江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2008年5月10日葛西集会説教(創世記11:1−9、バベルの塔からペンテコステへ)

投稿日:2008年5月10日 更新日:

1.バベル崩壊の出来事と私たち

・今、私たちは聖霊降臨日(ペンテコステ)を前にしています。ペンテコステとは50の意味です。過越しの祭りの時に、十字架に死なれたイエスは三日後に復活され、40日間、弟子たちと共におられたと使徒言行録は記します(1:3)。復活のイエスは弟子たちに命じられました「エルサレムを離れず、前に私から聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。・・・あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられる」(使徒1:4-5)。弟子たちは祈って待ち、過越し祭りから50日目、五旬祭の日に弟子たちに聖霊が下され、弟子たちはいろいろな国の言葉で語り始めました。弟子たちの話を聞いて、多くの者が悔改め、イエスの名によるバプテスマを受けました。ここに教会が生まれていきます。ペンテコステとは、弟子たちが聞く者にわかる言葉で語り始めた、言葉の奇跡が行われた出来事です。このペンテコステの出来事は、創世記11章にあります「バベルの塔の物語」を共に読む時に、新しい意味を持ってきます。バベルの塔の物語は、人間の罪に対して神が裁きとして言葉を散らされた(バラル)物語です。その散らされた言葉がペンテコステにおいて再び集められたと理解するのです。今日は創世記11章を読みながら、ペンテコステの意味を考えて見ます。
・創世記は6章からノアの洪水の物語が始まります。人間の悪を滅ぼされるために、神が洪水を起こされた話です。しかし、神はこの裁きの中にも救いを用意されました。ノアとその一族の救済です。そのノアから三人の息子が生まれます。セム、ハム、ヤペテです。10章はノアの子孫の系図ですが、息子の一人ハムからニムロドが生まれます。「クシュにはまた、ニムロドが生まれた。ニムロドは地上で最初の勇士となった。・・・彼の王国の主な町は、バベル、ウルク、アッカドであり、それらはすべてシンアルの地にあった」(創世記10:8-10)。シンアルの地とはバビロニアのことです。ニムロデはバビロニアの王となり、その権勢を誇って高い塔を建てようとしたと創世記11:3-4は語ります「彼らは『れんがを作り、それをよく焼こう』と話し合った。石の代わりにれんがを、しっくいの代わりにアスファルトを用いた。彼らは、『さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう』と言った」。こうして完成したのがバベルの塔です。
・メソポタミヤの考古学的発掘調査により、シュメールの複数の町で最上階に神殿を築いた巨大な方形の塔が見出されました。それらは山を模した人工丘で、おもに日干しれんがとアスファルトを使用して作られており、ジッグラトと呼ばれます。バビロンで見つかった粘土板に楔形文字で記された物語によれば、この地の塔の土台は幅と奥行が約90メートル、高さは神殿自体も含めて100メートルほどあったということです。バベルの塔のモデルになったのは、このジグラットではないかといわれています。イスラエルの人々は、廃墟となった塔を見て考えました。何故、この塔は廃墟となったのか、神がバビロニアの悪を戒めるために廃墟とされたのではないか、そのようにして、バベルの塔の物語が生まれたとされています。この物語が「ノアの洪水」の記事の後に出てくることは象徴的です。バビロニアはチグリス・ユーフラテスの流域に建てられた国、おそらくは何度も洪水によって散らされた。だからニムロデは言います「天まで届く塔のある町を建て・・・全地に散らされることのないようにしよう」。

2.神のようになろうとする人を神は砕かれた(11:5−9)

