1.預言から黙示へ
・待降節第三主日を迎えました。今日はイザヤ25章を読みます。イザヤ24-27章はイザヤ黙示録と呼ばれます。紀元前3世紀ごろ、イザヤの流れを汲む祭司たちがイザヤの預言を再解釈し、ここに編入したと考えられています。イザヤの時代から400年以上も経っています。それぞれの時代の人たちが、神への信仰の中でイザヤ書を解釈し、その集合体としてイザヤ書が成り立っています。紀元前7世紀のイザヤの時代はまだダビデ王国は健在であり、エルサレムには神殿がありました。イザヤはエルサレム神殿の滅びを預言しましたが、まだ希望がありました。しかし、紀元前5世紀にエルサレムが滅亡した後、預言は絶え、黙示の時代に入ります。黙示は現実世界に希望がない時に、終末を待ち望む思想です。
・イザヤ24章は終末の世界審判を預言します「見よ、主は地を裸にして、荒廃させ、地の面をゆがめて住民を散らされる・・・地は全く裸にされ、強奪に遭う」(イザヤ24:1-3)。「地は全く裸にされ、強奪に遭う」、旱魃で飢饉が起こり多くの者たちが死んだ、敵に侵略され、人々は略奪され大地は荒れ果てた、と預言者は嘆きます。終末の裁きの時が来たと。しかし主はすべてを滅ぼさず、残りの者を残されます。イザヤ25章は滅びからの回復預言です「主よ、あなたは私の神、私はあなたをあがめ、御名に感謝をささげます。あなたは驚くべき計画を成就された・・・それゆえ、強い民もあなたを敬い、暴虐な国々の都でも人々はあなたを恐れる」(イザヤ25:1-3)。
・「あなたは弱い者の砦、苦難に遭う貧しい者の砦、豪雨を逃れる避け所、暑さを避ける陰となられる・・・あなたは雲の陰が暑さを和らげるように、異邦人の騒ぎを鎮め、暴虐な者たちの歌声を低くされる」(イザヤ25:4-6)。イザヤの終末思想は、25章6節以下ではイスラエルだけではなく全民族の救いへと展開します。「万軍の主はこの山で祝宴を開き、すべての民に良い肉と古い酒を供される。それは脂肪に富む良い肉とえり抜きの酒。主はこの山で、すべての民の顔を包んでいた布と、すべての国を覆っていた布を滅ぼし、死を永久に滅ぼしてくださる」(イザヤ25:6-8a)。
・イザヤ書25章8節では「主なる神は・・・死を永久に滅ぼしてくださる」と、死に対する勝利が歌われます。旧約において死が克服されるという思想は初めてです。諸国の民は主の山に登り、祝宴を楽しみます。それは主がイスラエルの恥を清めて下さったからです。そこでは、外国の民に支配され、辱めを受けた民が慰められると預言者は歌います。「主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい、御自分の民の恥を、地上からぬぐい去ってくださる・・・その日には、人は言う。見よ、この方こそ私たちの神。私たちは待ち望んでいた。この方が私たちを救ってくださる。この方こそ私たちが待ち望んでいた主。その救いを祝って喜び躍ろう」(イザヤ25:8b-10)。どのように過酷な現実があろうとも、主はいつか私たちを救ってくださる。その感謝がイザヤ25章にはあります。
2.イザヤ黙示録はヨハネ黙示録に継承された
・私たちはいつも過去から現在を見ます。現在が絶望的であれば、「過去は良かった」という嘆きしか出て来ません。それに対して黙示は「未来から現在」を見ます。現在が闇であっても、その闇が取り去られる未来を待望し、やがてそれは現実になります。それを歌った書がイザヤ25章であり、その預言はヨハネ黙示録に継承されます。ヨハネ黙示録の記事の多くはイザヤ25章から来ています。ヨハネ黙示録は、紀元95年前後、ローマ皇帝ドミティアヌスの時代に書かれました。ドミティアヌスは帝国全土に自分の像を祀らせ、神として拝むことを強制し、従わない者は迫害しました。多くのキリスト教徒たちが皇帝礼拝を拒否し、捕らえられ、殺されて行きました。著者ヨハネも不服従の罪でパトモス島に流されています。そのパトモス島でヨハネは幻を見ました。「私はまた、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は去って行き、もはや海もなくなった」(21:1)。流刑の地でヨハネはイザヤ書を読み直しているのです。
