江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2011年1月23日説教(列王記下2:1-14、エリヤの昇天)

投稿日:2011年1月23日 更新日:

1.エリヤの昇天
・列王記を学んでいます。今日の箇所は長い間偶像礼拝と戦ってきたエリヤが天に召され、エリシャが弟子としてその働きを継承して行く箇所です。今日、私たちは二つの出来事を覚えながらこの記事を読んでいきます。一つは教会会堂を建て直すことになり、今日が38年間礼拝を捧げて来たこの旧会堂での最終礼拝であるということ、二つ目は今日一人の兄弟が10数年間の求道生活の区切りをつけてバプテスマをお受けになるということです。共に長い歴史の中での区切りの時を迎えるという出来事であります。その中で列王記の記事を読んでいきます。
・エリヤはイスラエルに偶像の神を持ちこもうとするアハブ王とイゼベル妃の動きに対して戦ってきました。フェニキヤ王の娘だったイゼベルはイスラエルに来るや、イスラエルの神に仕える預言者たちを殺戮し、偶像神バアルを拝むように民に強制してきました(列王記上18:4)。それに対してエリヤは干ばつを預言して挑戦し(同17:1)、次にはバアルの預言者たちとカルメル山で対決し、鮮やかな勝利を収めて民の信仰を回復させます(同18:39)。しかしイザベルはエリヤの命を狙い、彼は逃れて主の山シナイに行き、そこで再度の召命をいただきます。その時の言葉を列王記は記しています「あなたの来た道を引き返し、ダマスコの荒れ野に向かえ。そこに着いたなら、ハザエルに油を注いで彼をアラムの王とせよ。ニムシの子イエフにも油を注いでイスラエルの王とせよ。また・・・エリシャにも油を注ぎ、あなたに代わる預言者とせよ・・・私はイスラエルに七千人を残す。これは皆、バアルにひざまずかず、これに口づけしなかった者である」(同19:15-18)。ハザエル、イエフ、エリシャの三人が、エリヤによって始められた偶像礼拝との戦いを勝利させるであろうと示されたのです。人は一人で戦うのではなく、やり残した使命は次の人が継承して行くことをエリヤは示されました。
・シナイから戻ったエリヤはエリシャを始めとする弟子たちの教育に取り組みます。それから5年の時が流れ、アハブ王はアラムとの戦闘で死に、その子ヨラムが今は王になっています。イゼベルは王母として国政の実権を握っていますが、王朝は弱体化し、先が見えて来ました。エリヤはその役割が終わり、自分が死ぬ時が来たことを悟り、教育してきた預言者たちに最後の別れを告げる旅に出ます。それが列王記下2章の記事です。エリヤは弟子エリシャにいます「主は私をベテルにまでお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」(列王記下2:2)。エリシャは「あなたのもとを離れません」と言って、エリヤに従ってベテルに行きます。そこにはエリヤの始めた預言者学校がありました(2:3)。今日で言えば神学校です。エリヤは生涯の最後に尽力してきた預言者養成の場所に行き、そこで最後の別れをします。エリヤはその後エリコにも行きます。そこにも預言者学校がありました。弟子たちと別れを告げたエリヤは、故郷ギルガルに戻り、死の準備をします。
・彼は弟子エリシャに尋ねます「私があなたのもとから取り去られる前に、あなたのために何をしようか。何なりと願いなさい」(2:9)。それに対してエリシャは答えます「あなたの霊の二つの分を私に受け継がせて下さい」。これはエリヤの二倍の能力をということではなく、長子相続分(申命記21:17に依ればイスラエルの長子は他の子供たちの二倍を相続する)を下さい、あなたの正式な後継者として霊の賜物を分け与えて下さいと願ったのです。エリヤは答えます「私があなたのもとから取り去られるのをあなたが見れば願いはかなえられる」(2:10)。あなたに霊の賜物を与えるのは私ではなく神だ。もしあなたが私の死を見てそこに主の霊が働いているのを見ることが出来れば、それがあなたが私の後継者に任じられたしるしだと彼は答えました。
・エリヤが死ぬ時が来ました。列王記は記します「彼らが話しながら歩き続けていると、見よ、火の戦車が火の馬に引かれて現れ、二人の間を分けた。エリヤは嵐の中を天に上って行った」(2:11)。エリシャはエリヤの昇天を見て「わが父よ、わが父よ、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ」と叫びます(2:12)。戦車や騎兵は当時の軍隊の主力であり、国を守るものです。本当に国を守る者は王や王妃の進めた偶像礼拝ではなく、主に従って歩む預言者の活動であり、エリシャはエリヤの中に真の愛国者を見たのでしょう。エリシャと共にいた他の預言者たちはこれを見ていませんので(2:16)、この幻はエリシャだけに見えたのかもしれません。エリヤの生涯は死で終わったのではなく、天の神の御元で永遠に続いているとのエリシャの信仰告白が伝承化したものでしょう。

