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日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2016年5月22日説教(ヨハネ黙示録20:1-15、最後の審判)

投稿日:2016年5月22日 更新日:

2016年5月22日説教(ヨハネ黙示録20:1-15、最後の審判)

 

1.千年王国の夢

・ヨハネ黙示録は紀元95年ごろ、皇帝ドミティアヌス時代の激しい迫害の中で、多くのキリスト者が殉教していった、その厳しい現実の中で書かれています。地上に残された信徒たちは、「殉教していった者たちはどうなったのか、彼らの死には意味があったのか」を問います。それに応えてヨハネは、「殺されていった殉教者たちは復活し、やがて来る千年王国においてキリストと共に統治する」という幻を語ります。それが今日読みます黙示録20章の記事です。迫害下にあった初代キリスト教会はこの千年王国論を熱狂的に受け入れ、来るべき神の国を待望しました。中世になってからも、ペストや飢饉、農民一揆、革命といった社会的な危機が起こるとこの千年王国説は息を吹き返し、歴史家はピューリタン革命やアメリカ建国にも、この千年王国論が大きな影響を及ぼしたと考えています。非常に興味ある個所ですが、同時に読み方によっては非常に危険な個所でもあります。

・ヨハネは20章で「私はまた、一人の天使が、底なしの淵の鍵と大きな鎖とを手にして、天から降って来るのを見た」(20:1)と語り始めます。天使の手にはサタンを捕縛するための鎖と、牢に閉じ込めるための獄屋の鍵がありました。そして彼は「悪魔でもサタンでもある、年を経たあの蛇、つまり竜を取り押さえ、千年の間縛っておき、底なしの淵に投げ入れ、鍵をかけ、その上に封印を施して、千年が終わるまで、もうそれ以上、諸国の民を惑わさないようにした」(20:2-3)と語ります。ユダヤ教には黙示文学の伝統があり、それによれば「この世はサタンの支配する悪しき世であり、神の審判によりサタンは地獄の深みに閉じ込められ、ついには燃え盛る火の中に放り込まれ、その後に新しい世が来る」(エチオピア語エノク書他)と語ります。ヨハネの記述はそれらの伝統的な黙示文学の考え方を継承しています。

・サタンが底なしの淵に閉じ込められた時、サタンによって苦しめられた人々(殉教者)たちが復活して、キリストと共に千年間統治するとヨハネは続けます「私はまた、多くの座を見た。その上には座っている者たちがおり、彼らには裁くことが許されていた。私はまた、イエスの証しと神の言葉のために、首をはねられた者たちの魂を見た。この者たちは、あの獣もその像も拝まず、額や手に獣の刻印を受けなかった。彼らは生き返って、キリストと共に千年の間統治した」(20:4-5)。前に述べましたように、千年王国論の背景には、激しい迫害の中で、多くの信徒たちが殺されていったという現実がありました。そして神はヨハネに「殉教者たちの死は決して無駄ではない」との幻を示された。それがヨハネ黙示録の語る千年王国論です。

 

  1. 歴史の中の千年王国論

・歴史上この千年王国の教説は、飢饉やペスト、戦争、革命等の社会不安の中で読まれてきました。出口の見えない社会の根本的変革と救済を望むユートピアへの待望です。「最後の審判の前に、キリストが再臨し、よみがえった聖人たちと共にこの地上で千年にわたって栄光ある王国を統治する」という信仰は、サタン= 反キリストを暴力的な闘争において打倒することによって達成されるという点で、革命的な性格を帯びています。この千年王国論がイギリス17世紀のピューリタン革命(1641-1649年)や新世界アメリカへの移住(1620年~)の原動力となります。イギリスでは1534年ヘンリー8世時代にカトリックと分離して国教会を形成しますが、1600年代になると親カトリック的な王政が続き、プロテスタントのピューリタンたちは迫害され、その中で国王や国教会の指導者たちこそが反キリストのサタンであるとの認識が次第に高まり、ある者たちはアメリカへの移住を決意し、他の者たちは国内での抵抗運動を続けます(岩井淳「千年王国を夢見た革命」)。

・アメリカに渡った移住者たちは、アメリカを「ヨハネ黙示録」にある「新しい天、新しい地」として意識し、彼らは新天地アメリカに、「丘の上の町」を建設しようとします。「丘の上の町」とはキリスト教の聖都エルサレムを指し示す言葉であり、彼らは、自分たちのアメリカ移住の目的は、大陸に世界の範となる「丘の上の町」、「新しいエルサレム」を打ち立てることであり、この大目的は共同体の構成員が心を一つにして、神との間に結ばれた契約を果たすことによってのみ達成されるのだと考えました。その意味で、アメリカはヨハネ黙示録の終末論に導かれて建国された国と言えるかもしれません。

・この考え方は現在でもアメリカという国の中に根付いています。若さと新しさを崇拝するアメリカ、荒野との接点を求めてフロンティアに挑戦するアメリカ、世界の反キリストたちに対してキリスト教徒としての正義を追求し続けるアメリカ、このような現代アメリカのさまざまな姿のなかに、千年王国論的な終末論が息づいています(丹治陽子「アメリカ的想像力における千年王国論的終末論」)。前回見ましたように、9.11のテロの後に当時の大統領G.ブッシュは演説しました「テロリズムとの戦いは悪の世界を取り除く神の戦いであり、この戦いは十字軍(クルセード)である」。まさに黙示録20章を現代化した言葉です。

