江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2015年1月11日説教(第二コリント5:11-21、和解の福音)

投稿日:2015年1月11日 更新日:

1.キリストの愛に駆り立てられて

・コリント第二の手紙を読んでいます。パウロは紀元50年頃、コリントで開拓伝道を行い、1年半後にそこに教会が生まれました。その後、彼はエペソの開拓伝道に向かいますが、パウロが不在の間、エルサレム教会から派遣された巡回伝道者たちがコリントを訪れ、パウロと異なる福音を宣べ、教会の信仰が次第に別のものに変わって行きました。エルサレム教会の伝道者たちは、「パウロは直弟子ではないから使徒とはいえない」とか、「彼は自分の異端的な信仰を教会に押し付けている」と批判したようです。いまだユダヤ教の枠内にいたエルサレム教会の人々は、パウロの律法から自由な、割礼なしの福音を理解できなかったのです。コリント教会は彼らの影響を受け、パウロに批判的になっていきます。その教会に対し、パウロが書いた弁解の手紙の一部が、第二コリント5章です。
・パウロは言います「私たちが正気でないとするなら、それは神のためであったし、正気であるなら、それはあなたがたのためです」(5:13)と。正気ではない=ギリシャ語エクシステーミという言葉です。エクス=外に、イステミー=立つ、外に立つ、世の常識の外に立つという意味です。使徒言行録によりますと、パウロはユダヤ教の戒めである律法に熱心なパリサイ派に属し、律法を軽んじるキリスト教徒を異端として捕縛するために、ダマスコに赴く途上で、復活のキリストに出会っています。その時、パウロは、「サウル、サウル、何故私を迫害するのか」(使徒9:4)というキリストの言葉を聞きます(サウル=パウロの旧名)。この言葉でパウロに地面に倒され、目が見えなくなり、キリスト教徒のアナニアに助けられます。この時、パウロはイエスは復活して今も生きておられることを体験しました。この神秘体験を通して、古いサウロは死に、新しいパウロが生まれました。
・キリストの迫害者だったサウロが一転してキリストの伝道者パウロになり、それからの彼は気が狂ったように伝道に邁進しました。周囲の人々は彼の変化に驚きます「かつて我々を迫害した者が、あの当時滅ぼそうとしていた信仰を、今は福音として告げ知らせている」(ガラテヤ1:23)。パウロは、それを「キリストの愛が私たちを駆り立てている(捉えている)」(5:14)と述べます。パウロは語ります「私はもはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活して下さった方のために生きる」(5:15)存在に変えられたと。

2.肉ではなく霊に従って見る

・パウロは続けます「それで、私たちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません」(5:16)。肉に従ってキリストを見るとは、歴史の中に現れたナザレのイエスをこの世的視点から見ることです。イエスの奇跡と力ある説教を見て、人々は、「この人は聖書に預言された救世主(メシア)かもしれない」、「この人は私たちをローマ帝国の支配から解放してくれるかもしれない」と期待を寄せました。しかしイエスは無力にもローマ軍によって反乱者として逮捕され、十字架刑で処刑されました。神からの救済の奇跡は起きず、人々は深く失望しました。肉に従って見れば、イエスは当時たくさん出た偽メシアの一人、ローマによって処刑された何千人もの反乱者の一人に過ぎませんでした。
・弟子たちも同じように失望し、散らされて行きましたが、やがて首都エルサレムに戻り、「この人こそメシアであった」と宣教を始め、死を持って脅されても宣教を止めませんでした。何故ならば彼らは復活のイエスと出会い、そのことを通して「イエスがメシア=キリストである」との確信を持ったからです。しかし、復活のイエスと出会ったのは弟子たちだけでした。イエスこそ神の子であるとの希望を持った人だけが復活のイエスと出会い、その他の人々は出会わなかった。つまり「イエスがキリストである」という真理は肉の目では見えず、霊の目だけが見える真理なのです。熱心なユダヤ教徒であったパウロも、最初はイエスがキリストであるとは思いもしませんでした。だからキリスト教徒たちを異端として迫害しました。しかしダマスコでの回心体験を通して、パウロは「イエスこそキリストである」ことを確信します。だから彼は「今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません」と語るのです。
・そして彼は語ります「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」(5:17)。「私が生前のキリストに従った直弟子であろうとなかろうと、エルサレム教会からの推薦状を持つかどうかも本質的な問題ではない。私はキリストから直接に召された使者としてあなた方に接したのだ」とパウロは語ります。そして「私が委ねられたのは和解の福音だ」と語ります。「これらはすべて神から出ることであって、神は、キリストを通して私たちを御自分と和解させ、また、和解のために奉仕する任務を私たちにお授けになりました。つまり、神はキリストによって世を御自分と和解させ、人々の罪の責任を問うことなく、和解の言葉を私たちに委ねられたのです」(5:18-19)。パウロはコリント教会に語りかけます「神が私たちを通して勧めておられるので、私たちはキリストの使者の務めを果たしています。キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい」(5:20)と。神と和解した者は人とも和解します。人が他者と和解できないのは、それは彼が神と和解していないからです。パウロは語ります「あなた方は私を憎んでいるのではないかと思えるような激しさで私を批判する。もし、あなた方が私を憎んでいるならば、あなた方は神と和解していない。だからお願いする、神と和解しなさい。神の招きは無条件である。しかし、受け入れるという決断はあなた方自身がしなければいけないのだ」と。

