1.アテネでのパウロの宣教
・今日から使徒言行録を読みます。パウロの伝道はアジアを超え、ヨーロッパに入り、使徒17章のパウロはアテネにいます。アテネはギリシア哲学発祥の地、ソクラテスやプラトンを生んだ知性の町です。同時に、その町は「偶像にあふれた迷信の町でもあった」とルカは報告します(17:16)。町中に、ゼウスやアポロ等の神々の像があふれていました。アテネの町にはユダヤ人共同体もあり、パウロは安息日には会堂(シナゴーク)に行って、ユダヤ人たちに福音を伝え、週日は広場(アゴラ)に行き、ギリシア人たちに語りかけました。パウロの話はギリシア人には「おしゃべり」としか聞こえませんでしたが、人々はパウロの熱心さに圧倒され、話をもっと聞こうとして、パウロをアレオパゴスに導きます。アレオパゴスはアクロポリスの丘にある評議所(裁判所)で、討論の場としても有名でした。
・そのアレオパゴスでパウロは人々を前に、語り始めます。ここでのパウロの説教は「知られざる神々への説教」と呼ばれています。何故なら、アテネには「知られざる神々へ」と名づけられた偶像も祀られていたからです。アテネの人々は多くの偶像を祀っていました。しかし、祀り忘れて祟りを及ぼす神がいると困るから、「知られざる神々」まで祀っていました。知性と理性の支配する場所は、また偶像の支配する場所でもあったのです。アテネには3000を超える神殿や宗教施設があったと言われています。私たちは彼らを無知な人々とあざ笑いますが、実は日本でも状況は同じです。日本でも恨みの内に死んで行った人々の怨霊を鎮めるために、多くの神社が造られています。平将門を祀った神田明神、菅原道真を祀った天満宮、いずれも死者の祟りをなだめるための神社です。日本には8万を越す神社がありますが、多くの人々はどのような神が祀られているかを知らずに拝んでいます。正月になると、8千万人を超える人が神社に初詣に行きます。人出が一番多いのは明治神宮ですが、そこは明治天皇を祀る社です。明治天皇にお参りすることにどのような意味があるかも知らずに、私たちはそこを参拝します。また子どもが生まれるとお宮参りに行き、お祓いを受けます。その神社がどのような神々を祀っているかに私たちは無頓着です。日本人の信仰の形はアテネとそっくりです。私たちも「知られざる神々」を拝んでいるのです。
・パウロは、「あなた方は誰を拝むかを知らずに拝んでいる。あなた方が拝んでいる神がどなたなのかを知らせましょう」と語り始めます(17:23)。パウロは「天地万物が神によって創造された、その創造の神は人間が造った神殿などには住まわれない、神が人を造られた故に人は本能的に神を求める、しかし暗闇の中で神を捜しても神は探しえない」と説いていきました。人々は、パウロの話しを熱心に聴いています。彼らも共感する部分が多かったからです。パウロは最後に語ります「神は人が悔い改めて帰ってくることを望んでおられる。そのために、イエスを地上に遣わされ、彼を死からよみがえらせられた。この事を通して、人が神に立ち返る道が開かれた」(17:30-31)。パウロの話を熱心に聞いていた人たちは、話がイエスの十字架と復活になると、ある者はあざ笑い、別の者は「その話はいずれまた聞かせてもらおう」と言いました(17:32)。「十字架につけられたイエスが神の子であった」、「そのイエスは死からよみがえった」、と語るパウロの宣教は、知性を誇るギリシア人には愚かな言葉と響き、彼らはそれ以上、話を聞こうとはしませんでした。パウロの宣教はアテネの人々には受け容れられず、失意のうちにその場所を去ります。
2.人は何故偶像を求めるのか
・アテネは「人の数より偶像の数が多い」といわれたほど、偶像に満ちていました。日本でも八百万と呼ばれるほど、多くの神々が祀られています。それは、人間は自分の欲する存在を神とするからです。受験競争が激しくなると学問の神様が生まれ、交通事故が多くなると交通安全の神が、商人には商売繁盛の神、子を亡くした人には水子地蔵が用意されています。縁結びの神、安産の神もいます。秀吉や家康のような成功者も日本では神となります。自分もあやかりたいからです。日本では乃木将軍や東郷元帥のような軍人も神になります。人は自分たちの願いを託して神を造り、また祟りを恐れて「知られざる神々の像」まで作り、拝みます。
・現代人は「無信仰」を標榜し、形式的には偶像からは離れましたが、不条理に対する不安からは離れることが出来ません。だから、正月にはお宮参りをし、家を建てる時には地鎮祭を行い、悪いことが続くと厄払いをしてもらいます。それは迷信と言うよりも、自分を超えたものへの怖れの感情です。古代最高の知性が集まったアテネの町が偶像礼拝の町であったように、科学技術の進んだ現代日本もまた偶像礼拝の国です。自分を超えた、人間にはどうしようも無い世界があることを、人は本能的に知っており、怖れています。偶像崇拝は人間の不安の象徴です。
・日本人は無宗教といわれますが、無信仰なのではありません。読売新聞の宗教意識調査(2008年)では「宗教を信じていない」と回答した比率は71.9%ですが、その同じ人々が「盆や彼岸に墓参り」し(78.3%)、「正月に初詣」に行き(73.1%)、家の仏壇や神棚に手を合わせます(56.7%)。死んだ人の魂はどうなるかという問いに、50%以上の人が「別な世界に行く」、「生まれ変わる」と答えています。また最近のNHK「宗教に対する意識調査」(2018年)では、「悪いことをすれば必ず報いがある」と考える人が62%、「自分の力ではどうすることもできない運命がある」に対して53%の人がそう思うと答えています。宗教学者の山折哲雄は語ります「(日本人は)表層的には無神論的心情であるが、深層においては無情感覚(不条理感覚)を抱いているのではないか」(山折哲雄『近代日本人の宗教意識』)。この世界は不条理であることを知るゆえに、多くの人はその不条理を克服する「真実の神」を求めています。そのような人々に教会は何を提示することが出来るのでしょうか。
