江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2005年2月2日祈祷会(民数記25章、べオルでの過ち)

投稿日:2019年8月21日 更新日:

1.ベオルでの背信行為

・神が山頂でモアブ王と戦っている時、民は平野でモアブの娘達と背信の行為にふけっていた。背信の行為=直訳では淫行を為す、イスラエルは神が戦われていることをまるで気づかず、自分たちの楽しみを追求していた。
-民数記25:1-2「イスラエルがシティムに滞在していたとき、民はモアブの娘たちに従って背信の行為をし始めた。娘たちは自分たちの神々に犠牲をささげるときに民を招き、民はその食事に加わって娘たちの神々を拝んだ」。
・バルクのような異教徒の預言者さえも、神の言葉に従った。それなのに、神の民であるイスラエルは、異邦の娘達の誘いに乗り、土地の神バアルを拝み始めていた。これは、神に対する裏切り行為であった。
−民数記25:3-4「イスラエルはこうして、ペオルのバアルを慕ったので、主はイスラエルに対して憤られた。主はモーセに言われた『民の長たちをことごとく捕らえ、主の御前で彼らを処刑し、白日の下にさらしなさい。そうすれば、主の憤りはイスラエルから去るであろう』」。
・憤りは疫病となり、多くの者が殺された。歎くために民が集まっている時、シメオンの族長ジブリは懲りずに、ミデイアンの女を連れて、宿営に入ってきた。それは共同体を汚す行為であった。祭司ピネハスは二人を殺した。
−民数記25:6-9「モーセとイスラエルの人々の共同体全体が臨在の幕屋の入り口で嘆いているその目の前に、一人のイスラエル人がミディアン人の女を連れて同胞のもとに入って来た。祭司アロンの孫で、エルアザルの子であるピネハスはそれを見ると、共同体の中から立ち上がって、槍を手に取り、そのイスラエル人の後を追って奥の部屋まで行き、この二人、すなわちイスラエル人とその女を共に突き刺した。槍は女の腹に達した。それによって、イスラエルを襲った災害は治まったが、この災害で死んだ者は二万四千人であった」。
・主は、ピネハスのこの行為を喜ばれ、ピネハスと特別の契約を結ばれた。
−民数記25:11-12「祭司アロンの孫で、エルアザルの子であるピネハスは、私がイスラエルの人々に抱く熱情と同じ熱情によって彼らに対する私の怒りを去らせた。それで私は、私の熱情をもってイスラエルの人々を絶ち滅ぼすことはしなかった」。

2.この物語の意味するもの

・イスラエルは全て順調であった。軍勢も整ってきた。全ての戦いは勝った。約束の地は目の前にある。神が祝福しておられる。それでも彼らは罪を犯した。
−詩篇106:28-30「彼らはバアル・ペオルを慕い、死者にささげた供え物を食べた。この行いは主の怒りを招き、疫病が彼らの間に広がった。ピネハスが立って祈ると、疫病はとどめられた」。
・この物語は金の子牛の再現だ。モーセが律法を受けるためにシナイ山に登った時、民は不安にかられて金の子牛を造って拝み、淫行を行った。戯れた=淫行を行った、の意味である。偶像礼拝は必ず性的放縦を招く。
−出エジプト記32:3-6「アロンは若い雄牛の鋳像を造った。すると彼らは『イスラエルよ、これこそあなたをエジプトの国から導き上ったあなたの神々だ』と言った。・・・彼らは次の朝早く起き、焼き尽くす献げ物をささげ、和解の献げ物を供えた。民は座って飲み食いし、立っては戯れた」。
・イスラエルの民は剣や槍には、その武力で対抗することが出来た。しかし、心の中の欲望は抑えることが出来ない。こうして古い世代は死んだ。荒野の40年を経ても、彼らは何も変わらなかった。
−民数記26:63-65「モーセと祭司エルアザルは、エリコに近いヨルダン川の対岸にあるモアブの平野でイスラエルの人々を登録した。その中には、モーセと祭司アロンがシナイの荒れ野でイスラエルの人々を登録したときに登録された者は一人もいなかった。・・・だれも生き残った者はなかった」。
・古い世代は新しく生まれ変わることが出来なかった。主は新しい世代に期待をかけて、彼らを約束の地に導かれる。新しい世代は、主の期待に応えるだろうか。歴史は否と答える。
−申命記31:16-17「この民は直ちに、入って行く土地で、その中の外国の神々を求めて姦淫を行い、私を捨てて、私が民と結んだ契約を破るであろう。その日、この民に対して私の怒りは燃え、私は彼らを捨て、私の顔を隠す」。
・人は罪を犯し続ける存在だ。人は自分の力で救われることは出来ない。十字架以外に救いはない。
−コリ10:1-11「私たちの先祖は皆、雲の下におり、皆、海を通り抜け、皆、雲の中、海の中で、モーセに属するものとなる洗礼を授けられ、皆、同じ霊的な食物を食べ、皆が同じ霊的な飲み物を飲みました。・・・しかし、彼らの大部分は神の御心に適わず、荒れ野で滅ぼされてしまいました。・・・彼らの中のある者がしたように、みだらなことをしないようにしよう。みだらなことをした者は、一日で二万三千人倒れて死にました。・・・それが書き伝えられているのは、時の終わりに直面している私たちに警告するためなのです」。

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