江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2020年6月14日説教(第一テサロニケ2:1-13、人の言葉が神の言葉になる時)

投稿日:2020年6月13日 更新日:

1.無牧教会へのパウロの手紙

 

・6月はテサロニケ書を読んでおります。今日が二回目です。手紙の宛先のテサロニケはマケドニア州の州都であり、陸海の交通の要所として栄えた大都市でした。パウロと同行者シラス、テモテはヨーロッパ伝道の最初にマケドニアのフィリピに渡り、そこに教会を立てますが、激しい反対運動を受け、フィリピを逃れ、テサロニケに行きます。テサロニケにはユダヤ教の会堂があり、一行はその会堂を拠点として、福音の宣教活動を行います。「イエス・キリストこそ聖書に約束された救い主である」とパウロは説きましたが、ユダヤ人たちはパウロの言葉を受け入れません。しかし、会堂に集っていた「神を崇めるギリシア人や婦人たちは信じて従い」(使徒17:4)、ユダヤ教会から分離する形でキリスト教会が生まれていきます。

・それは土地のユダヤ人に大きな反発をもたらし、ユダヤ人たちは市当局者のところに行ってパウロたちを告発します「皇帝の勅令に反対する者たちがこの町に来ています」(使徒17:7)。ローマ帝国に対する反逆者としてパウロたちが告発され、この騒動のため身に危険が迫り、パウロたちはテサロニケを追われます。パウロはその後、コリントに行き、そこで伝道を始めますが、テサロニケに残してきた信徒たちのことが気がかりでなりません。生まれたばかりの教会が、牧会者のいない状況の中に放置されることになったのです。信徒たちはバプテスマを受けて間もない信仰者たちであり、周囲の人々の無理解と迫害の中にあり、自分たちだけで礼拝を守っていくことが出来るのか、福音の種が消えてしまうのではないか、パウロは心配して、弟子テモテをテサロニケに派遣します。

・そのテモテがコリントへ戻り、「テサロニケの人々はパウロたちがいなくなった後も信仰に固く立っている」と報告し、そのことを聞いた喜びと感謝が、パウロにこの手紙を書かせました。パウロは書きます「兄弟たち、あなたがた自身が知っているように、私たちがそちらへ行ったことは無駄ではありませんでした。無駄ではなかったどころか、知っての通り、私たちは以前フィリピで苦しめられ、辱められたけれども、私たちの神に勇気づけられ、激しい苦闘の中であなたがたに神の福音を語ったのでした」(2:1-2)。

 

2.人の言葉が神の言葉になった

 

・伝道活動にはいつも誤解と中傷が伴います。世の多くの人は、伝道活動を教勢拡大運動とみなすからです。パウロに対しても、不純な動機で伝道を行っているとの批判がありました。その人々にパウロは反論します「私たちの宣教は、迷いや不純な動機に基づくものでも、また、ごまかしによるものでもありません。私たちは神に認められ、福音を委ねられているからこそ、このように語っています。人に喜ばれるためではなく、私たちの心を吟味される神に喜んでいただくためです」(2:3-4)。伝道活動が教勢拡大運動になる時、そこには人々に対する迎合が入ります。人々の聞きたいことを語り、彼らの関心を得ようとします。しかし、パウロはこのようなことは一切しなかったと語ります「私たちは、相手にへつらったり、口実を設けてかすめ取ったりはしませんでした。そのことについては、神が証しして下さいます。あなたがたからも他の人たちからも、人間の誉れを求めませんでした」(2:5-6)。

・パウロはテサロニケ教会の人びとに書き送ります「私たちは、キリストの使徒として権威を主張することができたのです。しかし、あなたがたの間で幼子のようになりました。ちょうど母親がその子供を大事に育てるように、私たちはあなたがたをいとおしく思っていたので、神の福音を伝えるばかりでなく、自分の命さえ喜んで与えたいと願ったほどです。あなたがたは私たちにとって愛する者となったからです」(2:7-8)。パウロは昼間、天幕づくりをして収入を得て、夜に人々に福音を語ったようです(2:9)。彼は自給伝道に徹し、教会から報酬を受けようとはしませんでした。いらざる誤解を避けるためでした。そのパウロの生き方を見て、教会の人々はパウロの語る言葉を神の言葉として受け入れました。パウロは語ります「私たちは絶えず神に感謝しています。なぜなら、私たちから神の言葉を聞いたとき、あなたがたは、それを人の言葉としてではなく、神の言葉として受け入れたからです。事実、それは神の言葉であり、また、信じているあなたがたの中に現に働いているものです」(2:13)。