2.偶像礼拝の罪
・エリヤの生涯は偶像礼拝との戦いでした。偶像礼拝とは神を否定し、自分を神として拝むことです。それは社会的には権力者の神格化という現象をもたらします。イスラエルにおいて王は神であり、地上の王は神から委託を受けて人々を統治すると理解されていました。ですから、王が神の委託を超えて自己の利益を諮った時、それは悪として預言者から批判されます。それに対して神なき世界では王の権限を絶対化する方向で動きます。列王記上21章に「ナボトのブドウ畑」の記事があります。アハブ王はイズレエル人ナボトのぶどう園を欲しいと思い、ナボトに土地を売るよう求めますが、彼はこれを拒否します。イスラエルでは、土地は神のものであり、売買は原則禁止されていたのです。このことを聞いた妃イゼベルは激怒します。彼女は夫アハブに「今イスラエルを支配しているのはあなたです」と言い(22:6-7)、イズレエルの長老にナボトを石で打ち殺せと命じ、土地を手に入れます。王であれば何をしてもよい、批判は許さない、これが偶像礼拝の世界なのです。この偶像礼拝とエリヤは戦ったのです。
・偶像礼拝の罪は歴史上繰り返し現れて来ます。戦前の日本は国内の政治的・社会的困難を解決するために中国への侵略を加速化し、1931年満州を占領し、1937年には盧溝橋事件を起こして、中国本土への侵略を始めます。この日本の行動を見て、当時東大教授であった矢内原忠雄は「国家の理想」という論文を雑誌・中央公論に発表して批判しました。彼は論文の中で言います「国家の理想は正義と平和にある、戦争という方法で弱者をしいたげることではない。理想にしたがって歩まないと国は栄えない、一時栄えるように見えても滅びる」。論文が契機となって、矢内原は東大教授の職を追われました。天皇制国家という偶像礼拝の中では、国家を批判する者は迫害されていくのです。彼もエリヤの戦いを戦ったのです。
・もう一つの例を近代中国の歴史に見てみます。中国の毛沢東は権力を握ると、「大躍進政策」を始めました。1958年のことです。彼が求めたのは、今後数年間で米英の経済力を凌駕する鉱工業生産の拡大でした。しかし後進国であった当時の中国の技術水準を無視した大増産政策を行ったため、田畑は荒廃し、農産物生産は激減し、人々は飢餓に苦しみます。毛沢東の建国以来の朋友であった当時の軍事大臣・彭徳懐は政策の転換を進言しますが、逆に社会主義の裏切り者として投獄されました。中国では、この大躍進政策により3年間で3千万人~6千万人が餓死したと言われています。指導者の神格化=偶像礼拝は社会を大きな惨劇に陥れます。ですからこの偶像礼拝とは徹底的に戦わなければいけないのです。
・今日バプテスマを受けられた兄弟が十数年間も求められたのも、ある意味で偶像の神でした。何とか治りたい、眼が再び見えるようになりたいとの願いの中で兄弟は神を求められました。しかし私たちの願望をそのままに叶えてくれるような神はいないし、神とはそのような存在ではない。兄弟はそのことに気づかれた、そして「目が見えなくなればその時に必要な力をいただければ良い」として、病気を受容され、バプテスマを受けて自分に与えられた重荷を背負って生きる決心をされたのです。兄弟もまた偶像礼拝と戦って勝利された。今日、偶像礼拝と戦ったエリヤの生涯を振り返る記事が与えられたのは、単なる偶然ではないと思います。

