江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2010年12月19日説教(ローマ15:1-13、互いに相手を受け入れなさい)

投稿日:2010年12月19日 更新日:

1.愛における一致
・今日はクリスマス礼拝の時です。クリスマスは、クライスト・マス、キリストのミサ、キリストが来られたことをお祝いする時です。「神の子が人としてこの世に来られた」、その日をお祝いする時です。「神の子が人として来られた」、これは私たち人間の理解を超える意味を持ちます。その理解を超える出来事を、多くの人たちが「自分たちの出来事」として受け入れ、祝います。キリストが来られたという出来事が何故多くの人にとって自分たちの出来事になるのか、今日はローマ15章を通して、このクリスマスの意味を考えて行きます。
・ローマの教会ではユダヤ人信徒と異邦人信徒の間に対立がありました。信仰的背景の違う人が集まればそこに対立が生じるのは当然です。パウロはそのローマの信徒に対して「信仰の弱い人を受け入れなさい。その考えを批判してはなりません」(14:1)と書き送ります。ユダヤ教の伝統の中で育った人々は、「汚れたものを食べてはいけない」と考え、神殿に捧げられた肉を食べませんでした。他方、食物禁止のない異邦人信徒たちは、「すべての食べ物は神の恵みであり、肉を食べてもかまわない」として、食べない人を「信仰の弱い者」と呼んで蔑んでいました。パウロ自身は肉を食べてもかまわないと考えていましたが、そのことによって躓く人がいれば食べるのをよしなさいと異邦人信徒を戒めます。何故ならば「神の国は飲み食いではない」(14:17)からです。
・15章ではその問題が更に深掘りされています。彼は言います「私たち強い者は、強くない者の弱さを担うべきであり、自分の満足を求めるべきではありません」(15:1)。信仰の強い者、すなわち旧い慣習や伝統から自由にされた者は、まだ過去に縛られている「信仰の弱い人」に配慮する必要があると彼は言います。彼は続けます「おのおの善を行って隣人を喜ばせ、互いの向上に努めるべきです」(15:2)。人は自分を喜ばせるために生きるのではなく、他者を喜ばせるために生きる。何故ならば「キリストも御自分の満足はお求めになりませんでした」(15:3)からです。イエスの生涯は他者のためにそしりを受ける生涯でした。イエスは病の癒しをされましたが、多くの場合、当時の社会において罪人、穢れた者とされていた人々を癒されました。らい病を患う人に対し、イエスは「深く憐れみ」、「手を差し伸べてその人に触れ」、「清くなれ」と宣言し、癒されます(マルコ1:40-45)。一人息子の死を悲しむ母親を「憐れに思い」、当時の禁忌に逆らって「棺に手を触れ」、彼を生き返らせます(ルカ7:11-17)。「癒し」の行為は、禁止されていた安息日にも行われました(マルコ3:1-6)。このことが示しますことは、イエスは自らが痛む(そしりを受ける)ことにより、病む者たちの痛みを共有されということです。
・パウロがここで言うのは、この他者のためにあえてそしりを受けられたイエスを信じるあなた方が、自分は正しいとして他者といがみ合うのはおかしいではないかということです。パウロは書き送ります「忍耐と慰めの源である神が、あなたがたに、キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせ、心を合わせ、声をそろえて、私たちの主イエス・キリストの神であり、父である方をたたえさせてくださいますように」(15:5-6)。

