江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2020年11月29日説教(マタイ6:5-13、主の祈りを生きる)

投稿日:2020年11月28日 更新日:

1.祈りの前半~神を称える三つの祈り

 

・今週からクリスマスにかけてマタイ福音書を読んでいきます。今日与えられたテキストはマタイ6章、「主の祈り」の箇所です。主の祈りは教派を超えて祈られます。キリスト教会はカトリックとプロテスタントに分かれており、プロテスタントではさらに細かく教派が分かれています。信仰の形の違いが多くの教派を生みましたが、その中で教派を超えて、この「主の祈り」が共に祈られています。ここに信仰の中核が凝縮されているからです。

・主の祈りは前半に神への三つの祈りがあり、後半に私たちの願いの祈りが配置されています。私たちが通常祈る場合は、自分の必要性を最初に祈ります。「どうか私の病をいやしてください」、「どうか家族が安泰でありますように」と祈ります。私たちは様々な心労や困窮を抱え、「何とかしてください」と神に訴えます。しかし、イエスは最初に神の聖名を崇め、御国の到来を祈るように示されています。何故なら、「あなた方の父は願う前から、あなた方に必要なものはご存じなのだ」(6:8)からです。前半の三つは「天におられる父」への呼びかけです。この父にはアラム語「アッバ」という言葉が残されています。神の名がアッバ=お父さんという親しさで呼ばれています。ユダヤ教の理解では、神は「天にいます超越者」です。しかしイエスは「あなたがたは神の子とされたのだから、神を“お父さん”と呼んでも良いのだ」と教えられます。

・前半には「あなたの御名が崇められますように」、「あなたの御国が来ますように」、「あなたの御心が行われますように」、と祈られています。最初の祈りは「御名が崇められますように」、原文では「御名が聖とされますように」です。パウロは「あなたたちのせいで、神の名は異邦人の中で汚されている」(ローマ2:24)と語りました。私たちは自分の罪を神の前に悔い改める、それが「御名が聖とされますように」との祈りです。二番目の祈りは「あなたの御国が来ますように」です。イエスは「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)とその宣教の業を始められました。「神の国が地上の現実になるように」、イエスは働かれた。しかし道半ばでイエスは十字架にかかり殺されました。しかし復活され、私たちに「後に従うように」招かれています。イエスの到来によって神の国は来ました。しかし世はこれを認めず、この世界は今だなお、「罪の支配下」にあります。この罪の世に生きる「私たちを御国の完成にために用いてください」と祈ります。そして私たちは、「あなたの御心を訪ね、御心がこの地上で行われますように」生きていきますと祈るのです。

 

2.祈りの後半~生活者を励ます三つの祈り

 

・後半の三つの祈りは「私たちに必要なものを与えて下さい」という生活者の祈りです。「私たちに必要な糧を今日与えてください」、「私たちの負い目を赦して下さい」、「私たちを誘惑に会わせないで下さい」の三つの祈りです。最初に「私たちに必要な糧を今日与えてください」と祈るようにイエスは教えられました。イエスのもとに集まってきた人たちは貧しい農民たち、土地を失くした日雇い労務者、卑しいとされる職業に従事するような人々でした。その人々をイエスは祝福して言われました「貧しい人たちは幸いだ」(5:3)、貧しくて明日のパンがあるかどうかわからない、貧困が飢餓と紙一重であるような人々に、イエスは「必要な糧を今日与えてくださいと祈りなさい。そうすれば父なる神はパンを与えて下さる」と約束して下さったのです。初代教会の中心的な儀礼は聖餐式でした。それは今日のような象徴的なものではなく、みながパンとぶどう酒と食べ物を持ち寄り、共に食べ、共に飲み、余ったものは困窮の人びとに配る会食の時でした。食べることがいかに喜びに満ちているのか、主の祈りは「食べるものがない、明日はどうしようか」という極限状況の中で、それでも「分かち合って食べる」喜びの中で、祈られているのです。

・二番目の祈りは、「私たちの負い目をお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦しました」です。この負い目とは「神に対する負い目」、つまり「私たちの罪」を指します。私たちは過ちを犯し続ける存在であり、神の赦しなしには生きることが出来ません。加藤常昭牧師が紹介されたドイツの祈りがあります「主よ。私どもにどうしてもなくてはならないものが二つあります。それをあなたの憐れみによって与えてください。日毎のパンと罪の赦しを」(加藤常昭説教全集から)。日毎のパンは切実な私たちの肉の糧です。そして神の赦しは私たちに欠かせない霊の糧です。日毎の糧と並んで大事な霊の糧こそが、神の赦しなのです。南北戦争時アブラハム・リンカーンは祈りました「北部、南部、両者とも同じ聖書を読み、同じ神に祈り、相手を倒すために神に助けを願っている。両者の祈りが共に聞き届けられることはあり得ない。全能なる神は自らの目的を持ち給う。奴隷の250年に及ぶ報いなき苦役によって積まれた富がすべて費やされ、また笞によって流された奴隷の血の一滴一滴に対して、剣によって流される血の贖いがなされるまでこの戦いが続くことがもし神の御意志であるならば、私たちは今もなお『主の裁きは真実であってすべて正しい』と言わなくてはなるまい」(鈴木有郷・リンカーンの祈りから)。敵を呪いながら自分の祝福を求めることはできない、まず赦すことが赦されるための条件であることを忘れてはならないのです。