3.十字架と復活を述べ続ける
・今日の招詞に第一コリント1:23-24を選びました。次のような言葉です。「私たちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです」。パウロのアテネ宣教は失敗でした。パウロがイエスの十字架と復活を語り始めると、「ある者はあざ笑い、ある者は、それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう」(使徒17:32)と言い、離れていきました。パウロはその後、コリントに行きますが、その時の心境を次のように語っています「そちら(コリント)に行った時、私は衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした」(第一コリント2:3)。アテネでの失敗にパウロは打ちのめされていたのです。しかしコリントでは、先に来ていたアキラとプリスキラたちの協力もあり、信じる者たちが与えられました。だからパウロは語ります「十字架の福音はユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです」と。
・「十字架と復活の言葉」は、どの時代、どの国においても嘲笑と拒否を招きます。それにもかかわらず、教会はこの福音を語り続けます。パウロのアテネでの宣教は失敗に終わったように見えますが、そこでも「アレオパゴスの議員ディオニシオや、ダマリスという婦人をはじめ、パウロに従い信仰に自らを開いた者たちもいた」(17:34)とあります。パウロの言葉に少数の人にであれ、伝わったのです。これは私たちに勇気を与えます。「この町には私の民が大勢いる」(使徒18:10)、この日本にも主の民が大勢いて救いの言葉を待ち望んでいます。いかに、その方々に神の言葉を伝えていくか、真理を通してです。真理には客観的真理と実存的真理があります。客観的真理とは、科学的・実証的真理です。地球は丸い、人間は死ぬ、これらは誰にも異論のない、客観的真理です。それに対して、実存的真理とは、例えば「神が私たちを創造された」、「神が私たちを生かしておられる」、等の主観的な真理です。それは証明できません。信じるか、信じないかの事柄です。しかし信じた時、それは真理となり、人を生かします。そのような真理があることを教会は語り続けます。
・この実存的真理をあざ笑い、「いずれまた聞かせてもらおう」と言う時、そこからは何も生まれません。生まれないどころか、偶像の神々にすがって生きる生き方しか出来ません。それは非日常を怖れて暮らす日々です。ルカ14章15-24節「盛大な宴会の喩え」では、主人が宴席(神の国の食事)に招待しようとしても、人々は多忙を理由に断ります。聖書学者の大貫隆はそれについて「日常的・連続的時間、つまりクロノスの根強さがここにある。仕事に追われて宴会どころではない。神の国、そんな話を聞いている暇はさらにない。イエスの『今(カイロス)』が生活者の『クロノス』と衝突し、拒絶される」と解説します(大貫隆『イエスという経験』)。しかし、「今に忙殺され、将来を考えようとしない」現代人も、人間存在の根底問題、「死」に直面した時は平気ではいられません。1985年8月12日、日航機が群馬県上野村御巣鷹山中に墜落し、520名の方々が亡くなりましたが、30年後の今も遺族は慰霊登山を続けます。彼らにとって事故は終わっていません。また8月15日には今なお多くの戦没者遺族が靖国神社に詣でます。終戦から70年以上が経っても彼らの戦後は終わっていません。「“カイロス”が生活者の“クロノス”と衝突し、拒絶される」現実が、親しい者の死を通して、「“カイロス”(真実の時)の意味を尋ね続ける」時に変わる出来事が、この日本でも起きています。
・この非日常、人間の支配の及ばない所、その代表が死です。現代では、「健康」や「富」が偶像になっていますが、そのようなものは「死を前」にしたときには何の意味も持ちません。ではパウロの話を聞いた人々は「それについてはいずれまた聞こう」といってパウロから離れて行きましたが、「いずれまた」の日は来ません。今日、話を聞いて受け容れるか、あるいは拒絶するかのどちらかです。復活を信じる、信じないは自由です。愚かな話と否認しても良い。しかし、否認しても、そこからは何も生まれない。しかし、復活の意味を求め始め、死とは何か、人は死からどのようにすれば解放されるのかを考え始めた時、そこに何かが生まれます。E.シュヴァイツァーは語ります「私たちが復活に然りと言うか、否と言うかは信仰の決断である」(「イエス、神の譬え」)。イエスは復活された。それは私たちが怖れる非日常や不条理を打破する出来事です。イエスを通して、私たちは非日常の恐怖から解放されます。災いや不幸が来てもそれを受け容れることが出来るようになります。「知性を誇るアテネは偶像の町でもあった。知性と恐怖は共存する。人の知恵では人生は乗り切れない」、このことを素直に認め、神の前に悔い改めよと招かれているのです。