2.互いに相手を受け入れなさい
・そして私たちは、今日のテキストの中心の言葉、15章7節と出会います「だから、神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい」。教会にはいろいろな人が集まります。育ってきた背景も、世代や階層も異なりますので、意見や考えの違いが生じるのは当たり前です。そのことを克服する道を初代教会は「キリストへの服従」の中に見出しました。このローマ15章7節は、D.ボンヘッファーが「最もすばらしい結婚式の聖句」と賞賛したことでも知られています。ボンヘッファーは、ヒトラーの支配に抵抗して逮捕されたドイツの牧師です。彼は1943年4月に逮捕され、2年間の投獄の後、1945年4月に処刑されます。その獄中で彼は姪のレナーテが親友のエバハルト・ベートゲと結婚することを知らされ、二人のために結婚式の説教を書いて贈ります。
・この説教の中で、彼は先ず「神は、あなた方の結婚生活の基礎としてあなたがたにキリストをプレゼントされます」と述べ、その後でこのローマ15章7節を引用して言います「『キリストも私たちを受け入れて下さったように、あなた方も互いに受け入れて、神の栄光を表すべきである』。一言で言えば、あなたがたの多くの罪が赦されている、その赦しの中で一緒に生きなさいということです。それなしにはいかなる人間の交わりも、ましていかなる結婚も決して長続きするものではありません。互いに相手に対して権利を主張せず、互いに相手を批判したり、裁いたりせずに,互いに相手を見下さず、決して相手に責任を押し付けず、あるがままに相手を受け入れて、日々、そして心の底から赦し合いなさい」(D.ボンヘッファー「獄中書簡」53ページ)。彼は捕えられて死刑になるかもしれない状況の中で、他者のために祈り、お祝いの言葉を送ります。そのお祝いの言葉がローマ15章7節でした。「キリストも私たちを受け入れて下さったように、あなた方も互いに受け入れなさい」、赦しと受容、ここにキリストに従う喜びを知った者の生き方があります。