・「最初の天と最初の地は消え去った」、「最初の天と地」とは、ローマ皇帝が力で世界を支配し、従わない者を殺し、迫害の中で教会が消え去ろうとしている世界です。しかし、神が創り給うた世界においては、古い世界は「去って行く」。そして新しい世界、「聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、神のもとを離れ、天から下って来た」(21:2)のをヨハネは見ます。エルサレム、神の平安の都は現実の歴史の中では、争いや流血の場となっていました。繰り返し、戦争と破壊の歴史を経験してきました。現在もまた戦禍の中にあります。イエスがお生まれになったベツレヘムはクリスマスになれば、大勢のキリスト教徒たちが巡礼する場所です。それはヨルダン川西岸にあり、今イスラエルとパレスチナの戦争の中で立ち入り禁止区域になっています。今年のベツレヘムでのクリスマス礼拝は中止されました。
・エルサレムも繰り返し戦争の舞台となり、殺し合いの地になってきました。しかしヨハネはその流血の町エルサレムが清められ、天から新しい都が降りて来る様を見ます。ヨハネは天の玉座から語りかける大きな声を聞きました。今日の招詞にヨハネ黙示録21:3-4を選びました。ヨハネは語ります。「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである」(ヨハネ黙示録21:3-4)。
・迫害の中にある信徒たちは、「神は何故助けてくれないのか」、「私たちの神は無力なのか」と疑い始めており、その人々にヨハネは新しい「新しい天と地の幻」を語りました。目に見える現実は、ローマ帝国が力で世を支配し、従わぬ者は殺していく世界です。しかし、ヨハネは「ローマもまた滅びる、古い世界は消え去り、新しいエルサレムが来る」と信じました。ヨハネが見た幻は幻想ではありません。幻はビジョンであり、絶望の中にある人に希望を与えるものです。ヨハネ黙示録は語り続けます「以上すべてを証しする方が、言われる。『然り、私はすぐに来る』。アーメン、主イエスよ、来てください」(ヨハネ黙示録22:20)。ヨハネ黙示録はキリスト再臨のビジョンで閉じられています。キリスト教会を迫害した皇帝ドミティアヌスは手紙が書かれた1年後の紀元96年に暗殺され、迫害は終りました
3.神の国は来た
・しかしその後も迫害は繰り返し起こり、最終的に教会への迫害が終わったのは紀元313年のキリスト教公認以降でした。信徒はそれから200年間も迫害の中で忍耐を余儀なくされたのです。彼らはキリストの再臨を待望しましたが、キリストは来ませんでした。「然り、私はすぐに来る。アーメン、主イエスよ、来てください」という願いはかないませんでした。終末の救いの時は来ず、それから2000年の時が流れました。私たちはこの終末とキリストの再臨をどのように考えるべきなのでしょうか。私自身は、「イエスが来られたことによって終末は既に始まり、キリストは私たちと共におられる」と理解しています。
・「死の谷を過ぎて~クワイ河収容所」という本があります。「死の谷を過ぎて」、第二次大戦下、インドシナ半島を占領した日本軍は、連合軍捕虜と現地人労務者を使って泰緬鉄道を建設します。熱帯の厳しい気候の中で過酷な工事が強いられ、7万人を超える生命が犠牲となり、鉄道は「死の鉄道」と呼ばれます。著者アーネスト・ゴードンはイギリス軍の将校で、日本軍の捕虜となり、鉄道工事に従事しました。その時の経験を彼は書きます「飢餓、疲労、病気、隣人に対する無関心、私たちは家族から捨てられ、友人から捨てられ、自国の政府から捨てられ、そして今、神すら私たちを捨てて離れていった」(122P)、著者はまさに「死の谷」の収容所生活を送ったのです。
