江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2015年9月10日(創世記8章、洪水の終わり)

投稿日:2019年8月21日 更新日:

1.洪水物語は二つの資料(伝承)で構成されている

・創生記は6章から8章が洪水物語であり、異なった二つの資料が合成されて記事が書かれている。一つはヤーウェ資料(J,紀元前10世紀のダビデ・ソロモン時代)、他は祭司資料(P,紀元前5世紀のバビロン捕囚時代)である。最初にJ資料の物語が語られ、それを補正するようにP資料が重複して書かれたとされる。8章は洪水の終わりを描く。8:1はP資料である。彼らは「洪水は自然に治まったのではなく、神がノアと人々を思い起こし、風を吹かせられたので治まった」と記す。
-創世記8:1「神は、ノアと彼と共に箱舟にいたすべての獣とすべての家畜を御心に留め、地の上に風を吹かせられたので、水が減り始めた」。
・災いの終わりは常に神の想起である。出エジプトでも神の想起が滅亡から救済への転回点をなす。
-出エジプト記2:23-25「それから長い年月がたち、エジプト王は死んだ。その間イスラエルの人々は労働のゆえにうめき、叫んだ。労働のゆえに助けを求める彼らの叫び声は神に届いた。神はその嘆きを聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。神はイスラエルの人々を顧み、御心に留められた」。
・次の節はP資料(8:2a,8:3b-5)とJ資料(8:2b-3a)が混在している。P資料では洪水は364日(150日の降雨、150日の洪水、64日の減水)で大掛かりであるが、J資料では120日(40日の降雨、40日の洪水、40日の減水)と地域的である。洪水は象徴的には神の審きである。P資料を書いた捕囚期の祭司たちは完膚なきまでの神の審き(国の滅亡、70年間の捕囚)をそこに表現している。
-創世記8:2-5「また、深淵の源と天の窓が閉じられたので、天からの雨は降りやみ、水は地上からひいて行った。百五十日の後には水が減って、第七の月の十七日に箱舟はアララト山の上に止まった。水はますます減って第十の月になり、第十の月の一日には山々の頂が現れた」。
・箱舟はアララト山の頂上に留まったとP資料は書く。アララト山(現在のアルメニア地方)は5千メートルを超える当時世界一とされた山である。水が減るとノアは烏を放って、減り具合を確かめる。
-創世記8:6-9「四十日たって、ノアは自分が造った箱舟の窓を開き、烏を放した。烏は飛び立ったが、地上の水が乾くのを待って、出たり入ったりした。ノアは鳩を彼のもとから放して、地の面から水がひいたかどうかを確かめようとした。しかし、鳩は止まる所が見つからなかったので、箱舟のノアのもとに帰って来た。水がまだ全地の面を覆っていたからである。ノアは手を差し伸べて鳩を捕らえ、箱舟の自分のもとに戻した」。
・ギルガメシュ叙事詩の洪水物語では、鳩と烏と燕が放たれている。この部分はJ資料であるが、メソポタミヤ洪水伝承の影響を受けている。さらに7日待って鳩を放すとオリーブの木の葉をくわえて戻り、さらに7日後にはもう戻らなかった。水が引いたのである。
-創世記8:10-14「更に七日待って、彼は再び鳩を箱舟から放した。鳩は夕方になってノアのもとに帰って来た。見よ、鳩はくちばしにオリーブの葉をくわえていた。ノアは水が地上からひいたことを知った。彼は更に七日待って、鳩を放した。鳩はもはやノアのもとに帰って来なかった。ノアが六百一歳のとき、最初の月の一日に、地上の水は乾いた。ノアは箱舟の覆いを取り外して眺めた。見よ、地の面は乾いていた。第二の月の二十七日になると、地はすっかり乾いた」。

2.箱舟から出る

・13節から資料はPに代わる。J資料では箱舟から出るタイミングはノアが放った鳩によるが(人間の努力)、P資料では神の命により、ノアたちは箱舟を出る。
-創世記8:15-19「神はノアに仰せになった。「さあ、あなたもあなたの妻も、息子も嫁も、皆一緒に箱舟から出なさい。すべて肉なるもののうちからあなたのもとに来たすべての動物、鳥も家畜も地を這うものも一緒に連れ出し、地に群がり、地上で子を産み、増えるようにしなさい。」そこで、ノアは息子や妻や嫁と共に外へ出た。獣、這うもの、鳥、地に群がるもの、それぞれすべて箱舟から出た」。
・下船したノアが最初に行ったのは礼拝であった(20節からJが再登場する)。彼は祭壇を築き、清い家畜と鳥を、焼き尽くす献げものとして捧げた。
-創世記8:20「ノアは主のために祭壇を築いた。そしてすべての清い家畜と清い鳥のうちから取り、焼き尽くす献げ物として祭壇の上にささげた」。
・焼き尽くす献げものは罪を贖うためのものであった。全焼の献げもの=ギリシア語ホロー・コスト(全部を・焼く)がやがて罪を贖う殉教者の意味となり、20世紀のユダヤ人大量殺戮がホローコストと呼ばれ、有名になる。カトリック信徒・永井隆は長崎の浦上に落ちた原爆を「神の摂理による大いなる燔祭(ホローコスト)」と呼んだ(長崎の鐘)。
-レビ記1:3-4「牛を焼き尽くす献げ物とする場合には、無傷の雄をささげる。奉納者は主に受け入れられるよう、臨在の幕屋の入り口にそれを引いて行き、手を献げ物とする牛の頭に置くと、それは、その人の罪を贖う儀式を行うものとして受け入れられる」。
・8:16-19に「箱舟を出る」という言葉が繰り返される。先の創世記7章には、「箱舟に入る」という言葉が繰り返された(7:7,7:13、7:15)。箱舟はエルサレム神殿と同じ大きさであり、神殿が象徴されている。箱舟に入る=神殿に入る=非日常に身を置く。箱舟から出る=神殿から出る=日常世界に戻る。信仰者は7日目に神殿(教会)に入り,世の洪水から身を離し、礼拝が終われば神殿(教会)から出て、世に戻ることが強調されている。

3.洪水は人間に何の変化ももたらさなかった。しかし、神の心には劇的な変化があった

・神は人間の滅ぼしを決意されたが(6:5-7)、洪水の後では限りない忍耐と寛容をもって人間に関わろうとされる。人間の悪の故に呪われた土地が、神の裁きを経て回復される。
-創世記8:21-22「主は宥めの香りをかいで、御心に言われた。『人に対して大地を呪うことは二度とすまい。人が心に思うことは、幼いときから悪いのだ。私はこの度したように生き物をことごとく打つことは、二度とすまい。地の続くかぎり、種蒔きも刈り入れも寒さも暑さも、夏も冬も昼も夜も、やむことはない』」。
・「人が心に思うことは、幼いときから悪い」、人間の悪自体は変わらない。しかしそうであってもそれを「受け入れる」との神の宣言がここにある。人は罪を重ねるが、神は滅ぼし尽くすことはされない。バビロン捕囚の中の民たちはその声を必死に聞いた。捕囚地の預言者第二イザヤは、バビロン捕囚からの開放の預言をノアの洪水を通して聞く。
―イザヤ54:9「これは、私にとってノアの洪水に等しい。再び地上にノアの洪水を起こすことはないとあのとき誓い、今また私は誓う。再びあなたを怒り、責めることはないと。」
・洪水の後で変化したのは人間ではなく、神だった。神は人間の悪を耐え忍び、受け入れられたとJ資料作者は語る。イエスが語られた神も、悪人にさえ恵みを下さる神である。
-マタイ5:45「あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである」。

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