江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2023年3月12日説教(ルカ19:28-40、イエスのエルサレム入城)

投稿日:2023年3月11日 更新日:

 

1.イエスのエルサレム入城

 

・イエスは自ら先頭に立ってエルサレムへ向われます。近郊のオリ-ブ山のふもと、ベトファゲとベタニアの村に差しかかった時、イエスは二人の弟子を先の村へ使いに出されます。「『オリーブ畑』と呼ばれる山のふもとにあるベトファゲとベタニアに近づいた時、二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。『向うの村へ行きなさい。そこに入ると、まだ誰も乗ったことのない子驢馬がつながれているのが見つかる。それをほどいて引いて来なさい。もし、だれかが、「なぜほどくのか」と尋ねたら、「主がお入り用なのです」と言いなさい。』」」(ルカ19:29-31)

・イエスは弟子たちに、村に繋がれている、子驢馬の綱を解き、連れて来るよう命じられました。ベタニアにはイエスと親しかったマリアとマルタが住んでおり、イエスはあらかじめ、驢馬の準備を彼らに依頼しておかれたのでしょう。「使いに出された者たちが出かけて行くと、言われた通りであった。ろばの子の綱をほどいていると、その持ち主たちが、『なぜ、子ろばをほどくのか』と言った。二人は、『主が御入り用なのです』と言った。」(ルカ19:32-34)。

・群衆はローマ人の支配からイスラエルを解放する政治的解放者としてのメシアを求めていました。その期待に応えるには馬に乗って、威風堂々と入城するのが普通です。しかし、イエスは馬を選ばれず、あえて驢馬に乗って、エルサレムに入られました。イエスが驢馬に乗って入城された背景には、ゼカリア書の預言の存在があります。「娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。神に従い、勝利を与えられた者、高ぶることなく、驢馬に乗って来る。雌驢馬の子である驢馬に乗って。」(ゼカリア9:9)。イエスは象徴行為として驢馬に乗られたのです。イエスは言われます「軍馬は人を支配し、従わせるための乗り物だ。しかし、私は支配するためではなく、仕えるために来た。驢馬は人の重荷を負う。私はあなた方の罪を背負うために驢馬に乗って来た」と。

・驢馬は平和の象徴、柔和な生き物です。柔和(ギリシャ語=プラエイス)とは人々と争わず、力ずくで物事を進めないことを意味します。主により頼む者は自らの力に頼らず、全てを主に委ねますので、そこに憎しみも報復も生じません。力づくで自分に従わせるやり方では、遅かれ早かれ破綻します。まさに「柔和な人こそが地を受け継ぐ」(マタイ5:5)のです。

 

2.この人たちが黙れば石が叫びだす

 

・弟子たちは子驢馬をイエスのところに引いて来て、その上に自分の服をかけ、イエスをお乗せします。イエスが進む道には群衆が立ち並び、彼らは服を脱ぎ、イエスの進む道に並べ敷きました(ルカ19:35-36)。エルサレムを見た弟子たちの心は勇み、歓喜が声になり、メシアを賛美します。弟子たちの歓喜は群衆に伝わり、歓呼の渦となって広がりました。「イエスがオリ-ブ山の下り坂にさしかかられた時、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。『主の名によって来られる方。王に、祝福があるように。天には平和、いと高きところには栄光』」。(ルカ19:37-38)。

・弟子たちと群衆が和して起こった大歓声は、ファリサイ派の人々を不快にしました。彼等は弟子たちを黙らせるようにイエスに抗議しますが、イエスは語ります「言っておくが、もしこの人たちが黙れば石が叫びだす」(ルカ19:39-40)。一行はさらにエルサレムに近づき、都が見えた時、イエスは感極まってエルサレムのために嘆かれます。「もし、この日に、お前も平和への道をわきまえていたなら・・・しかし、今はお前には見えない。」(ルカ19:42)。イエスは都エルサレムが崩壊する幻を見られました。その幻は40年後に実現します。エルサレム滅亡を目撃したルカは語ります「やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいる子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである。」(ルカ19:43-44)。

・当時ユダヤを支配していたローマ総督は、重要な祭日には、滞在するカイザリアから、戦車や軍馬を連ねて、エルサレムに入城しました。エルサレムにはローマ兵が常駐するアントニア要塞があり、警備軍を増強し、治安維持を強化するためでした。過越祭においては、全国から多くの巡礼者が集まってエルサレムの人口は十倍以上になり、国民的な宗教感情が高まり、征服者ローマに対する敵意が暴動となりかねなかったからです。ローマ軍はカイザリアから、すなわち西から、戦車や軍馬を連ねて、エルサレムに入りました。それに対して、イエスは、オリーブ山から、すなわち東から、数人の弟子たちを従えて、「驢馬に乗って」入城されます。

・当時の人々が求めていたのは、「栄光に輝くメシア」、軍馬に乗り、大勢の軍勢を従え、敵から解放し、幸いをもたらしてくれる「強いメシア」です。驢馬に乗る「柔和なメシア」ではありません。人々は、イエスが自分たちの求めていたメシアではないことがわかると、一転して「イエスを十字架につけろ」と叫び始め、それが金曜日の受難へと続きます。「柔和の王」を拒否したエルサレムの人々は、やがてローマに対して武力闘争を始め(紀元66年に始まるユダヤ戦争)、その結果、エルサレムはローマ軍に占領され、焼かれ、神殿も崩壊します。「剣を取る者は剣で滅びる」のです(マタイ26:58)。