・三番目の祈りは「私たちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください」です。悪い者、サタンを指します。人間は弱く、サタンの誘惑に逆らうことができない存在です。その弱さは性的問題において如実に現れます。私たちは肉欲を初めとするサタンの誘惑に勝つことが出来ません。ヤコブが記す通りです「むしろ、人はそれぞれ、自分自身の欲望に引かれ、唆されて、誘惑に陥るのです。そして、欲望ははらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます」(ヤコブ1:14-15)。だから「自分の力だけでは誘惑に勝つことができません。ですから誘惑に会わせず、悪しき者からお救い下さい」と祈らざるを得ないのです。その時、イエスの赦しの言葉が響いてきます「私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(9:13)。私たちは祈りを通して、神の赦しをいただくのです。

 

3.主の祈りを生きる

 

・今日の招詞にマタイ26:39を選びました。次のような言葉です「少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた『父よ、できることなら、この杯を私から過ぎ去らせてください。しかし、私の願いどおりではなく、御心のままに』」。ゲッセマネでイエスが死を前にして祈られた祈りです。マタイは、イエスのゲッセマネの祈りを、「主の祈り」の中に取り入れて伝えたと言われています。「御心が行われますように」、これこそ主の祈りの中心だとマタイは考えたのです。

・アッシジのフランシスは、13世紀イタリアの修道士で、イタリアが戦乱で明け暮れる中、路頭に迷う民衆のために生涯を捧げ、聖人とされた人です。彼は次のような祈りを残しています「神よ、私をあなたの平和の道具としてお使いください。憎しみのあるところに愛を、いさかいのあるところに赦しを、分裂のあるところに一致を、疑惑のあるところに信仰を、誤っているところに真理を、絶望のあるところに希望を、闇に光を、悲しみのあるところに喜びをもたらす者としてください。慰められるよりは慰めることを、理解されるよりは理解することを、愛されるよりは愛することを、私が求めますように。私たちは、与えるから受け、赦すから赦され、自分を捨てて死に、永遠の命をいただくのですから」。彼は裕福な商人の息子でしたが、戦乱によって人々が殺され、病者は捨てられ、飢餓で死ぬ人を目の前に見て回心し、托鉢修道士となりました。「主の祈り」の背景にある現実の悲惨に気づいた時、彼の人生は変えられたのです。

・このフランシスの祈りが一人の女性の生涯を変えました。マザーテレサです。本名アグネス・ゴンジャ・ホヤジュは、1910年オスマン帝国コソボ州で生まれました。1914年第一次世界大戦が勃発しオスマン帝国は崩壊し、それぞれの民族が独立をめぐって激しく争います。マザーの父ニコラはアルバニア独立運動に身を投じ、1919年マザー9歳の時に殺されます。人間の憎しみが愛する父を奪った、それは幼いマザーの心に深い傷を残しました。マザーは救いを求めて教会に通い続け、フランシスの生涯を描いた本に出合います。マザーの心を捕らえたのはフランシスの祈りです「主よ、私を平和の器とならせてください。憎しみがあるところに愛を、争いがあるところに赦しを」。争い、憎しみ合う人々の姿に絶望していたマザーに、この祈りは一つの道を示しました。

・マザーはフランシスのように生きたいと願い、修道女になってインドに行くことを決意します。1928年18歳の時、インドに降り立ったマザーが見たのは、文字通りの貧困の世界でした。マザーはインド北部コルカタ(カルカッタ)の修道院に配属され、女学校で教師を務めることになりました。マザーは教育を通して人びとへの奉仕に打ち込みますが、インドに来て18年目、1946年にコルカタ大暴動が起こります。ヒンドゥー教徒とイスラム教徒との対立が激化し、マザーは驚くべき光景を目にしました「通りに転がっている沢山の死体。ある者は突き刺され、ある者は殴り殺され、乾いた血の海の中に考えられないような姿勢で横たわっていた」。今自分に何ができるのか。マザーは修道女となった時の志を自らに問い直します「主よ、私を平和の道具としてください」。1948年マザーに修道院を出て活動することを始めます。マザーも「主の祈り」の背景にある悲惨に気づいた時、人生は変えられたのです。

・私たちは、主の祈りが「私の祈り」ではなく、「私たちの祈り」であることを知っています。戦乱を逃れて難民になった人々が日本に逃れてきても、私たちの国は一切受け入れない現実があります。コロナ禍で職を失い、路頭に迷う人がいます。十分に食べられない子供たちや学費が払えなくて退学を検討している学生たちもいます。引きこもりで苦しんでいる人も100万人いるそうです。その中で、主の祈りを生きることを神は私たちに求められているのです。主の祈りがアッシジのフランシスを生み、マザーテレサを生んで行きました。私たちは何が出来るのでしょうか。私たちもまた、イエスがされたように、「神の御心」を求めて祈り、「私をあなたの平和の道具としてお使いください。与えるから受け、赦すから赦される生を生きさせてください」と決意するのです。

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