1.イエスはヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムで生まれられた
・年の初めの主日礼拝を、教会は公現日礼拝として祝います。公現(エピファネイア)とは「現れる」との意味です。伝承では、クリスマスから12日目の1月6日に、東方から三人の博士たちが不思議な星に導かれて幼子イエスの下に来て、礼拝したとあります。そのことによって、「神がイエスという人間の形をとって現れて下さったことが明らかになった」、それを喜ぶ時が公現日です。三人の博士たちの訪問伝承を伝えるものが、今日読みますマタイ2章の記事です。マタイは記します「イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来た」(2:1)。
・占星術の学者とは今日の言葉で言えば天文学の学者です。当時は占星術が盛んで、人々は天体の異変を見て未来を知ろうとしました。アレキサンダーが生まれた時、天に異変があり、占星術師が「アジアを滅ぼす者が生まれた」ことを告げたと言われています。またイエスの生誕は紀元前7年とされていますが、この年に土星と木星が接近して異常な輝きを示したことが文献で確認されており、その現象は数百年に一度の出来事であることから、天文学者ケプラーはキリストの生誕年を前7年と推定し、現在に至っています。マタイは、この星を東方の占星術師たちが見て、「パレスチナに世界を救う王が生まれた」と示されて、その星を追ってユダヤに来たと記します。
・占星術の学者たちはユダヤに王が生まれたのでれば、ヘロデ王の王宮に違いないとして、エルサレム王宮を訪ねました。彼らは王宮を訪ねて聞きます「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです」(2:2)。「ユダヤ人の王」という占星術師たちの言葉は、ヘロデを不安にしました(2:3)。ヘロデはイドマヤ出身の異邦人であり、ローマ軍の後押しを受けてユダヤの王になりましたが、民衆の支持はありませんでした。ヘロデは正当性を保つためにユダヤのハスモン王家の血を引く女性を妻にむかえますが、彼女が自分を殺そうとしているとの猜疑心にかられ、妻を殺し、妻の母や兄弟を殺し、三人の子をも反逆の疑いで処刑しています。このようなヘロデですから、占星術師たちの言葉に自分の王位を脅かす者の出現を予感し、不安になったのです。
・彼は「メシアは何処に生まれるのか」と祭司長たちに質しました。祭司長たちはミカ書の預言から、それはベツレヘムであると答えます。ミカは預言していました「ユダの地、ベツレヘムよ、おまえはユダの君たちの中で、決して最も小さいものではない。おまえの中から一人の君が出て、わが民イスラエルの牧者となるであろう」(2:6)。新しい王の誕生を聞いて、エルサレムの指導者たちも不安を感じたとマタイは記します(2:3)。現状に満足する者にとって神の子の出現は現状の否定であり、不安をもたらしたのです。祭司長たちはメシアがベツレヘムで生まれるとの預言を知り、今またメシアが生まれたとの報告を聞いても、誰も礼拝に行こうとはしません。
・占星術師たちはベツレヘムを目指してエルサレムを出発します。東方でみた星が彼らに先立って進み、彼等はイエスとその両親が住む家に導かれ、幼な子を拝し、黄金・乳香・没薬を献げたとマタイは記します(2:11-12)。その後、「ヘロデのもとに帰るな」という啓示を受けたため、彼等は別な道を通って故国に帰って行きました。他方、御使いはイエスの父ヨセフに現れ、「ヘロデが命を狙っているのでエジプトに逃げよ」と指示し、ヨセフはマリアと子イエスを連れてエジプトに逃れたとマタイは記します(2:13)。マタイはその後ヘロデがベツレヘムに軍隊を派遣し、2歳以下の男子を全て殺し、ベツレヘムには子が殺されたことを嘆く母親の泣き声が鳴り響いたと記します。
2.信仰の視点から見えてくること
・ここにマタイが記しますことは、彼が受けた伝承です。その伝承は、三人の占星術師がイエスを礼拝するために訪問した、ヘロデがそれを聞いて不安になり幼子の命を狙ってベツレヘムで子供たちを虐殺した、危機を告げられたイエスの両親が幼子を連れてエジプトに逃れたという内容が含まれていました。現代の私たちは、この伝承が歴史的な出来事であるのかどうかの検証はできません。しかし、そもそも出来事の歴史性を問うことは無意味なことです。何故ならば、マタイは歴史を記述しているのではなく、彼の受けた伝承を信仰の視点から記述しているからです。従って私たちも、信仰の視点からこの物語を聞くことにします。
・信仰の眼で見て気づくことの最初は、マタイは「イエスを新しいモーセとして描いている」ことです。当時メシア出現の期待があり、人々は「モーセとアロンが過越しの夜に人々を救う召命を受けたように、メシアの時にも過越しの夜に救われるであろう」と考えていました。マタイは「イエスがエジプトに逃れられ、ヘロデの死後、イスラエルに戻り、ナザレに住まれた」と記述しますが、これは明らかにイエスこそ新しいモーセ、解放者であるとの信仰の告白です。モーセはエジプト王から殺されようとしますが、神はモーセを救い出され、モーセは解放者としてイスラエルの民をエジプトから救い出します。同じように、ユダヤ王ヘロデはイエスを殺そうとしてこれを果たせず、イエスは解放者として人々を罪の縄目から救い出されたとマタイは言っているのです。