・今日、千年王国の教説を「救いのしるし」として強調するのは、モルモン教、エホバの証人等のカルト的な教団が多いと言われています。異端としての迫害された歴史の中で、黙示録を読んできたためと言われています。ただ歴史を振り返ると、危機の時には必ず千年王国の世直し的動きが現れます。現代アメリカでは、黙示録的な最終戦争を描いた「レフト・ビハインド」という小説が7千万部も売れ(1995年から16巻が発売)、映画化もされています。内容は神の忠実な僕であるアメリカ大統領が悪の帝国の指導者(小説の中では国際連合事務総長)と戦うという、私たちから見れば荒唐無稽な物語ですが、そのような小説や映画が流行する背景にはアメリカ保守層の根強い支持があるからです。教会の父と呼ばれたアウグスティヌスはこのような千年王国的な熱狂主義に警告しています。「教会の聖徒たちは地上で戦う兵士であり、召天した人々は現在キリストと共に世を支配している。この意味で、私たちは現在、千年王国の只中に生きているのである」(アウグスティヌス「神の国」)。

3.最後の審判

・ヨハネの用いる千年は詩篇90:4(千年といえども御目には昨日が今日へと移る夜の一時にすぎません)等から来ており、「私たちにとっては長いが、神の目から見れば千年もまた一瞬だ」という理解の中で用いられています。千年王国が終わると、サタンが再び解放され、神の軍勢と戦いを挑みます。「この千年が終わると、サタンはその牢から解放され、地上の四方にいる諸国の民、ゴグとマゴグを惑わそうとして出て行き、彼らを集めて戦わせようとする・・・彼らは地上の広い場所に攻め上って行って、聖なる者たちの陣営と、愛された都とを囲んだ。すると、天から火が下って来て、彼らを焼き尽くした」(20:7-9)。

・全ての悪が滅ぼされた後、最後の審判が来るとヨハネは記述します「私はまた、大きな白い玉座と、そこに座っておられる方とを見た。天も地も、その御前から逃げて行き、行方が分からなくなった。私はまた、死者たちが、大きな者も小さな者も、玉座の前に立っているのを見た。幾つかの書物が開かれたが、もう一つの書物も開かれた。それは命の書である。死者たちは、これらの書物に書かれていることに基づき、彼らの行いに応じて裁かれた」(20:11-12)。すべての死者たちは復活し、命の書に名前を記されていない者たちは永遠に滅ぼされるとヨハネは記述します「海は、その中にいた死者を外に出した。死と陰府も、その中にいた死者を出し、彼らはそれぞれ自分の行いに応じて裁かれた。死も陰府も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である」(20:13-14)。

・最後の審きがどのようなものか、私たちには知ることが許されていません。誰が命の書に名前を記されているかも知りません。ただ、私たちが人生の総決算をここでしなければいけないことは事実です。しかし私たちは安心して良い。何故ならば最後の審判を裁かれるのは、私たちのために血を流して下さったキリストだからです。今日の招詞にマタイ25:35を選びました。次のような言葉です「お前たちは、私が飢えていた時に食べさせ、のどが渇いていた時に飲ませ、旅をしていた時に宿を貸し、裸の時に着せ、病気の時に見舞い、牢にいた時に訪ねてくれたからだ」。マタイ福音書の描く最後の審判の記事です。

・ある人はこの短い言葉の中に新約聖書全巻のメッセージが込められていると語ります。マタイは記します「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来る時、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く。そこで、王は右側にいる人たちに言う『さあ、私の父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい」(マタイ21:31-34)。そして最後にイエスは言われます「私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのである」(25:40)。天にある「命の書」に名前を載せてもらうのは簡単です。これを実行すれば良い、そのほかには何もいらない。

・イエス・キリストは2000年前、当時のローマ帝国の片隅のユダヤの地に生まれました。そのイエスはローマ帝国の総督ピラトにより処刑され、犯罪人としてその生涯を終えました。イエスが亡くなった時にはわずかな弟子だけが残されました。イエスに従う者たちの小さな集まり、教会はやがてローマ帝国中に広がり、帝国の国教となります。何が起こったのでしょうか。イエスは生前弟子たちに繰り返し、「飢えている人に食べさせ、渇いている人に飲ませ、病人を見舞え」と言われました。「人を愛することこそ神を愛することだ」と。やがてその教えに生きる者たちの群れが少しずつ生まれてきます。ローマ時代には疫病が繰り返し発生し、時には人口の1/3~1/4を失わせるほどの猛威を振るい、死者は数百万人にも上り、疫病の流行がローマの人口減少を招き、ついには滅ぼしたと言われています。人々は感染を恐れて避難しましたが、当時の教会の記録では、キリスト教徒たちは病人を訪問し、死にゆく人々を看取り、死者を埋葬したと伝えられています。何故ならば聖書がそうせよと命じ、教会もそれを勧めたからです。この「食物と飲み物を与え、死者を葬り、自らも犠牲になって死んでいく」信徒の行為が、疫病の蔓延を防ぎ、人々の関心をキリスト教に向けさせたと歴史家は考えています。

・「飢えている人に食べさせ、渇いている人に飲ませ、病人を見舞え」とは、今日ではどのような行為になるのでしょうか。市川八幡教会は「ホームレス支援」を教会活動の中核に置いています。恵泉バプテスト教会は「キリスト者平和ネット」等の活動を通して憲法問題に熱心に取り組んでいます。篠崎教会は総献金の十分の一を対外献金とすることを基本方針に、バプテスト連盟、聖書協会、神学校、盲人伝道、海外医療や農業支援等の団体に計150万円を捧げています。各教会が置かれた状況の中で課題に取り組んでいく時、神の国が近づいてきます。

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