江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2012年4月22日説教(使徒言行録16:25-34、牢獄の中での讃美)

投稿日:2012年4月22日 更新日:

1.二度目の伝道旅行を通しての出会い

・使徒言行録を読んでいます。先週私たちはパウロとバルナバによる最初の伝道旅行の記事を読みました。彼らはアンティオキアの教会から送り出され、キプロスを経て小アジア各地で宣教し、再びアンティオキアに戻ってきました。その時の様子が使徒言行録14章に記されています「(二人は)到着するとすぐ教会の人々を集めて、神が自分たちと共にいて行われたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったことを報告した」(14:27)。「異邦人に信仰の門を開いてくださった」、多くの異邦人たちがキリストを信じる者になったのです。帰国後、二人は再びアンティオキア教会で働き働き始めますが、やがて母教会のエルサレム教会との間に異邦人伝道をめぐっての意見の対立が生じます。エルサレム教会の人々は保守的なユダヤ人が多く、「救いは選ばれた民ユダヤ人のみ」と考えていました。そのため「異邦人が救われるためには洗礼だけでなく、割礼を受けてユダヤ人になるべきだ」と主張しました。割礼の強制は異邦人伝道を事実上閉ざすことになりますので、大問題でした。問題を協議するためにパウロたちはエルサレムに上り(15:1-2)、議論の末、エルサレム教会も最終的にはパウロたちの主張を認め、異邦人に割礼を強制しない方向で会議の結論が出ます。パウロはこの喜ばしい知らせを伝えるために、先の伝道旅行で生まれました小アジアの異邦人諸教会を訪問することを計画し、今度はシラスを同行者にして再び出かけます。この第二次伝道旅行の有様を描いたのが、今日読みます使徒16章です。
・パウロとシラスは、今回は陸路を通ってシリア、キリキア地方に行き、さらに進んで小アジアのデルベ、リストラへ行きます。前回の訪問から5年が経っていました。彼らはエルサレム会議の知らせを伝えながら教会を再訪します。最初の訪問地デルベで、後にパウロの最愛の弟子となるテモテが与えられ、彼も旅に同行します。彼らはアジア州の州都エペソに向かおうとしますが、「聖霊が禁じた」ので、海岸地方のトロアスに向かいます。そのトロアスで彼らはルカと出会います。後にルカ福音書と使徒言行録を書くことになるルカです。そしておそらくルカの先導でマケドニアに行きます。使徒言行録は記します「彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった。それで、ミシア地方を通ってトロアスに下った。その夜、パウロは幻を見た。その中で一人のマケドニア人が立って、『マケドニア州に渡って来て、私たちを助けてください』と言ってパウロに願った」(16:6-9)。
・「聖霊が禁じた」、何らかの事情で、予定の訪問が出来なくなったのでしょう。ガラテヤ書、コリント書の記述を勘案すれば(ガラテヤ4:13-14、�コリント12:7)、パウロは病気になり、医者を求めて港町のトロアスに行き、そこで医者ルカに出会ったのではないかと思われます。使徒言行録では16:10から有名な「私たち」文書が現れますが、それは著者ルカが一行に合流したための表現と考えられています。「聖霊が禁じた」という言葉は示唆的です。私たちの人生においても、思わぬ出来事により、希望が満たされず断念し、あるいは遠回りをすることがあります。しかし、後から振り返り、その遠回りこそ、神の導きだったことがわかる時があります。パウロたちはそのような経験を重ねながらトロアスからピリピに行きますが、これは歴史的な一歩になりました。これを契機に福音がアジアを出て、初めてヨーロッパに伝えられたのです。 私たちは、キリスト教は西洋社会の宗教と考えがちですが、実は西洋にとってもキリスト教は伝えられた宗教だったのです。ですからドイツやアメリカの神学を鵜呑みにした信仰、あるいは教理から、私たちは自由になる必要があります。私たちバプテスト教会が聖書のみを唱え、西洋教会の歴史の中で作られた使徒信条等を採用しないのも、そこに根拠があります。