・著者は収容所で、マラリヤ、ジフテリヤ、熱帯性潰瘍等の病気に次々に罹り、「死の家」に運び入れられます。死体置き場の横に設置された病舎の粗末な竹のベッドに横たわり、人生を呪いながら命が終わる日を待っていた著者のもとに、キリスト者の友人たちが訪れ、食べずにとっておいた食物を食べさせ、膿を出して腐っている足の包帯を替え、体を拭く奉仕をします。彼らの献身的な看護によって、著者は次第に体力を回復し、彼らを動かしている信仰に触れて、無神論者だった彼が聖書を読み始めます。そこに彼が見出したのは「生きて働いておられる神」でした。彼は書きます「神は私たちを捨てていなかった。ここに愛がある。神は私たちと共におられた・・・私はクワイ河の死の収容所の中に神が生きて、自ら働いて奇跡を起こしつつあるのをこの身に感じていた」(176P)。
・彼は仲間たちと共に奉仕団を結成して病人の介護を行い、竹やぶの中で聖書を共に読み、広場で礼拝を始めます。死にゆく仲間の枕元で聖書を読み、祈り、励まし、死を看取ります。やがて無気力だった収容所の仲間たちから笑い声が聞こえ、祈祷会が開かれ、賛美の歌声が聞こえてくるようになります。彼はその時、思います「エルサレムとは、神の国とは結局、ここの収容所のことではないか」(202P)。彼もヨハネと同じ「新しいエルサレム」の幻を見たのです。彼は最後に書きます「人間にとって良き訪れとは、人がその苦悩を神に背負ってもらえるということである。人間が最も悲惨な、最も残酷な苦痛の体験をしている時、神は私たちと共におられた。神は苦痛を分け持って下さった。神は私たちを外へ導くために死の家の中に入ってこられた」(383P)。信仰による希望(ビジョン)を持ち、他者を迎え入れる時、死の谷の収容所で起きたような奇跡が起こります。
・しかしクワイ河流域にある全ての収容所でゴードンの経験したような命のよみがえりが起こったわけではありません。同じイギリス人の描いた「クワイ河捕虜収容所」(レオ・ローリングス著)の副題は「地獄を見たイギリス兵の記録」です。ゴードンは「神の国とはここの収容所のことではないか」と記述していますが、ローリングスはそこはおぞましい地獄の場所であったと記述しています。二人を分けたものは何でしょうか。他者を無条件で赦し、迎え入れる時、死の谷の収容所で起きたような、奇跡が起こります。それに対して、自分たちは不当に差別されている、日本軍は自分たちを適切に待遇しなかったと恨む時、そこは地獄になっていきます。天国と地獄を分けるのは、私たちいかんではないかと思います。イエスは語られました「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ」(ルカ17:20-21)。神の国はあなたがたの間にあるのです。
・「苦難の中に神がおられた」、黙示録のヨハネのように、イギリス人将校のゴードンのように、希望あるいは幻を持つ時、神の国はそこに来るのです。救いとはそのことを信じることです。聖書の語る救いとは、「現在を神によって生かされ、将来の死は神に委ねることができる」ことです。イエスが来られた、神の国は来た、それを現在に生かすかどうかは私たちに委ねられている。それを再確認するのがクリスマスの時なのです。パウロは語ります「動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです」(第一コリント15:58)。「この不条理の世界で主の業に励む」。「主に結ばれているならば、この苦労は決して無駄にはならない」、「神は私たちと共におられる」と信じることができた時、そこに神の国が生まれるのです。