1.迫害を通して福音が広がる
・ペンテコステの日に弟子たちは聖霊を受け、「救いの時が来た」と宣教を始めました。弟子たちの宣教を聞いて悔い改める者が現れ、教会が生まれ、人々は共に祈り、宣教を続けました。その結果、日々信じる者が与えられ、教会の群れは成長していきます。ユダヤ教当局者は教会の成長を喜びませんでしたが、積極的な迫害はしませんでした。使徒たちはまだユダヤ教の影響下にあって、神殿礼拝を大事にしていたからです。しかし、群れが拡大するに従い、神殿批判を行う弟子たちも出てきました。ステパノやピリポのような、ギリシャ語を話すユダヤ人たちは、「神は人の造った神殿には住まわれない。本当の神殿はイエスを信じる者の心の中にある」と主張するようになりました。彼らはデイアスポラと呼ばれる海外生まれの帰還ユダヤ人たちです。彼らは、広い世界を体験していますので、過去のしがらみから自由な信仰を持ち、ユダヤ教の枠の外に出ようとしていました。
・神殿に敬意を払う使徒たちには我慢できたユダヤ教当局者も、神殿を否定するステパノたちには我慢が出来ません。指導者たちは民衆を扇動してステパノをリンチにかけて殺し、それを契機にエルサレム教会内の自由主義者に対する迫害が始まりました(8:1)。多くの人がエルサレムを追われてユダヤとサマリアの各地に散って行きました。彼らは行った先々で御言葉を述べ伝えました。勢いづいて暴れまわる迫害者を前に、信仰者たちは為すすべもなく散らされていきますが、その散らしを通じて、福音がエルサレムからユダヤ各地に広がって行ったのです。神は迫害という災いさえも、良いことにお用いになる方です。
・エルサレムを追われた弟子の一人がピリポです。彼はサマリアに逃れてその地で福音宣教を行い、多くの者をバプテスマに導きました。そのピリポを通して、今度は福音が異邦人世界にも伝えられていきます。福音がどのようにして、ユダヤ人という隔てを超えて異邦人に述べ伝えられていったかを記すのが、本日共に読みます、使徒言行録8章の記事です。
2.異邦人との出会い
・エルサレムを追われたピリポは、サマリアの町に下り、人々にキリストを宣べ伝え、多くの回心者が与えられました(8:12)。その彼に新たな神の召しがあります。8章26節です「主の天使はフィリポに、ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行けと言った。そこは寂しい道である」。「寂しい道である」と訳されている箇所の原文は、「荒野であった」です。当時、ガザは海沿いに新しい町が立てられ、古い町はさびれていました。ピリポが行けと命じられたのはその寂しい道、荒野の、誰も通りそうもない道でした。伝道は通常は人の多いところでなされます。しかし、行けと命じられたのは荒野であり、人がいるとは思えません。それでもピリポは何も言わずに出かけました。
・その場所で、ピリポはエチオピア人に会います。エチオピア女王の財政顧問をしていた宦官がそこを馬車で通りかかったのです。彼はエルサレム神殿に巡礼のために来て、故国に戻るところでした。当時、離散ユダヤ人がローマ帝国の各地に住み、礼拝と伝道を行っていました。旧約聖書も公用語であるギリシャ語に翻訳され、異邦人の改宗者も出てきました。このエチオピア人も改宗ユダヤ教徒で、エルサレムから故郷に帰るところでした。彼は馬車の中でイザヤ書を読んでいましたが、異邦人の彼には理解が難しかったようです。ピリポが「読んでいることがお分かりになりますか」と声をかけたところ、エチオピア人は答えます「手引きしてくれる人がいなければ、どうして分かりましょう」。
・ピリポは一緒に馬車に乗り、彼が読んでいた聖書を手にとって読みました。次のような言葉でした「彼は、羊のように屠り場に引かれて行った。毛を刈る者の前で黙している小羊のように、口を開かない。 卑しめられて、その裁きも行われなかった。だれが、その子孫について語れるだろう。彼の命は地上から取り去られるからだ」(8:32-33)。これはイザヤ書53:7−8のギリシャ語訳聖書からの引用ですが、エチオピア人はこれが誰について言われているのかを理解できませんでした。その彼にピリポは言います「ナザレのイエスがこの世に来られ、十字架で死なれました。私たちはイエスが死なれた時、望みは絶えたと思いました。しかし、神はこのイエスを死からよみがえらせ、そのことを通じてイエスこそキリストであることを明らかにされました。私たちは復活されたキリストに出会ったのです。救いの時が始まったのです。この苦難の僕こそナザレのイエスで、彼を通して、私たちは救われるのです」。このピリポの熱心にエチオピア人はうなずき言いました「ここに水があります。私にバプテスマを授けて下さい」。彼はピリポからバプテスマを受けました。
