江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2011年1月9日説教(列王記上18:16-24、主を選ぶか、偶像を選ぶか)

投稿日:2011年1月9日 更新日:

1.主を選ぶか、偶像を選ぶか
・2011年1月から列王記を読み始めています。先週は列王記上17章を通じて、イスラエルに対する懲らしめとして3年間の干ばつが与えられ、それを預言したエリヤが時の王アハブに追われて身を隠し、ある時には烏によって、別の時にはやもめによって養われた(食を与えられた)という記事を学びました。今日はそのエリヤがいよいよアハブ王の前に出て、偶像神バアルの預言者と対決する個所を共に読みます。記事は18章1節から始まります「多くの日を重ねて三年目のこと、主の言葉がエリヤに臨んだ『行って、アハブの前に姿を現せ。私はこの地の面に雨を降らせる』。エリヤはアハブの前に姿を現すために出かけた」(18:1-2)。
・3年間の干ばつでサマリアはひどい飢饉に襲われており、アハブ王と臣下たちは危機打開の道を探っていました。そこにエリヤが現れましたので、アハブはエリヤをののしって言います「お前か、イスラエルを煩わす者よ」(18:17)。エリヤが干ばつを預言したばかりに3年間雨が降らず、イスラエルの民はこんなに苦しんでいる。「この疫病神め」と王は預言者を罵りました。それに対してエリヤは答えます「私ではなく、主の戒めを捨て、バアルに従っているあなたとあなたの父の家こそ、イスラエルを煩わしている」(18:18)。あなたが偶像の神をイスラエルに導き人々に拝ませていることを、主なる神が憤られて、この大干ばつになったことをまだ理解しないのかと言い返したのです。両者とも干ばつを相手の故だと非難しています。エリヤは干ばつが王の背信の結果であることをはっきりさせるために、王の下にいる偶像の預言者たちとの対決を求めます「今イスラエルのすべての人々を、イゼベルの食卓に着く四百五十人のバアルの預言者、四百人のアシェラの預言者と共に、カルメル山に集め、私の前に出そろうように使いを送っていただきたい」(18:19)。
・アハブは祭司たちを集めてカルメル山に送ります。カルメル山はカナンの神々の聖地であり、バアルやアシェラ(バアルの妻)信仰の中心地でした。こうしてカルメル山での対決が始まりました。エリヤは集まった民衆に語りかけます「あなたたちは、いつまでどっちつかずに迷っているのか。もし主が神であるなら、主に従え。もしバアルが神であるなら、バアルに従え」(18:20)。「主が本当の神か、バアルが本当の神かの戦いだ。傍観は許されない」と言ったのです。しかし列王記は記します「民はひと言も答えなかった」。民はひと言も答えなかった、何故ならば時の権力者の命じる神を拒絶することは、命の危険を伴う行為だったのです。
・時の権力者の命じる神を拒絶することがいかに危険か、戦前の日本の事例を見てみます。1942年6月、全国の特高警察はホーリネス教団に属する諸教会を、治安維持法違反で一斉捜査を行いました。120名の教職者が逮捕され、260余りの教会が解散を命じられました。その時の菅野牧師への予審調書が残されています。係官「聖書を読むと、すべての人間は罪人だと書いてあるがそれに相違ないか」。菅野「相違ありません」。係官「では聞くが天皇陛下も罪人なのか」。菅野「畏れ多いことですが、天皇陛下が人間であられる限り、罪人であることを免れません」。係官「聖書の中には罪人はイエス・キリストによる十字架の贖罪なしには救われないと書いてあるが、天皇陛下が罪人なら天皇陛下にもイエス・キリストの贖罪が必要だという意味か」。菅野「畏れ多い話でありますが、天皇陛下が人間であられる限り、救われるためにはイエス・キリストの贖罪が必要であると信じます」(「宗教弾圧を語る」岩波書店)。戦前の日本において「天皇は神聖にして犯すべからず」とされ、天皇の神性を認めなかった菅野牧師は獄中で死んでいきました。
・「民はひと言も答えなかった」、この列王記の言葉は深い人間心理を言い表しています。ホーリネス弾圧事件は私の友人の身にも影響を与えています。会社時代の友人辻弘氏の父は日本基督教団弘前住吉教会牧師であった辻啓蔵氏ですが、彼も1942年に治安維持法違反で捕らえられ、教会は解散を命令されます。教会が解散させられると、涙を流して祈っていた信徒たちはどこへともなく散って行きました。辻一家に近寄る者はなく、一家は生計の道を絶たれ、5人の子供を抱えて啓蔵氏の妻は途方に暮れます。長男の宣道氏はカボチャを分けて貰うため、教会員の農家を訪ねますが、門前払いをされました「おたくに分けてやるカボチャはない」。かつては真っ先に証しを語り、信徒全体から尊敬を集めていた熱心な教会役員の言葉でした。一家は軍の残飯で命をつないだとのことです。辻啓蔵牧師は2年半の収監の後、1945年1月18日、青森刑務所で獄死されました(「嵐の中の牧師たち-ホーリネス弾圧と私たち」辻宣道著、新教出版社)。長男の辻宣道氏はやがて牧師になり、最初は焼津で、次に静岡で伝道を続けますが、彼の教会形成の基本は、「生涯信仰を捨てない人をつくる」ことでした。「主を選ぶか、偶像を選ぶか」との選択は、ある意味で命がけなのです。