・パウロのこのたくましさはどこから来るのでしょうか。何故テサロニケに三か月しか滞在していないのに、そこに教会を作ることが出来たのでしょうか。パウロはかつて教会の迫害者であり、攻撃的で、情け容赦もなく、徹底的にキリスト教徒を迫害しました。彼は神と格闘したのです。そのパウロに、復活のキリストが啓示され、彼の人生は一変しました。しかし彼の持って生まれた性質は変わらず、その攻撃力は神の御手の中の福音伝播のための強力な武器になりました。クリスチャンの精神科医師ポール・トゥルニエは著書「人生の四季―発展と成熟」の中で語ります。「古来、大きな役割を果たした信仰者たちは、自分が疑いと信仰との間を行ったり来たりして、重苦しい心の戦いで裂かれているということを告白している。アブラハム、ヤコブ、モーセ、エレミヤ、ペテロ、パウロ・・・彼らはみな激動の生涯を送った。彼らは天に向かって反抗し、あまりにも要求の多すぎる神にもうこれ以上自分を適応させることはできないと拒否し、神と格闘し、のちに神と和解した。神は自分に反抗する人々を愛したもう。これらの人物は、神との格闘を通してこそ成熟しえた・・・彼らはみな、自己弁護の力があり、簡単には「まいった」といわない人ばかりだ。こういう強情な人々が屈服したのだから、彼らの従順さには、従うことを意志するという、勇気の刻印を帯びている。彼らは今や豊かな人間的成熟に到達した。そして後世のために新しい季節を開いた」。

・パウロは神と格闘し、打ち負かされました。彼は叫びます「わが神、わが神、どうして、私をお見捨てになったのか」。その彼に和解の手が差し伸べられ、パウロの人生は一変しました。前から持っていた彼の激しさが、「神のための激しさ」として用いられて行き、テサロニケに教会が生まれました。パウロはその教会を「自分の命さえ喜んで与えたいと願った」。この強さ、激しさがテサロニケ教会を造り、この愛の心がテサロニケ教会を支えたのです。

 

3.神の言葉の働き

 

・今日の招詞にイザヤ40:8を選びました。次のような言葉です「草は枯れ、花はしぼむが、私たちの神の言葉はとこしえに立つ」。テサロニケの教会でパウロたちが伝道したのは数カ月でした。数カ月の伝道でそこに教会が生まれ、しかも伝道者パウロたちがいなくなった後も、教会として立ち続けることが出来ました。それはパウロの語った言葉が、「神の言葉」として聞かれることを通して、無牧に取り残されたテサロニケ教会の人びとの信仰を支え、成長させたのです。パウロは語ります「この神の言葉は信じているあなたがたの中に現に働いているものです」(2:13b)。人の言葉が神の言葉になる、それは決して当たり前のことではありません。恐るべき奇跡です。しかし教会ではそれが起こりえます。それが聖霊の働きです。パウロは先に語りました「私たちの福音があなたがたに伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と、聖霊と、強い確信とによったからです」(1:5)。神の力が伝道者に働いて言葉となり、会衆が聖霊に満たされて言葉を受け入れた時、人の言葉が神の言葉になり、それは教会を立ち上げ、保つ力になります。

・パウロの語った言葉はフィリピでもテサロニケでも大きな反発を生み、騒乱が起き、行く先々で土地のユダヤ人たちから猛反発を受け、パウロは常に追放されて行きます。それでもパウロは語ることをやめません。「神が語れ」と言われるからです。パウロの語ったことは、二つの柱がありました。一つは「メシアは必ず苦しみを受け、死者の中から復活する」(使徒17:3)というものです。当時のユダヤ人の信じていたメシアは「力をもって世界を征服し、ユダヤ人を奴隷の地位から解放してくれる栄光のメシア」でした。十字架につけられて死ぬような悲哀のメシアではない。さらに「イエスが十字架の死から復活した」というパウロの主張は、復活を信じないユダヤ人には愚かな世迷事でした。さらに「イエスの十字架での贖いによって、私たちの罪は赦された。もはや私たちは律法の呪いから解放され、割礼を受ける必要はない」(ローマ3:28)とのパウロの主張は、律法と割礼を神の戒めとして大事に守ってきたユダヤ人には「神を冒涜する」言葉でした。

・パウロの伝道活動は激しい苦闘の中で行われました(2:2)。パウロは語ります「人に喜んでもらうためではなく、神に喜んでいただくために、委ねられた言葉を語った」(2:4)。パウロは人の評価や人気を考えて語ったのではなく、「神が語れ」と命じることを語りました。その時、信じない人からは大きな反発を受けますが、信じる人々にはその言葉が「神の言葉」として、受け入れられていきます。伝道者の語る言葉が神の言葉として受け入れられる時、そこに教会が生まれていきます。そして根を下ろした神の言葉は、世や人々が移り変わろうとも、そこに厳然としてあり、「とこしえに立つ」のです。たとえその教会が無牧師になったとしても、福音が出来事となった教会は動揺しない。

・パウロは3章で次のように語ります「兄弟たち、私たちは、あらゆる困難と苦難に直面しながらも、あなたがたの信仰によって励まされました。あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、今、私たちは生きていると言えるからです。私たちは、神の御前で、あなたがたのことで喜びにあふれています。この大きな喜びに対して、どのような感謝を神にささげたらよいでしょうか」(3:7-9)。教会は牧会者によって養われます。御言葉を語る牧会者なしに教会は存続しえません。しかし同時に牧会者もまた教会によって養われていきます。篠崎教会はこれまでの50年間にいろいろな悲しみや苦しみを経験しました。しかしその苦闘を経て、現在、ここに立っています。これからの50年も様々な出来事があるでしょう。しかし、その苦闘を経て、50年後も教会はここにあるでしょう。「草は枯れ、花はしぼむが、私たちの神の言葉はとこしえに立つ」からです。

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