3.パウロの原動力は復活のイエスとの出会いだった

・今日の招詞に第一コリント15:3-5を選びました。次のような言葉です「最も大切なこととして私があなたがたに伝えたのは、私も受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてある通り、私たちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたことです」。ペテロやパウロを伝道者として駆り立てたものは、復活のイエスとの顕現体験です。しかし、イエスの復活を目撃したのは弟子たちだけで、他の人は体験しなかった。復活は客観的な出来事ではなく、主観的な出来事なのでしょうか。
・復活にはいろいろな理解がありますが、個人的に最も納得できるのは大貫隆先生の復活理解です。大貫先生は「イエスという経験」(2003年、岩波書店)の中で語ります「ペテロを筆頭として、イエス処刑後に残された者たちは、何処とも知れず逃亡先に蟄居して、(中略)必死でイエスの残酷な刑死の意味を問い続けたに違いない。(中略)彼らは旧約聖書を繰り返し読み、そこに意味を見出そうとした。そして旧約聖書の光に照らされて、いまや謎と見えたイエスの刑死が、実は神の永遠の救済計画の中に初めから含まれ、旧約聖書で預言された出来事として了解し直された」(p220)。彼らによって見出された聖書箇所の一つがイザヤ53章4-5節です「彼が担ったのは私たちの病、彼が負ったのは私たちの痛みであったのに、私たちは思っていた。神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだ、と。彼が刺し貫かれたのは、私たちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは私たちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって、私たちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、私たちはいやされた」。この「イエスの死の了解体験」が「イエスは私たちの罪のために死んだ」という贖罪信仰になっていきます。
・大貫先生は続けます「直接のきっかけがペテロの個人的な幻視(あるいは神秘体験)であったとしても、旧約聖書の光に照らしての、否、旧約聖書のそのものの新しい読解としての謎の解明がそこで為された」。旧約聖書では世の終わりに死人は起こされ、裁きを受けると書いてあります(ダニエル書12:2他)。だから弟子たちはイエスの復活を「彼は起こされた」(第一コリント15:4)と表現し、終末、神の国が始まったと理解したのです。
・このような神秘体験あるいは解釈学的出来事は私たちにも起こりえます。ある時、聖書の言葉が人生を変えるような力を持って迫ってくる体験を私たちはします。ペテロはその体験をし、パウロもその体験をした。だからパウロは語ります「罪と何のかかわりもない方を、神は私たちのために罪となさいました。私たちはその方によって神の義を得ることができたのです」(5:21)。この復活のキリストとの出会いを通して、人は「新しく創造された者」(5:17)になり、「もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きる」人生を歩み始めます。それこそが復活のキリストに生かされる人生なのです。

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