2.偶像ではなく神を
・バアルの預言者との対決が22節からあります。今日のテキストの範囲外になりますが、18章を全体として理解するために必要ですので、簡単に見てみます。エリヤは犠牲の雄牛を用意し、バアルの預言者に「天からの火で犠牲を焼き尽くす」ように求めます。預言者たちは祭壇の周りを踊り、体を傷つけてバアルの応答を求めましたが、何も起こりませんでした。エリヤは彼らを嘲って言います「大声で呼ぶがいい。バアルは神なのだから。神は不満なのか、それとも人目を避けているのか、旅にでも出ているのか。恐らく眠っていて、起こしてもらわなければならないのだろう」(18:27)。天からは何の応答もありませんでした。
・今度はエリヤが主の祭壇を修復した上で、燔祭の雄牛を捧げ、主に祈ります。その祈りが18:36-37にあります「アブラハム、イサク、イスラエルの神、主よ、あなたがイスラエルにおいて神であられること、また私があなたの僕であって、これらすべてのことをあなたの御言葉によって行ったことが、今日明らかになりますように・・・主よ、私に答えてください。そうすればこの民は、主よ、あなたが神であり、彼らの心を元に返したのは、あなたであることを知るでしょう」。エリヤの祈りに応えて主は火を送られ、犠牲の雄牛が焼かれました。これを見た民は「主こそ神です」(18:39)と言ってひざまずきます。この記事は伝承によるものですから、実際にどのような出来事があったのか私たちは知りません。ただ、何らかの形で、民衆が納得する出来事が起こったのは事実でしょう。しかし、それ以上に、この物語がバビロンにいる捕囚民に向けて語られていることこそ大事です。列王記の読者は捕囚の民なのです。バビロン軍によって国を滅ぼされ、神殿崩壊を目の当たりに見た民は、「自分たちの主がバビロンの守護神マルドゥークに負けた」と思い、異教礼拝に走りました。その民に「主はバアルを打ち負かされたようにマルドゥークをも打ち負かされる。偶像は人間が作った虚構に過ぎない」ということを伝えるために、歴史家はエリヤ伝承を歴史書の中に入れているのです。
・このエリヤ物語を、音楽を通して表現したのが、メンデルスゾーンのオラトリオ「エリヤ」です。3大オラトリオの一つとされ、日本では数年前にサイトウ・キネン・フェステイバル、小澤征爾指揮で演奏され、話題になりました。1846年の作品ですが、彼がこの「エリヤ」を書いたきっかけは、当時のドイツで干ばつが続き、餓死者が続出し、さらには農産物の高騰に怒った人々が暴動を起こしていたからだと言われています。彼は手紙の中で「今の世にエリヤのような神の預言者がいてくれたらどんなに良かったでしょう」と書いています。「飢餓の苦しみから人々を救って下さい」という祈りが、このオラトリオを書かせたのです。このメンデルスゾーンの「エリヤ」の一部が、今日頌栄で詠います讃美歌680番「聞きたまえ、御神よ」です。
・エリヤ物語では、エリヤの捧げた犠牲を神は受け入れて下さり、干ばつは終わり、人々は飢えから救われます。歴史上、干ばつ・飢饉は繰り返し起こっています。日本では江戸時代の四大飢饉(寛永、享保、天明、天保)は有名ですし、近いところでは1930年~34年にかけて起こった東北大飢饉では、女性の身売りや子どもたちの病死が相次ぎ、それが二・二六事件や満州事変の引き金になったとさえ言われています。干ばつは天災であっても,飢饉は多くの場合それに人災が加わるゆえに、世直しの動きが出て来ます。現在でもエチオピア等の干ばつ飢饉で100万人以上の死者が出ていることを考えれば、このエリヤの物語は遠い昔の話ではないのです。同胞の飢餓からの救いを音楽に託して祈ったメンデルスゾーンの信仰を見た時、私たちも無関心にはなれない出来事です。前にご紹介したペシャワール会・中村哲氏の働きも、アフガニスタンでの干ばつとの戦いでした。

