江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2021年2月28日説教(マタイ福音書21:1-11、驢馬に乗って入城される主)

投稿日:2021年2月27日 更新日:

 

1.イエスのエルサレム入城

 

・マタイ福音書を読み続けています。イエスは紀元30年の「過越祭」の時に、エルサレムに驢馬に乗って入城されました。過越祭はユダヤ全土から人がエルサレムに集う祝祭の時です。群集は手に棕櫚の葉を持って、イエスを歓迎したと伝えられています。そのためこの日は「棕櫚の主日」と呼ばれています。イエスを歓迎した人々は、やがてイエスに失望し、指導者たちに煽動されて「十字架につけろ」と叫び出します。イエスは、日曜日にエルサレムに入城され、木曜日に捕らえられ、金曜日に十字架につけられます。このエルサレム入城から、福音書の受難物語が始まります。

・エルサレムを目指して、旅を続けて来たイエス一行は、エルサレム郊外のオリーブ山のふもとまで進んで来られました。近くにベタニア村が見えます(マルコ11:1、マタイではベトファゲ)。イエスは二人の弟子に、「向こうの村へ行って驢馬を借りて来なさい」と言われました。ベタニア村には、イエスと親しかったマリアとマルタたちが住んでいますから、イエスの為に驢馬を用立ててくれるに違いありません。イエスは弟子たちを村に遣わされました「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、驢馬がつないであり、一緒に子驢馬のいるのが見つかる。それをほどいて、私のところに引いて来なさい。もし、だれかが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる」(21:2-3)と。

・イエスはエルサレム入城の時に、驢馬の背に乗られました。マタイはそれが聖書の預言の成就であったとして、ゼカリア書を引用しています。「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、柔和な方で、驢馬に乗り、荷を負う驢馬の子、子驢馬に乗って』」(21:5)。イエスはあえて驢馬に乗って、エルサレムに入られました。それは、イエスが、ゼカリア書に象徴される「柔和の王」である事を人々に示されるためでした。「私はメシアであり、あなたがたを救う為に、都に来た。しかし、あなたがたが期待するように軍馬に乗ってではなく、驢馬の子に乗って、あなたがたのところに来た」という、イエスのお気持ちが、驢馬に乗るという行為に示されています。

・エルサレムでは、高名な預言者が来るとして、人々が集まって来ました。不思議な力で病を治し、悪霊を追い出されるイエスの評判は都まで伝わっていました。もしかしたら、この人がメシアかも知れない、都の人々は期待を持ってイエスを歓迎しました。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ」(21:9)。「ホサナ」、「私たちを救って下さい」、「あなたがメシアであれば、このイスラエルから占領者ローマを追い出し、再びダビデ王国の栄光を取り戻して下さい」と群衆は期待して叫びました。その声の中を、イエスは無言で、驢馬の背に揺られて進んで行かれます。

 

2.驢馬の子に乗って入城された主

 

・当時ユダヤを支配していたローマ総督は、重要な祭日には、滞在するカイザリアから、戦車や軍馬を連ねて、エルサレムに入城しました。エルサレムにはローマ兵が常駐するアントニア要塞があり、警備軍を増強し、治安維持を強化するためでした。過越祭においては、全国から多くの巡礼者が集まってエルサレムの人口は十倍以上になり、国民的な宗教感情が高まり、征服者ローマに対する敵意が暴動となりかねなかったからです。ローマ軍はカイザリアから、すなわち西から、戦車や軍馬を連ねて、エルサレムに入りました。それに対して、イエスは、オリーブ山から、すなわち東から、数人の弟子たちを従えて、「驢馬に乗って」入城されます。

・イエスのエルサレム入城は「軍事力や権力」の誇示ではなく、「謙遜と非暴力」の表現です。イエスは行為を通して人々に語られます「馬は人を支配し、従わせるための乗り物だ。しかし、私は支配するためではなく、仕えるために来た。あなたがたに本当に必要なものは戦いで勝利を勝ち取ることではなく、和解だ。人間同士、国同士の和解に先立って、まず神との和解が必要だ。しかし、あなたがたの罪がその和解を妨げている。だから私はあなた方の罪を背負うために来た」と。

・驢馬は風采の上がらない動物で、戦いの役に立ちません。しかし、柔和で忍耐強く、人間の荷を黙って背負います。しかし、人々が求めていたのは、「栄光に輝くメシア」、軍馬に乗り、大勢の軍勢を従え、敵から解放し、幸いをもたらしてくれる「強いメシア」です。驢馬に乗る「柔和なメシア」ではありません。人々は、イエスが自分たちの求めていたメシアではないことがわかると、一転して「イエスを十字架につけろ」と叫び始め、それが金曜日の受難へと続きます。「柔和の王」を拒否したエルサレムの人々は、やがてローマに対して武力闘争を始め(紀元66年に始まるユダヤ戦争)、その結果、エルサレムはローマ軍に占領され、焼かれ、神殿も崩壊します。「剣を取る者は剣で滅びる」のです(マタイ26:58)。

・イエスは「解放者としてのメシアを求める」人々の期待を知っておられました。その期待に応えるには馬に乗って、威風堂々と入城すべきでしょう。ローマの将軍は4頭立ての戦車に乗って都に入りました。イエスがメシア=王であられるならば、その方がふさわしい。しかし、イエスは馬ではなく、驢馬に乗って、エルサレムに入られました。驢馬は愚鈍と卑しめられ、戦いの役に立たない、王にふさわしくない、しかし、イエスはあえて、驢馬を選んで、エルサレムに入られました。