・イエスは「解放者としてのメシアを求める」人々の期待を知っておられました。その期待に応えるには馬に乗って、威風堂々と入城すべきでしょう。ローマの将軍は4頭立ての戦車に乗って都に入りました。イエスがメシア=王であられるならば、その方がふさわしい。しかし、イエスは馬ではなく、驢馬に乗って、エルサレムに入られました。驢馬は愚鈍と卑しめられ、戦いの役に立たない、王にふさわしくない、しかし、イエスはあえて、驢馬を選んで、エルサレムに入られました。

 

3.驢馬に乗ってエルサレム入城をされた方に従っていく

 

・イエスが「馬ではなく、驢馬に乗って」エルサレムに入城されたことは、深い意味を持っています。「軍馬に頼る平和はない」ことを示すためです。今日の招詞にイザヤ2:4を選びました。「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」(ミカ4:3も同様)。人類は有史以来、戦争を繰り返してきました。それは人間の中にある根源的な罪のためであり、その罪を贖い、殺し合いを止めさせ、真の平和を打ち立てるのは人間には不可能です。だからイザヤは「神の平和を待ち望む」と語ります。このイザヤ書2章4節はニューヨークの国連ビルの土台石に刻み込まれています。二度の世界大戦を通して、世界は苦しみ、血を流しました。「もう、戦争は止めよう、武器を捨てよう。剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌としよう」と言う理想を掲げて、国連は設立されました。しかし、戦後世界でも戦火は続いています。

・イザヤが生きた紀元前700年ごろ、中東ではアッシリアが世界帝国の道を歩み、シリアが占領され、北イスラエルは滅ぼされ、圧倒的な軍馬がユダ王国に迫りました。人々はアッシリアに対抗するためにエジプトの援助を求めますが、イザヤは反対します。エジプトもアッシリアも神の支配下にある人間に過ぎないのに、何故「鼻で息をしているだけの者に頼るのか」(イザヤ2:22)と。ユダ王国はアッシリア軍によって国土の大半を焼かれ、占領され、かろうじてエルサレムだけが残されました。イザヤの平和預言は戦争に負け、国土が焼け野原になった状況の中で歌われています。

・その状況は1945年の日本に酷似しています。日本は戦争に負け、国土は焼け野原になりました。もう兵器はいらない。砲弾や武器を作るために兵器工場に集められた鉄が鋳られ、釜や鍬が作られました。そして新しい憲法が発布されます。新憲法は9条1項において「戦争の放棄」を宣言し、9条2項で「いかなる軍隊も武力も保持しない」と宣言します。世界で初めての平和憲法です。発案したのはアメリカ占領軍(GHQ)のキリスト者たちでしたが、戦争の悲惨を見た日本人ももろ手を挙げて賛成しました。イザヤが夢見た「戦争の放棄」という出来事が現代日本で起こったのです。

・ユダの国はアッシリアが強くなるとアッシリアになびき、エジプトが強くなるとエジプトになびきました。その結果、国は滅びました。イザヤの信仰は単なる理想ではなく、世界情勢の現実認識の上に立てられたものでした。だから彼は言います「主により頼んで武器を捨てよう」と。このイザヤの心を具体化されたのがイエスです。イエスは言われました「柔和な人々は幸いである。その人たちは地を受け継ぐ」(マタイ5:5)。

・「柔和な人々」とは、腕力や政治権力、経済力や軍事力を使って無理やり人に言うことを聞かせようとしない人のことです。今の世界には、ものを言うのは「力」だという信仰が根強くあります。「やられたらやり返す」、多くの「現実主義者」は、この世界では「軍馬の思想」のみが有効な行き方だといいます。日本も平和憲法を持ちながらアメリカと軍事同盟を結び、アメリカの核の傘の下に自国の安全を委ねています。しかし、歴史上、軍馬で平和が達成されたことはありません。軍馬の思想を極限まで推し進めた強国アッシリアはバビロンに滅ぼされ、バビロンもペルシャに、ペルシャもギリシャに、ギリシャもローマに滅ぼされます。柔和なイエスがこの世界史の中に誕生されたということは、新しい世界が始まったということです。キリスト者はこの視点に立って国の安全保障を考える必要があります。

・イエスは驢馬に乗って、エルサレムに入城されました。驢馬は柔和で忍耐強く、人間の荷を黙って負います。イエスも私たちの重荷を黙って負ってくれました。人は言うでしょう「イエスは驢馬に乗って入城したために、殺されたではないか」。私たちは反論します「柔和の王を拒否して、ローマに武力抵抗したからエルサレムは滅ぼされたではないか。軍馬に頼る生き方は滅亡の道だ」。聖書はイエスの十字架死を敗北とは考えていません。ペテロは言います「(この方は)罵られても罵り返さず、苦しめられても人を脅さず、正しくお裁きになる方にお任せになりました。そして、十字架にかかって、自らその身に私たちの罪を担ってくださいました・・・そのお受けになった傷によって、あなたがたは癒されました」(1ペテロ2:23-24)。

・イエスが驢馬を調達されたベタニアとは、「神により頼む、貧しい者の家」と言う意味です。この村でラザロは死からよみがえり(ヨハネ11:44)、マリアはイエスにナルドの香油を奉げ(マタイ25:12)、イエスはこの村から昇天されました(ルカ24:50)。私たちはこの教会をベタニア村のような共同体にしたいと願います。驢馬のように、忍耐強く、愚痴を言わずに、黙々と他者の荷を負っていく。そのような共同体です。マタイが用いる「柔和」とはギリシャ語「プラウース」、単なる謙遜やおとなしさではなく、「抑圧にめげない」姿勢を示します。「右のほほを打たれたら左のほほを出す。しかし決して下は向かない」、「罵られても罵り返さない。しかし決して屈しない」という強さを持った言葉です。どのような中にあっても抑圧に負けず、雄々しく生きる生き方こそ「柔和な」、私たちの目指すべき生き方です。

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