江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2013年1月20日説教(マタイ6:5-15、主の祈りを生きる)

投稿日:2013年1月20日 更新日:

1.祈りの前半~神を称える三つの祈り

・マタイ福音書を読み進めています。今日与えられたテキストはマタイ6章、「主の祈り」の箇所です。主の祈りはルカ11章にもあり、ルカの祈りは簡潔ですが、マタイの祈りはルカよりも長くなっています。おそらく、ルカの紹介する祈りが、イエスが教えられた祈りの原型であり、マタイはそれを元に作成され、教会の礼拝の中で祈られていた祈りを、ここに紹介したと思われます。
・主の祈りは教派を超えて祈られます。キリスト教会には大きく分けて、カトリック、ギリシャ正教会、プロテスタントの三派があり、プロテスタントはさらに細かく教派が分かれています。信仰の形の違いが多くの教派を生みましたが、その中で教派を超えて祈られます祈りがこの「主の祈り」です。短い言葉の中に信仰の中核が凝縮され、2千年間祈り続けてきました。
・主の祈りは前半に三つの祈りが、後半にも同じく三つの祈りが配置され、合計六つの祈りが祈られています。前半の三つは「天におられる父」への祈りです。この父にはアラム語「アッバ」という言葉が残されています。神の名がアッバ=お父さんという親しさで呼ばれることはこれまでありませんでした。ユダヤ教の理解では神は「天にいます超越者」です。しかしイエスは「あなたがたは神の子なのだから、神を“お父さん”と呼んでも良いのだ」と教えられます。その父は「願う前からあなた方に必要なものをご存知のかた」(6:8)です。
・前半には「あなたの御名が崇められますように」、「あなたの御国が来ますように」、「あなたの御心が行われますように」、と祈られています。最初の二つの祈りはユダヤ教徒が礼拝の終わりに捧げる「カディシュの祈り」が原型になっています。「神がその御心によって創造された世界において、神の偉大な御名があがめられ、聖とされますように。神が御国を立てて下さいますように」。しかし第三の祈りはユダヤにはない祈りです。主の祈りにはマタイ版とルカ版がありますが、両者の違いは三番目の祈り「御心が行われますように、天におけるように地の上にも」がルカ版にはなく、マタイのみが記していることです。そしてマタイは「御心が行われますように」との祈りを、イエスが死を目前にして祈られたゲッセマネの祈りから採って、「主の祈り」の中に編集したと言われています。「御心が行われますように」との祈りはイエスが命をかけて教えて下さった祈りなのです。

2.祈りの後半~生活者を励ます三つの祈り

・後半の三つの祈りは「私たちに必要なものを与えて下さい」という生活者の祈りです。「私たちに必要な糧を今日与えてください」、「私たちの負い目を赦して下さい」、「私たちを誘惑に会わせないで下さい」の三つです。いずれもユダヤの祈りにはない、イエス独自の祈りです。最初に「私たちに必要な糧を今日与えてください」と祈るようにイエスは教えられました。イエスのもとに集まってきた人たちは貧しい農民たち、土地を失くした日雇い労務者、卑しいとされる職業に従事するような人々でした。その人々をイエスは祝福して言われました「貧しい人たちは幸いだ」、この「貧しい」はギリシャ語「プトーコス」で、単なる貧しさではなく乞食を意味します。本当に貧しくて明日のパンがあるかどうかわからない、貧困が飢餓と紙一重であるような人々に、イエスは「必要な糧を今日与えてくださいと祈りなさい。そうすれば父なる神はそのパンを与えて下さる」と約束して下さったのです。マタイの山上の説教ではこの「貧しい」が「心の貧しい」と緩和されて意味がわかりにくくなっていますが、ルカではそのままに「貧しい人々」で、その次には「飢えている人々は幸いだ」(ルカ6:21)と続いています。初代教会の中心的な儀礼は聖餐式でした。それは今日のような象徴的なものではなく、本当にパンとぶどう酒を持って共に食する会食でした。食べることがいかに喜びに満ちているのか、主の祈りは「本当に食べるものがない、明日はどうしようか」という極限状況の中で祈られているのです。
・二番目の祈りは「私たちの負い目を赦してください」です。この負い目とは負債(借金)の意味です。英訳聖書でははっきりとそのことが書かれています「Forgive us our debts,As we forgive our debtors」。Debts=借金です。イエスのもとに集まった農民たちは不作や飢饉になると、土地を担保にしてお金を借りていました。もし借金を返せなければ生計の手段である土地を取り上げられてします。また既に土地を無くして小作や日雇い労務をしている人たちは、仕事がない時は借金して食べ物を得ていました。借金が返せなければ彼らは投獄されるか、あるいは妻や子を奴隷として売るしかありません。だから人々は「私たちの借金を赦して下さい」と真剣に祈ります。真剣にならざるを得ない切実な祈りなのです。
・三番目の祈りは「私たちを誘惑に会わせないで下さい」です。マタイ時代の教会は、ユダヤ教からの迫害の中にありました。山上の祝福の中に「私のためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである」(5:11)がありますが、これはイエスの言葉ではなく、教会の苦難を反映した言葉だと考えられています。マタイの教会では、キリスト教の洗礼を受けた故に社会から村八分され、あるいは石で追われる等の迫害があり、そのため教会から脱退し、元のユダヤ教に戻る人たちもいました。だからこそマタイは「私たちを誘惑に会わせないで下さい。悪いものから救って下さい」と祈っているのです。