2.牢獄の中での讃美

・一行は対岸のピリピに着きます。そのピリピで、パウロたちはやがてピリピ教会の中心人物となるリディアたちに出会い、ヨーロッパ最初の回心者を与えられます。ルカは記します「マケドニア州第一区の都市で、ローマの植民都市であるフィリピに行った・・・安息日に町の門を出て、祈りの場所があると思われる川岸に行った。私たちもそこに座って、集まっていた婦人たちに話をした。ティアティラ市出身の紫布を商う人で、神をあがめるリディアという婦人も話を聞いていたが、主が彼女の心を開かれたので、彼女はパウロの話を注意深く聞いた。そして、彼女も家族の者も洗礼を受けた」(16:12-15)。その後、パウロたちは、「占いの霊に取りつかれた」女奴隷に出会います。今日で言う霊能者で、彼女は人々の運勢を占うことが出来たので人気が高く、主人たちはそれで商売をしていました。私たちは霊能者というと笑いますが、現代でも池袋や新宿の盛り場に行くと、多くの占い師がいて、若い女性たちが真剣な顔で彼らの託宣に耳を傾けています。現代の霊能者と言われる占い師・細木数子さんの出演テレビ番組は高視聴率をとり、幸福の科学・大川隆法氏の霊言集はベストセラーの常連です。今日でも「占いの霊に取りつかれた」人々は人気を集めているのです。
・パウロはこの女性が悪霊に取りつかれていることを見抜き、その霊に言います「イエス・キリストの名によって命じる。この女から出て行け」(16:18)。悪霊は彼女を離れ、彼女は病から解放されますが、そのことによってもう占いをすることが出来なくなりました。彼女の主人たちは金もうけの機会を失い、パウロたちを、騒動を起こす人物として告訴します(16:19)。ある人々にとって宗教は金もうけの手段です。日本の神社は厄除けやご利益の効能をテレビやラジオの広告を通して訴え、参拝者を増やそうとしています。ピリピの占い集団と同じことが現在の日本でも行われているのです。パウロとシラスたちは、当局者に捕えられ、鞭打たれ、投獄されます。不当な罪で投獄された彼らは牢獄の中で何をしていたのでしょうか。ルカは、彼らは牢獄の中で讃美の歌を歌ったと記します「(高官たちは)何度も鞭で打ってから二人を牢に投げ込み、看守に厳重に見張るように命じた。この命令を受けた看守は、二人をいちばん奥の牢に入れて、足には木の足枷をはめておいた。真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌をうたって神に祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた」(16:23-25)。ここにクリスチャンの本領があります。彼らは与えられた苦難を神からの試練と受け止め、この試練を通して、神は何か良いことを計画しておられると信じました。クリスチャンは能天気なほど楽天的になれるのです。そして神はその信仰に応えて行動されます。
・二人が讃美していた時、大地震が起こり、牢の土台が揺らぎ、戸が開き、囚人たちを縛っていた鎖も外れました。目を覚ました看守は、牢の戸が開いているのを見て、囚人たちが逃げてしまったと思いこみ、責任を感じて自害しようとします。しかしパウロは大声で叫びます「自害してはいけない。私たちはここにいる」(16:28)。看守は「明かりを持って来させて牢の中に飛び込み、パウロとシラスの前に震えながらひれ伏し、二人を外へ連れ出して言った『先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか』」(16:29-30)と尋ねました。二人は看守に伝えます「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」(16:31)。投獄されていたパウロたちが獄中で神を賛美し、自由なはずの自分は過ちを犯すと死ななければならない現実を彼は見ました。神を信じる者は囚われても自由であり、神を知らない者には本当の自由はないことを知った看守は、悔い改めて受洗します。そして看守の家族もその後に洗礼を受けます。ルカは書きます「この後、二人を自分の家に案内して食事を出し、神を信じる者になったことを家族ともども喜んだ」(16:34)。

3.生ける神との出会いこそ救い

・こうしてリディアや看守家族を中心に、ピリピに教会が生まれます。パウロは第三次旅行の折もピリピを訪問し、ピリピ教会はやがてパウロの伝道旅行を経済的に支える教会になります。その後、パウロはローマで再び獄中生活を送りますが、ピリピの人々は獄中のパウロを慰めるために贈り物を届けます。それに対してパウロが感謝の手紙として書いたのが「ピリピ人への手紙」です。今日の招詞として、ピリピ4:4-5を選びました。次のような言葉です「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます」。パウロはローマの牢獄の中にいます。やがて彼はこのローマで殉教します。おそらく処刑の日は近いと感じている日々だったと思われます。その囚われの身のパウロが自由の身であるピリピの人々に、「私が喜んでいるように喜びなさい」と書き送ります。私たちの毎日は常に喜べる状況ではありません。挫折も失意も裏切りもあります。しかし、その中で喜んで行くのがキリスト者ではないかとパウロは言います。パウロは続けます。「どんなことでも、思いわずらうのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう」(4:6-7)。
・三週間前の4月6日に、私たちの近在、江戸川区松江で親子4人の一家心中がありました。家族は昨年の9月に福岡から転居してきて、慣れない土地での生活の中で、母親は子どもたちの学校のことで心身症になっていたようです。そんな折、一家を支えていた父親が仕事上のトラブルを苦に、今年1月鉄道自殺しました。家族が鉄道自殺した遺族は大変です。警察からの事情聴取、鉄道会社からの賠償請求、マスコミによる取材、それ以上に「なぜ家族の自殺を防げなかったのか」という自責の思いが重なります。すでに心身症だった母親は夫の自殺を契機に一段と生きる力を失くし、終には練炭を燃やし幼い子供たちを道連れに一家心中を図りました。このような痛ましい出来事に対して教会は何が出来るのでしょうか。
・教会には使命があると思います。それは聖書の福音を伝え続けることです。ピリピ牢獄の看守は地震によって囚人たちが逃げてしまったと思い、責任をとって自害しようとしましたが、パウロの執り成しで一命を取り留めました。もしこの時、看守が自害していたら、その家族はどうなっていたでしょう。古代社会においては社会保険も生活保護もありません。働き手を失った家族は将来を悲観して自殺したかもしれません。しかしパウロと出会い、家族全員がパウロの勧めに従って洗礼に導かれました。パウロは言いました「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」(16:31)。一人の人が信仰に導かれることを通して家族もまた救われていきます。その救いとは死んで天国に行くことではありません。そうではなく、神の平安が与えられる事です。パウロの言葉を借りれば「あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう」。この後、この家族がどうなったのかはわかっていません。しかしこの家族はもうどのような場面になっても死を考えることはないでしょう。何故ならば彼等は自分たちが神により生かされていることを知ったからです。一度救われた体験を持つ者は将来に不安を持つことはない。この神にある平安こそ福音の真髄、宝なのです。

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