3.イスラエルの戦車よ、その騎兵よ
・今日の招詞にイザヤ31:1を選びました。次のような言葉です「災いだ、助けを求めてエジプトに下り、馬を支えとする者は。彼らは戦車の数が多く、騎兵の数がおびただしいことを頼りとし、イスラエルの聖なる方を仰がず、主を尋ね求めようとしない」。イザヤの時代、世界帝国アッシリアがパレスチナを占領しようとして侵入し、北イスラエルを滅ぼし、南王国ユダにも攻めて来ました。国民は動揺し、人々はエジプトの援軍を求めました。しかし、イザヤは「北イスラエルもエジプトの助けを求めたが、援軍は来ず、アッシリアに滅ぼされた」ではないかと指摘し、エジプトの援軍があてにならないと伝えます。何故なら「エジプト人は人であって、神ではない。その馬は肉なるものにすぎず、霊ではない」からです(イザヤ31:3)。イザヤは「神の約束を信頼して静かに待て」と言いますが、人々は聞きません。目の前に敵の大軍を見た時、人は恐怖のあまり対抗できる軍事力を求めるのです。イザヤはそれこそ「偶像」だといいます。実際、エジプトは反アッシリア同盟を結びながら、いざアッシリアの大軍が来ると救援の兵を出しませんでした。同盟国は自国の存亡をかけてまでも他国の救済をしないのです。これは今の日本の外交を象徴している出来事のような気がします。日本は米国と安保条約を結び、沖縄その他に基地を提供して有事の備えとしていますが、いざという時には同じ結果になるでしょう。アメリカの軍事力もまた偶像であることをわきまえることは大事だと思います。
・最後に生涯を偶像と戦ったエリック・リデルを紹介したいと思います。エリック・リデルはスコットランド人宣教師の子として中国天津に生まれ、ロンドンの寄宿学校に学びました。身体能力に優れ、ラグビーではスコットランド代表、陸上選手としても短距離のタイトルを独占するほどでした。彼はエディンバラ大の学生であった1924年、パリ・オリンピックに100m走選手として出場する機会を与えられます。しかし、100m走の予選日が日曜日だったため彼はエントリーを断念します。クリスチャンとして安息日である日曜日には競技をしないというのが彼の信念だったからです。エリックは代わりに400m走に出場します。この種目での国際経験もなく、一番外側のコースという不利な条件にも関わらず、彼は世界新記録で金メダルを獲得しました。彼の生涯を描いた映画「CHARIOTS OF FIRE(日本題「炎のランナー」)はエリヤの昇天時に現れた「火の戦車」から採られています。「火の戦車」のように、神の栄光を現すために、凄まじいまでの気迫でレースを走った彼の姿を象徴する題です。
・オリンピック後、エリックは再び重大な決断をします。金メダリストとしての栄光を捨てて、中国へ宣教師として向かうことにしたのです。やがて第2次世界大戦が始まり、エリックは中国を占領した日本軍の強制収容所に送られます。彼は収容所において、親と離れ離れになった子どもたちの友となり、父となりました。その時の子供一人がスティーブン・メティカフです。彼も両親が宣教師として滞在していた中国で生まれ、大戦中は日本軍の収容所に入れられ、収容所でエリックに出会います。収容所での日本兵のむごい仕打ちを見せつけられ、メティカフを始め少年たちが、その行為をどうしても赦すことが出来なかった時、エリックはこう言ったそうです「聖書には『迫害する者のために祈りなさい』と書いてある。ぼくたちは愛する者のためなら、頼まれなくても祈る。しかし、イエスは愛せない者のために祈れと言われた。だから君たちも日本人のために祈ってごらん。人を憎む時、君たちは自分中心の人間になる。でも祈る時、君たちは神中心の人間になる。神が愛する人を憎むことはできない。祈りは君たちの姿勢を変えるのだ」。
・「聖人のような人物だった」とメティカフはエリック・リデルを評します。リデルは収容所で43才という若さで死にます。メティカフはその時、「もし僕が生きてこの収容所を出られる日が来たら、きっと宣教師になって日本に行きます」と祈ったそうです。そして神は確かにその祈りをお聞きくださり、数年後、メティカフは宣教のために日本へと向かい、38年間を日本に捧げることになります。ここにも「エリヤと弟子エリシャ」がいます。私たちの教会の長期目標はこのエリヤやエリシャのように、主の使命に生きる人々を育てることにあります。そのために私たちは建築物としての限界を超えたこの旧会堂を壊し、今後50年間は安心して用いることのできる新会堂建築に向かうのです。私たちは神から与えられた使命をより良く果たすためにこの会堂を建てるのです。

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