3.主の祈りを生きる

・イエスは貧困・飢餓・苦難の中で苦しむ人々を祝福し、神の助けを求めるように祈ることを教えてくれました。「天の父は願う前からあなた方に必要なものをご存知だ」(6:8)、だから「求めなさい」と言われました。その祈りは宗教的な敬虔の祈りではなく、文字通り「困難の中で生きる力を与えてください」とい切実な生活者の祈りなのです。そのようにして祈られた「主の祈り」を、今日の私たちが祈っています。今の私たちは、明日食べるものを心配することもなく、借金して返せなければ投獄されることもありません、その満たされた私たちはどのように祈るのでしょうか。
・今日の招詞にマタイ26:39を選びました。次のような言葉です「少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた『父よ、できることなら、この杯を私から過ぎ去らせてください。しかし、私の願いどおりではなく、御心のままに』」。ゲッセマネでイエスが死を前にして祈られた祈りです。先に申しましたように、この祈りはマタイが、イエスのゲッセマネの祈りを「主の祈り」の中に取り入れて伝えたと言われています。「御心が行われますように」、これこそ主の祈りの中心だとマタイは考えたのです。
・アッシジのフランシスという人がいます。13世紀イタリアの修道士で、イタリアが戦乱で明け暮れる中、召命を受け、路頭に迷う民衆のために生涯を捧げ、聖人とされた人です。彼は次のような祈りを残しています「主よ、私を平和の器とならせてください。憎しみがあるところに愛を、争いがあるところに赦しを、分裂があるところに一致を、疑いのあるところに信仰を、誤りがあるところに真理を、絶望があるところに希望を、闇あるところに光を、悲しみあるところに喜びを。ああ、主よ、慰められるよりも慰める者としてください。理解されるよりも理解する者に、愛されるよりも愛する者に。それは、私たちが、自ら与えることによって受け、許すことによって赦され、自分のからだをささげて死ぬことによって、とこしえの命を得ることができるからです」。彼は裕福な商人の息子でしたが、戦乱によって人々が殺され、らい病者は捨てられ、飢餓で死ぬ人を目の前に見て回心し、托鉢修道士となりました。「主の祈り」の背景にある悲惨に気づいた時、彼の人生は変えられたのです。
・このフランシスの祈りが一人の女性の生涯を変えました。マザーテレサです。本名アグネス・ゴンジャ・ホヤジュは、1910年当時のオスマン帝国コソボ州で生まれました。1914年第一次世界大戦が勃発しオスマン帝国は崩壊、それぞれの民族が独立をめぐって激しく争います。マザーの父ニコラはアルバニア独立運動に身を投じ、1919年マザー9歳の時に殺されます。人間の憎しみが愛する父を奪った、それは幼いマザーの心に深い傷を残しました。マザーは救いを求めて教会に通い続け、ある日、一冊の本に出会います。アッシジのフランシスの生涯を描いたものでした。マザーの心を捕らえたのが先に紹介した祈りの言葉です「主よ、私を平和の器とならせてください。憎しみがあるところに愛を、争いがあるところに赦しを」。争い、憎しみ合う人々の姿に絶望していたマザーに、この祈りは一つの道を示しました。
・マザーはフランシスのように生きようと心に誓い、修道女になってインドに行くことを決意、1928年18歳の時にインドへと旅立ちます。インドに降り立ったマザーが見たのは、文字通りの貧困の世界でした。マザーはインド北部コルカタ(カルカッタ)にある修道院に配属され、女学校で教師を務めることになりました。マザーは教育を通して人びとへの奉仕に打ち込みますが、インドに来て18年目、マザーはその後の生き方を変える出来事に遭遇します。1946年に起きたコルカタ大暴動です。ヒンドゥー教徒とイスラム教徒との対立が激化し、コルカタの地で衝突します。マザーは驚くべき光景を目にしました「通りに転がっている沢山の死体。ある者は突き刺され、ある者は殴り殺され、乾いた血の海の中に考えられないような姿勢で横たわっていた」。今自分に何ができるのか。マザーは修道女となった時の志を自らに問い直します「主よ、私を平和の道具としてください」。1948年マザーに修道院を出て活動する許可が下りました。それからのマザーの活動は皆さんがご承知の通りです。マザーも「主の祈り」の背景にある悲惨に気づいた時、人生は変えられたのです。
・私たちは、主の祈りが「私の祈り」ではなく、「私たちの祈り」であることを知っています。第三世界においては今でも絶対貧困があり、明日の食べ物に悩む人々がおり、借金が返せなければ投獄される人がいます。キリスト教徒になった故に家が焼き討ちされる人々がいます。アルジェリアで1月16日起きた人質テロ事件と同国の強行策(人質の命よりもテロリストの撲滅優先)が示すのは、世界では今でも戦争が続いているという現実です。その中で、主の祈りを生きることを神は私たちに求められているのです。主の祈りがアッシジのフランシスを生み、マザーテレサを生んで行きました。私たちは何が出来るのでしょうか。
・私たちの教会は総献金の十分の一を対外献金とすることを基本方針にしています。バプテスト連盟の活動を支えるための協力伝道に50万円、神学校や海外宣教のために20万円、聖書協会や盲人伝道、海外での医療や農業支援等のために50万円、計120万円を捧げています。今年の教会会計は50万円の赤字見込みで、対外献金を縮小すれば赤字を抑えることも可能でしょうが、先の執事会ではそのような議論はありませんでした。他の経費を削っても対外献金は守って行きたい、イエスが教えられたように、「自ら与えることによって受ける事ができる」と信じるからです。私たちの教会の「主の祈り活動」は、皆さんの献金によって支えられています。献金を通して皆さんも「主の祈り」に共に参加していることを知っていただきたいと思います。

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