3.もう一人の賢者
・今日の招詞にマタイ25:40を選びました。「赦しと受容」の問題をクリスマスの光の中で見るためです。次のような言葉です「そこで、王は答える『はっきり言っておく。私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのである』」。イエス降誕の折、東方の三博士がやって来て贈り物を捧げ、イエスを拝したという記事がマタイ2:1~12にあります。この「博士」あるいは「賢者」と訳される「マゴイ」(マギの複数形)の原義は祭司、魔術師です。聖書には東方から来た博士の人数は書かれていませんが、「三人」とするのは黄金・乳香・没薬の3つの贈り物からとされていますが、伝承ではもう一人の賢者がいたそうです( ヘンリー・ヴァン・ダイクがこの伝承を “The Other Wise Man(もう一人の賢者)”として短編小説にしています)。
・ペルシアのエクバタニアという町にアルタバンという人がいました。彼はマギと呼ばれたゾロアスター教の祭司でした。アルタバンは仲間のマギに言います「もうすぐ三人の博士たちと合流し、イスラエルに王として生まれると約束されたお方に会いに行く」。彼は持っているものを全て売り払い、三つの宝石を買いました。サファイア、ルビー、真珠で、それらを王にお捧げするためです。アルタバンの旅は始まりました。ニムロデの丘で三博士と会い、エルサレムまで旅をする予定です。所が、寺院の近くまで来た時、彼は道に横たわって死にかけている男に出会います。アルタバンは祭司であると同時に医者でもあったため、足をとめ、男を介抱します。治療はうまくいき、男は回復しました。しかし、アルタバンが急いで待ち合わせ場所に着いた時には、三人の博士たちは既に去った後でした。
・彼は仕方なくサファイアを売り、ラクダの列と食料を買って旅を続けることにしました。 彼がベツレヘムに着いた時、ある家のドアが開いていて、母親が子供に子守唄を歌うのが聞こえました。母親は、ベツレヘムに三人の博士が来てから今日で三日経ち、博士たちはヨセフとマリアと赤ん坊を探し出し、贈り物を足元に置いて、姿を消したということでした。また赤ん坊はその夜、両親と共にひそかにエジプトに逃げたとのことです。その時、突然、外で騒ぎが起こりました。女たちが叫んでいました。「ヘロデ王の兵隊が子供たちを殺している」と絶叫する声がします。アルタバンが外に出ると兵隊が血の滴る剣と血まみれの手で、なだれ込んでくるのが見えます。隊長がこの家に差し掛かると、アルタバンは彼を止め、「ルビーをやるからこの親子を見逃してくれ」と頼みました。 幸いにも子どもの命は助かりますが、彼は贈り物の二つ目を失くしてしまいました。
・やがて33年が経ち、年老いて病身となったアルタバンは、自分が探し続けたメシヤが十字架にかけられて死ぬ直前にあることを知ります。彼は手元に残っている最後の贈り物、真珠を用いて救い主の命を救おうとしますが、ゴルゴタの丘に行く途中でまた困難に巻き込まれます。兵士に引きずられてきた奴隷の少女が兵士から逃げ、アルタバンの足元に逃げて来たのです。彼は最後の宝石、真珠を取り出し、兵士に渡します。「この真珠で娘の命を助けて下さい。これは、王にささげるためにもっていた最後の宝石です」。アルタバンがそう言っている時、大きな地震が起こり、屋根瓦が彼を直撃します。アルタバンは、死が近いことを知ります。もう王を探すことはできない、王を探す旅は終わりをつげ、彼は約束を遂げられませんでした。少女が、この死にかけの老人を抱きかかえると、優しい声が聞こえ、アルタバンの唇がかすかに動くのが見えました「ああ、主よ。お会いしたいとお探ししましたが、お許しください。贈り物をお持ちしたかったのですが、今は何もありません」。
・その時、声が聞こえました「アルタバン、おまえは既に私に贈り物をくれた」、 「主よ、どういうことですか」。はっきりとした声がまた聞こえました「私が飢えていた時、おまえは食べ物をくれた。私が渇いている時、おまえは飲み物をくれた。裸でいた時、着るものをくれた。家がなかった時、おまえは私を家に通してくれた」。「いいえ、そうではありません、救い主よ。あなたが空腹だったところ、渇いたところを見たことがありません。服を着せて差し上げたことも、家にお招きしたこともありません。33年間、あなたを探し続けましたが、お顔を見ることも、お世話することもありませんでした。わが王よ、お会いしたのは今が初めてです」。声は答えます「最も小さき私の兄弟たちにしてくれたことは、私にしてくれたのと同じなのだ」 。アルバタンは少女にささやきました「聞こえたかい。主がおっしったことが。私は王を探しあてた。王を見つけた。そして王は私の贈り物全てを受け取られた」。長い、安堵の息が、アルタバンの唇から静かにもれました。彼の旅が終わりました。彼の宝物は受け取られました。 もう一人の賢者が王を見出したのです。
・この話の真偽はわかりません。単なる伝承かもしれません。「現実はそんなに甘くない、キリストが来られても人間は殺し合いを止めることが出来なかったではないか」、「アメリカの教会では白人と黒人は別の教会を形成して共に礼拝しない。どこに教会の一致があるのか」、そのような批判は成立しうるでしょう。それにもかかわらず、この話は大事なメッセージを私たちに伝えています。先日NHK/BSで「ミッション」という番海を見ました。チャイルド・ドクターという仕組みを用いてケニアの病気の子供たちを支援している宮田久也さんを紹介した番組です。ケニアでは、12%の子どもたちが5歳の誕生日を迎えることなく亡くなっています。子どもたちの多くが、貧困が原因で医者にかかれず、下痢やマラリア、肺炎など治療可能な病で亡くなっていっています。そこで彼は、1ヶ月1000円の継続支援というチャイルド・ドクター制度(里親制度)を作り上げました。彼がケニアに行ったきっかけは、カナダに留学中、地下鉄で暴漢にナイフで襲われ胸部4箇所の傷を負った体験にあります。「誰の為に何もせずに死ぬのか」と思い、その後の人生で「人の役に立つこと」をしたいとして、大学卒業後は、NPOの支援母体である医真会八尾総合病院(大阪府八尾市)からNPOチャイルド・ドクター・ジャパン(ケニア事務所)に出向します。しかし、アフリカへやってきたものの、問題は山積し成果のあがらない毎日に疲れ、渡航から数年後には帰国を決意します。その折、最後にと訪れた支援地域のスラムで、かけ寄ってくる子ども達に癒され、それまで支援の対象と思っていた子ども達に自分が力づけられていることに気付かされます。これにより支援を受ける子ども達だけでなく、支援者の満足度を高めることによって長期的に継続した支援の形を可能にしようとしてチャイルド・ドクターという制度を作り上げて行きます。ここにも「もう一人の賢者」がいました。「神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい」という言葉に従って生きる人が一人でもいる限り、何かが変わるのです。そのような信仰を持って教会を形成したいと夢想する時が、クリスマスの時なのです。

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