・信仰の眼から見て第二に見えてくることは、「神が御子をエルサレムではなく、ベツレヘムで生まれさせられた」ことの意味です。ベツレヘムはエルサレムの南10キロにある小さな町です。その小さな町でイエスは生まれられ、その小さな町でイエスに対する最初の礼拝が行われました。他方、エルサレムは神の都とされた大きな町ですが、その大きな町では誰も新しい王の誕生を喜ばず、逆に新しく生まれた王を殺すための軍隊の派遣が準備されています。30年後、この町はイエスを捕らえて十字架につけます。エルサレムはイエス生誕の時にも、死の時にも、イエスに敵対し迫害を加えた町です。エルサレムではなくベツレヘムに、人間の都ではなく神の平安の中にキリストは生まれられたとマタイは言っているのです。
・信仰の眼でみた第三の、そして最も大事だと思われる視点は、イエスを神の子として最初に拝んだのはユダヤ人ではなく、異邦人であったとの告白です。神の民とされたユダヤ人の政治指導者は、「新しい王が生まれた」との知らせに自分の地位を脅かす存在を感じ、これを殺そうとしました。民を導くために立てられたユダヤ人の宗教指導者たちは「新しい王が生まれた」との知らせに何の感動も覚えず、逆に不安を感じます。他方、神の民ではないとされた異邦人たちは「パレスチナに世界を救う王が生まれた」との知らせを受けて、数千キロの道のりを旅して、幼子を礼拝するために来ます。このことを通してマタイは、神はユダヤ人だけの神ではなく全ての人の神であり、イエスの救いは民族の壁を超えて全ての人にもたらされることを告げています。
3.拒絶する者と受入れる者
・今日の招詞にヨハネ1:11-12を選びました。次のような言葉です「言は、自分の民のところへ来たが、民は受入れなかった。しかし、言は、自分を受入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた」。神の民となるべく養育されてきたユダヤ人はイエスを拒絶しましたが、異邦人はイエスを受け入れ、その結果救いが全人類に及ぶようになったとのヨハネの信仰告白の言葉です。マタイがその福音書の2章で述べている事柄をヨハネは別の視点から告白しています。
・私たちは20世紀を終えて、21世紀に生きています。20世紀は「科学と技術の世紀」と言われました。科学技術の進歩により私たちの寿命は延び、人口は増え、豊かになりました。しかし私たちは幸福にはなっていません。何故ならば、科学技術の進歩は他方で大量殺戮兵器を生み出し、この兵器を用いて人間は殺し合いの規模を拡大させていったからです。20世紀はまた「戦争と殺戮の世紀」でもあります。二度の世界大戦を経験したにもかかわらず、人類は戦争を、民族の争いを乗り越えることが出来ません。現在も争いは繰り返され、イラクやアフガニスタンでの戦争は、テロとの戦いの枠を超え、白人とアラブ人の、キリスト教徒とイスラム教徒の民族紛争の様相を強めています。異なる民族の争いはパレスチナにおいても、アフリカにおいても繰り返されています。戦争の多くは民族紛争です。人間は民族の壁を乗り越えることが出来ない、それは人間が民族を超える神の存在を受入れることを拒否したからだと聖書は言います「言は、自分の民のところへ来たが、民は受入れなかった」。
・しかし少数の異邦人はこの神を受入れました。そして「言は、自分を受入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた」。自分を超えるもの、民族を超える神を見出したとき、人は初めて自分と異なるものを受入れることが出来ます。人が自分の主張や思想から解放されない限り、人は他者を受入れることが出来ず、他者と争いを繰り返さざるを得ません。どうすれば自己から解放されるのか、それは全ての人の神である方を受入れることしかありません。パウロは肉を食べることが信仰的に許されるのか許されないのかを争うローマの教会に手紙を送って言いました「あなたの食べ物について兄弟が心を痛めるならば、あなたはもはや愛に従って歩んでいません。食べ物のことで兄弟を滅ぼしてはなりません。キリストはその兄弟のために死んでくださったのです」(ローマ14:15)。同じキリストを信じる故に、異なる考えを持つ者も和解できるとパウロは言います。
・キリストは私のために死んでくださいましたが、同時に私たちが争う他者のためにも死んで下さいました。そのことを知る時、初めて他者との和解が可能になります。キリストが来て下さいましが、多くの人はキリストを受入れることなく、拒絶しました。その結果、人々は果てしない争いを続けています。しかし少数の者たち、私たちはキリストを受入れました。神は私たちを和解のための器として選んでくださったのです。アッシジのフランシスの祈りを思い出してください。彼は祈りました「主よ、私を平和の器とならせてください。・・・ああ、主よ、慰められるよりも慰める者としてください。理解されるよりも理解する者に、愛されるよりも愛する者に。それは、私たちが、自ら与えることによって受け、許すことによって赦され、自分のからだをささげて死ぬことによって、とこしえの命を得ることができるからです」。私たちは和解の器としての使命を神から与えられています。私たちは和解の福音を宣べ伝えるために、今日この教会に集められています。