ツァドクの子アザルヤ、祭司。シシャの二人の子エリホレフとアヒヤ、書記官。アヒルドの子ヨシャファト、補佐官。ヨヤダの子ベナヤ、軍の司令官。ツァドクとアビアタル、祭司。ナタンの子アザルヤ、知事の監督。ナタンの子ザブド、王の友で、祭司。アヒシャル、宮廷長。アブダの子アドニラム、労役の監督」。
・ソロモン時代にイスラエル王国は繁栄の頂点に立った。民は増え、領土は拡大した。
−列王記上4:7「ソロモンはイスラエル全国に十二人の知事を置いた。彼らは、王と王室の食糧を調達した。すなわち、知事は各自毎年一か月分の食糧を調達することになっていた。」
・ソロモンの在世中、イスラエルは、「ダンからベエル・シェバ」の伝統的な領土を超えて、「ユーフラテス川からペリシテ人の地方、更にエジプトとの国境に至るまで」を支配した。
-列王記4:20-5:5「ユダとイスラエルの人々は海辺の砂のように数が多かった。彼らは飲み食いして楽しんでいた。ソロモンは、ユーフラテス川からペリシテ人の地方、更にエジプトとの国境に至るまで、すべての国を支配した。国々はソロモンの在世中、貢ぎ物を納めて彼に服従した・・・ソロモンはティフサからガザに至るユーフラテス西方の全域とユーフラテス西方の王侯をすべて支配下に置き、国境はどこを見回しても平和であった。ソロモンの在世中、ユダとイスラエルの人々は、ダンからベエル・シェバに至るまで、どこでもそれぞれ自分のぶどうの木の下、いちじくの木の下で安らかに暮らした」。
・それはアブラハムに約束された土地であった。アブラハムの生前の子はイサクだけであり、土地は妻サラを葬るだけの地所しか所有しなかった。500年の時を経て、彼の子孫たちは天の星のように増え、見渡す限りの土地が領土となった。
−創世記15:18-21「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで、カイン人、ケナズ人、カドモニ人、ヘト人・・・アモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人の土地を与える」。
・ソロモンは軍備を拡充させ、各地に知事を置いて納めさせた。ソロモンの王国は繁栄した。
-列王記5:6-8「ソロモンは戦車用の馬の厩舎四万と騎兵一万二千を持っていた。知事たちは、ソロモン王とソロモン王の食卓に連なるすべての人々のために、それぞれ一か月分の食糧を調達し、何の不足もないようにした。彼らは、馬と早馬のための大麦とわらも、それぞれその割り当てに従って所定の場所に納めた」。

2.ソロモンの知恵

・ソロモンは知恵に満ち、その名声は諸国にも伝えられ、彼の言葉は書き記された。
−列王記上5:9-12「神はソロモンに非常に豊かな知恵と洞察力と海辺の砂浜のような広い心をお授けになった。ソロモンの知恵は東方のどの人の知恵にも、エジプトのいかなる知恵にもまさった。・・・その名は周りのすべての国々に知れ渡った。彼の語った格言は三千、歌は千五首に達した」。
・国々の王たちはソロモンを訪れ、その知恵に耳を傾けた。
−列王記上5:14「あらゆる国の民が、ソロモンの知恵をうわさに聞いた全世界の王侯のもとから送られて来て、その知恵に耳を傾けた」。
・聖書では箴言、伝道の書、雅歌がソロモンの作ないしはソロモンの言葉を伝えるものとして残されている。
−箴言1:1-2「イスラエルの王、ダビデの子、ソロモンの箴言。知恵と諭しをわきまえ、分別ある言葉を理解するため」
−伝道1:1-2「エルサレムの王、ダビデの子、コヘレトの言葉・・・なんという空しさ・・・すべては空しい」。

3.その栄華は重税と強制労働に支えられていた

・ソロモンは軍備を固め、騎兵1万2千、馬4千、戦車1400を持った(?歴代誌9:25)。その維持のためには重税が必要だった。12の行政区が定められ、それぞれが税負担を行うように命じられた。財政基盤確立のための行政区の変更で、従来の12部族の領地を再編成している。
−列王記上4:7「ソロモンはイスラエル全国に十二人の知事を置いた。彼らは、王と王室の食糧を調達した。すなわち、知事は各自毎年一か月分の食糧を調達することになっていた」。
・ソロモンの栄華は重税と強制労働に支えられていた。ソロモンは民に過大な税と賦役を命じた。ソロモンの子レハブアムの時代には労役監督アドラムが、民衆に恨まれ、殺されている。
−列王記12:18「レハブアム王は労役の監督アドラムを遣わしたが、イスラエルのすべての人々は彼を石で打ち殺したため、レハブアム王は急いで戦車に乗り込み、エルサレムに逃げ帰った」。
・またソロモン王は、周辺諸国との融和のためエジプト王や、モアブ・エドム・シドンとの縁戚関係を促進した。その結果、国に異教礼拝が浸透し、国は乱れた。
−列王記上11:1-2「ソロモン王はファラオの娘のほかにもモアブ人、アンモン人、エドム人、シドン人、ヘト人など多くの外国の女を愛した・・・主がかつて『彼らをあなたたちの中に入れてはならない。彼らは必ずあなたたちの心を迷わせ、彼らの神々に向かわせる』と仰せになったが、ソロモンは彼女たちを愛してそのとりことなった」。
・ソロモンの栄華は一代で終わり、死後に王国は分裂する。ソロモンが民に仕えるのではなく、民を貪ったからだ。ソロモンは神殿を建て、王宮を建設し、その大規模工事の賦役の重さが後に王国の分裂を招く。ソロモンは知恵があったが、愛が無かった。そこにこそ、ソロモンの治世の問題がある。
−列王記上12:4「あなたの父上(ソロモン王)は私たちに苛酷な軛を負わせました。今、あなたの父上が私たちに課した苛酷な労働、重い軛を軽くしてください。そうすれば、私たちはあなたにお仕えいたします」。
・自分のために生きるのか、他者のために生きるのか、人生の分岐点である。ソロモンは自分のために生きた。それ故に国を失った。
−マタイ10:39「自分の命を得ようとする者はそれを失い、私のために命を失う者は、かえってそれを得るのである」。
・イエスはソロモン的な生き方の虚しさを語られた。
−マタイ6:28「なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ」。

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