・天にまで届く塔を建てようとする人間の思いを神は砕かれます。「主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、言われた。『彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう』」(創世記11:5-7)。
・創世記によりますと、青銅や鉄を人間が見出したのは、レメクの子トバルカインの時であるといわれています。このレメクは弟を殺して追放され、エデンの東に住んだカインの末裔です。創世記は記します「チラもまたトバルカインを産んだ。彼は青銅や鉄のすべての刃物を鍛える者となった」(創世記4:22・口語訳)。刃物を鍛える、人類最初の発明は、人を殺す為の銅や鉄の精錬であったのです。トバルカインの父親のレメクは言いました「私は傷の報いに男を殺し、打ち傷の報いに若者を殺す。カインのための復讐が七倍なら、レメクのためには七十七倍」(創世記4:23-24)。れんがやアスファルトを用いて城砦が建てられます。敵の攻撃から身を守るためです。人がその文明を用いて造ったものは、敵を殺傷するための刃物であり、敵から身を守る為の城砦であったのです。
・創世記1-11章の原初史が記すのは、人間が神から離反していく歴史です。最初にアダムが神に逆らうという罪を犯し、楽園から追放されます。アダムの子カインは弟を殺して荒野へ追放されます。カインの末裔レメクは自分を守るために敵を殺すと豪語します。神は洪水を起こして、人々を戒めました。しかし、洪水後の人々は再び、神のようになろうとしてバベルの塔を立てるようになります。前にお話しましたように、この塔はジッグラト、城壁で囲まれた町の中心にある守護神を祭るための神殿でした。ノアの洪水の後、神はノアと息子たちと契約を結んで言われます「私があなたたちと契約を立てたならば、二度と洪水によって肉なるものがことごとく滅ぼされることはなく、洪水が起こって地を滅ぼすことも決してない」(創世記9:11)。しかし、ニムロドはこれを信じることが出来なかった。そして自分の身を守るために城砦を築き、その中心に偶像の神を祭る高い塔(神殿)を造った。ある注解者は指摘します「創世記記者にとって、バベルの塔はバビロニア社会の目に見える象徴であったと思われます。ピラミッド型の身分制度、階層社会、その上に立つ王の専制支配、人間の奢り高ぶりの象徴であったのです。・・・バベルの塔は人間が神なしで生きていこうとする生き方の象徴です。そのような人間の悪に対する裁きが混乱(バラル)でした」(高柳富夫『今聖書を読む』から)。

3.散らされた言葉が再び集められた

・神はバベルの塔を壊されました。その結果、言葉が乱され(バラル)、人々は全地に散らされ、互いに言葉が通じない存在になって行きました。しかし、神は洪水からノアの一族を救われたように、バビロニアの地から一人の人を選び出し、彼を通して、人々を救おうとされます。それが創世記12章から展開されるアブラハムから始まるイスラエル民族の歴史です。アブラハムの父テラはカルデアのウルの出身です(創世記11:28)。カルデアはメソポタミアの別名です。新しい救済の物語がここから始まります。裁きは滅ぼしではなく、救いの始まりなのです。そしてこのアブラハムの末裔から、イエス・キリストがお生まれになりました。そしてイエスが地上の生涯を終えられ、昇天された時に、神はその弟子たちに聖霊を下されました。その聖霊が臆病な弟子たちに語る力を与え、その言葉は大勢の人々の心を揺り動かし、回心させ、バプテスマ者を生んでいきました。
・神の霊はちりに命の息吹を吹き込み、人間を創造しました(創世記2:7)。今また、霊は臆病であった弟子に命を吹きいれ、大胆に語る賜物を持った新しい人間を創造しました。その言葉は人々に伝わった、それがペンテコステの日に起こった出来事です。言葉による交わりが回復されたのです。人が神を忘れ、自分の力で物事を成そうとする時、その思いは自己中心になり、相手は敵になり、言葉が通じなくなります。しかし、キリストの十字架を通して、自己中心の思いが砕かれ、相手との交わりが始まった時に、言葉は再び通じるようになります。私たちはこの言葉を携えて新しい伝道を開始します。
・ペンテコステとは50と言う意味です。過ぎ越し祭りから50日目の五旬祭は、もともとは小麦の収穫を感謝するお祭りでした。小麦の収穫を感謝し、その初物を主に捧げる日です。その日に、聖霊が降されたことは、これから始められる教会の伝道の働きが、豊かな刈り入れと収穫を期待することができることを意味しています。今日、私たちは舞浜伝道所のあった葛西地区で始めての礼拝を持っています。20年前に舞浜伝道所はこの葛西地区にあります、なぎさニュータウンの家庭集会を基盤に設立されたと聞いています。しかし、諸般の事情から、伝道所の活動は休止されました。それは神がバラル(散らされた)と理解することも出来ます。しかし、神は散らされたものを再び集めてくださる方であることを、私たちはペンテコステの物語から知ることが出来ます。神はバベルにおいて傲慢な民を散らされると同時に、その民の中からアブラハムを召し出し、新しい救いを開始されます。舞浜伝道所も散らされましたが、数人の方を残してくださいました。その残された人々が核になって、私たちは新しい道を歩き始めるのです。

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