3.イエス・キリストの神に従う
・今日の招詞に�コリント8:5-6を選びました。次のような言葉です「現に多くの神々、多くの主がいると思われているように、たとえ天や地に神々と呼ばれるものがいても、私たちにとっては、唯一の神、父である神がおられ、万物はこの神から出、私たちはこの神へ帰って行くのです。また、唯一の主、イエス・キリストがおられ、万物はこの主によって存在し、私たちもこの主によって存在しているのです」。
・日本人は宗教に寛容な民族だと言われています。神道と仏教とキリスト教が何の矛盾も抵抗もなく、人々の心に入り込んでいます。クリスマスには教会に来て、初詣では神社に行き、葬儀はお寺でします。そのような日本人にとって、「もし主が神であるなら、主に従え。もしバアルが神であるなら、バアルに従え」というエリヤの問いかけはあまりにも不寛容ではないかと思う人もおられるかもしれません。しかし私たちはバアルに仕えながら主に仕えることはできません。このバアルを世間と言い換えれば、「世間並みの安楽な暮らしを楽しみながら、主に従っていく」ことはできないということです。少なくとも、真の神を否定する決定的な場面での妥協は許されません。
・人間の心は移ろいやすいものです。主とバアルの対決を見て、「主こそ神です。主こそ神です」(18:39)と賛美した民衆は、やがて「エリヤを逮捕して殺せ」という命令が王妃イゼベルから出されると、一転してエリヤの敵対者となり、エリヤはシナイの荒野に逃れます。順調な時には社会はその人を称賛しますが、一旦逆境になれば手の平を返したように、彼を攻撃するのが常です。鈴木正久氏はかつて数百人が集う本郷中央教会の牧師でしたが、太平洋戦争の激化と共に、信徒が教会から離れていく悲哀を経験しています。彼は戦後行った説教の中で次のように述べています「太平洋戦争が始まると、礼拝に集まる者は30人、20人と少なくなり、最後は7~8人に減ってしまった。それのみならず、ある時、長老の一人が『非常時に(敵性宗教であるキリスト教の礼拝を続けることは)国策に沿わないと反対さえした』」(鈴木正久説教集・1961/4/30)。私たちの教会でも牧師交代のたびに信徒が散らされていった苦い経験を持っています。先にお話ししました辻宣道氏の教会形成の基本は「生涯信仰を捨てない人をつくる」ことでした。「生涯信仰を捨てない人をつくる」、「信仰が揺り動かされる場に立たされても主の名を呼び続ける」という目標をこの2011年度に掲げたいと願います。

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