1.割礼の制定(17:1-14)
・アブラハムが99歳になった時、主はアブラハムと契約を結ばれた。
―創世記17:1-2「アブラムの九十九歳の時、主はアブラムに現れて言われた、「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ。わたしはあなたと契約を結び、大いにあなたの子孫を増すであろう」。
・これは三度目の主の顕現であった。最初は75歳の時、二度目は85歳の時、三度目が今回である。
―創世記12:1-2「主はアブラムに言われた、「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。」
―創世記15:17-18「日は入り、暗やみになった時、煙の立つかまど、炎の出るたいまつが、裂いたものの間を通り過ぎた。その日、主はアブラムと契約を結んで言われた、「わたしはこの地をあなたの子孫に与える。エジプトの川から、かの大川ユフラテまで。」
―創世記17:4-8「わたしはあなたと契約を結ぶ。あなたは多くの国民の父となるであろう。・・・わたしはあなたと後の子孫とにあなたの宿っているこの地、すなわちカナンの全地を永久の所有として与える。そしてわたしは彼らの神となるであろう」。
・この契約を機に、アブラハムは改名を命じられる(アブラム=高められた父⇒アブラハム=多くのものの父)。
・契約のしるしとして、男子は割礼を受けるように命じられる。
―創世記17:10-11「男子はみな割礼をうけなければならない。これはわたしとあなたがた及び後の子孫との間のわたしの契約であって、あなたがたの守るべきものである。あなたがたは前の皮に割礼を受けなければならない。それがわたしとあなたがたとの間の契約のしるしとなるであろう。」
2.息子の誕生の約束(17:15-27)
・妻サライも名を変えるように言われる(サライ=徒労⇒サラ=皇女)。
・サラを通して後継ぎを与えると約束されるが、アブラハムはこれを笑う。
―創世記17:17「アブラハムはひれ伏して笑い、心の中で言った、百歳の者にどうして子が生れよう。サラはまた九十歳にもなって、どうして産むことができようか。」
・サラも同様に約束を信じない。
―創世記18:10-12「アブラハムとサラとは年がすすみ、老人となり、サラは女の月のものが、すでに止まっていた。それでサラは心の中で笑って言った、わたしは衰え、主人もまた老人であるのに、わたしに楽しみなどありえようか」。
・100歳の男と90歳の女からどうして子が生まれよう、冷笑するしかない出来事ではないか。信仰の父と呼ばれるアブラハムでさえ、神を信じきっていなかった。そのアブラハムを主は用いられる。
―創世記神は言われた、「いや、あなたの妻サラはあなたに男の子を産むでしょう。名をイサクと名づけなさい。わたしは彼と契約を立てて、後の子孫のために永遠の契約としよう。」
・子はイサク(イツハ-ク=彼は笑う)と名づけられる。かって冷笑した出来事が喜びの笑いになるからである。
―創世記「サラは言った、神はわたしを笑わせてくださった。聞く者は皆わたしのことで笑うでしょう。」
3.割礼と契約
・天地創造においては安息日を守ることが契約のしるしになり、アブラハムとの契約においては割礼がそのしるしになった。以降、イスラエルにとって割礼を受け、安息日を守ることが民族のしるしになる。
・パウロは肉に割礼を受けたものがイスラエル人ではなく、心に割礼を受けたものこそ神の民であると言う。
―ローマ2:28-29「外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、外見上の肉における割礼が割礼でもない。かえって、隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、また、文字によらず霊による心の割礼こそ割礼であって、そのほまれは人からではなく、神から来るのである。」
・心の包皮を切り取れ、これは旧約の預言者も繰り返し述べたことである。
―エレミヤ4:4「ユダの人々とエルサレムに住む人々よ、あなたがたは自ら割礼を行って、主に属するものとなり、自分の心の前の皮を取り去れ。さもないと、あなたがたの悪しき行いのために/わたしの怒りが火のように発して燃え、これを消す者はない」