 

3.この方に従っていく

 

・イエスが「馬ではなく、驢馬に乗って」エルサレムに入城されたことは、深い意味を持っています。軍馬に頼る平和はないことを示すためです。今日の招詞にイザヤ2:4を選びました。「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」(ミカ4:3も同様)。人類は有史以来、戦争を繰り返してきました。それは人間の中にある根源的な罪のためであり、その罪を贖い、殺し合いを止めさせ、真の平和を打ち立てるのは人間には不可能です。だからイザヤは「神の平和を待ち望む」と語ります。このイザヤ書2章4節はニューヨークの国連ビルの土台石に刻み込まれています。二度の世界大戦を通して、世界は苦しみ、血を流しました。「もう、戦争は止めよう、武器を捨てよう。剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌としよう」と言う理想を掲げて、国連は設立されました。しかし、戦後世界でも戦火は続いています。

・イザヤが生きた紀元前700年ごろ、中東ではアッシリアが世界帝国の道を歩み、シリアが占領され、北イスラエルは滅ぼされ、圧倒的な軍馬がユダ王国に迫りました。人々はアッシリアに対抗するためにエジプトの援助を求めますが、イザヤは反対します。エジプトもアッシリアも神の支配下にある人間に過ぎないのに、何故「鼻で息をしているだけの者に頼るのか」(イザヤ2:22)と。ユダ王国はアッシリア軍によって国土の大半を焼かれ、占領され、かろうじてエルサレムだけが残されました。イザヤの平和預言は戦争に負け、国土が焼け野原になった状況の中で歌われています。

・その状況は1945年の日本に酷似しています。日本は戦争に負け、国土は焼け野原になりました。もう兵器はいらない。砲弾や武器を作るために兵器工場に集められた鉄が鋳られ、釜や鍬が作られました。そして新しい憲法が発布されます。新憲法は9条1項において「戦争の放棄」を宣言し、9条2項で「いかなる軍隊も武力も保持しない」と宣言します。世界で初めての平和憲法です。発案したのはアメリカ占領軍(GHQ)のキリスト者たちでしたが、戦争の悲惨を見た日本人ももろ手を挙げて賛成しました。イザヤが夢見た「戦争の放棄」という出来事が現代日本で起こったのです。

・ユダの国はアッシリアが強くなるとアッシリアになびき、エジプトが強くなるとエジプトになびきました。その結果、国は滅びました。イザヤの信仰は単なる理想ではなく、世界情勢の現実認識の上に立てられたものでした。だから彼は言います「主により頼んで武器を捨てよう」と。このイザヤの心を具体化されたのがイエスです。イエスは言われました「柔和な人々は幸いである。その人たちは地を受け継ぐ」(マタイ5:5)。「柔和な人々」とは、腕力や政治権力、経済力や軍事力を使って無理やり人に言うことを聞かせようとしない人のことです。今の世界には、ものを言うのは「力」だという信仰が根強くあります。「やられたらやり返す」、多くの「現実主義者」は、この世界では「軍馬の思想」のみが有効な行き方だといいます。日本も平和憲法を持ちながらアメリカと軍事同盟を結び、アメリカの核の傘の下に自国の安全を委ねています。しかし、歴史上、軍馬で平和が達成されたことはありません。軍馬の思想を極限まで推し進めた強国アッシリアはバビロンに滅ぼされ、バビロンもペルシャに、ペルシャもギリシャに、ギリシャもローマに滅ぼされます。柔和なイエスがこの世界史の中に誕生されたということは、新しい世界が始まったということです。キリスト者はこの視点に立って国の安全保障を考える必要があります。

・イエスは驢馬に乗って、エルサレムに入城されました。驢馬は柔和で忍耐強く、人間の荷を黙って負います。イエスも私たちの重荷を黙って負ってくれました。人は言うでしょう「イエスは驢馬に乗って入城したために、殺されたではないか」。私たちは反論します「柔和の王を拒否して、ローマに武力抵抗したエルサレムは滅ぼされたではないか。軍馬に頼る生き方は滅亡の道だ」。聖書はイエスの十字架死を敗北とは考えていません。ペテロは言います「(この方は)罵られても罵り返さず、苦しめられても人を脅さず、正しくお裁きになる方にお任せになりました。そして、十字架にかかって、自らその身に私たちの罪を担ってくださいました・・・そのお受けになった傷によって、あなたがたは癒されました」(1ペテロ2:23-24)。

・イエスが驢馬を調達されたベタニアとは、「神により頼む、貧しい者の家」と言う意味です。この村でラザロは死からよみがえり(ヨハネ11:44)、マリアはイエスにナルドの香油を奉げ(マタイ25:12)、イエスはこの村から昇天されました(ルカ24:50)。私たちはこの教会をベタニア村のような共同体にしたいと願います。驢馬のように、忍耐強く、愚痴を言わずに、黙々と他者の荷を負っていく。そのような共同体です。マタイが用いる「柔和」とはギリシャ語「プラウース」、単なる謙遜やおとなしさではなく、「抑圧にめげない」姿勢を示します。「右のほほを打たれたら左のほほを出す。しかし決して下は向かない」、「罵られても罵り返さない。しかし決して屈しない」という強さを持った言葉です。どのような中にあっても抑圧に負けず、雄々しく生きる生き方こそ「柔和な」、私たちの目指すべき生き方です。

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