・ここに初めて、ユダヤ人以外の異邦人がクリスチャンになりました。伝承によればこのエチオピア人は国に帰って人々に伝道し、多くの改宗者を得たと言います。今日、アフリカ諸国の多くはイスラム教国ですが、エチオピアだけは古くからキリスト教国でした。高官の改宗が影響しているのかも知れません。「ガザに下る道に行きなさい」という召命を受けてピリポは従いました。人間的に見れば荒野では何の収穫も期待できません。しかし、神はこのエチオピア人に福音を伝えるためにピリポを召し、荒野に遣わされました。まさに神の思いは人の思いを超えています。
3.望みをなくした者に希望を
・今日の招詞にイザヤ56:3を選びました。次のような言葉です。「主のもとに集って来た異邦人は言うな、主は御自分の民と私を区別される、と。宦官も言うな、見よ、私は枯れ木にすぎない、と」。ピリポからバプテスマを受けたエチオピアの高官はイザヤ書を読んでいました。当時の聖書は羊皮紙に筆記された巻物で、高価で、通常は会堂に備え付けられ、個人で買って読むものではありませんでした。彼はかなりのお金を払って、イザヤ書の写本を買い求めたのでしょう。何故、そうしたのでしょうか。その謎を解く言葉が今日の招詞の中にあります。そこには、異邦人や宦官は、今は主の会衆に加わることは出来ないが、時が来れば彼らも主の会衆に加わることが出来ると預言されています。彼はこの言葉の中に、一筋の希望を見出したのです。
・異邦人も改宗して割礼を受ければユダヤ教徒になることが出来ますが、彼は不可能でした。彼は宦官として去勢されており、割礼を受けることが出来なかったのです。申命記23:2には次のような規定があります「睾丸のつぶれた者、陰茎を切断されている者は主の会衆に加わることはできない」。宦官とは去勢されて王宮に仕える役人であり、彼は男性機能の喪失と引き換えに高い地位に就いたのです。しかし今は宦官ゆえに、彼は主の会衆に加わることができない、救いから除外すると拒絶されています。彼はエルサレム神殿に参拝しましたが、宦官ゆえに聖所に参ることは出来ませんでした。無割礼の者は、神殿の中庭に入ることは許されなかったのです。また彼は去勢しているゆえに、子を持つ希望がありませんでした。努力して、財をつくってもそれを継承する者はいなかった、彼は“枯れ木”だったのです。望みが絶たれているように見えた彼は、イザヤ書の中に一筋の光を見ました。招詞の言葉の後には、次のような言葉が続きます「主はこう言われる。宦官が、私の安息日を常に守り、私の望むことを選び、私の契約を固く守るなら私は彼らのために、とこしえの名を与え、息子、娘を持つにまさる記念の名を、私の家、私の城壁に刻む。その名は決して消し去られることがない」(56:4-5)。
・お前は異邦人であり、宦官であり、救いの対象にはならないと冷たく拒絶する律法の壁を越えた希望を、彼はイザヤ書の中に見出しました。そのイザヤ書は53章で、主の僕が苦難のうちに死ぬことを通して、救いがユダヤ人から異邦人へ、貧しい人へも及ぶことを記しています。そして彼はピリポの宣教を通して、主の僕イエスが彼のために死んでくださったことを知ります。ですから彼は言うのです「ここに水があります。洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか」。
・私たちは宦官ではありません。私たちの前に救いの道は閉じていないはずです。でも、本当に道は開いているでしょうか。現在の日本は格差社会と言われています。特にワーキング・プアと呼ばれる、派遣やアルバイト労働者の問題が出ています。日本の労働人口は約6000万人ですが、その1/4の1500万人は派遣やパート・アルバイトといった非正規労働者です。調査によれば正社員の平均月収は30万円を超えますが、派遣労働者は月収10~20万です。しかも派遣労働者の賃金は昇給等がなく、生涯賃金は6000万円と推計され、正規労働者の1/5です。給料が少なく、また雇用が不安定のために、結婚して子供を持つことができません。正社員になれば良いではないかとの意見がありますが、企業側は人件費抑制のために高コストの正社員を減らし、非正社員を増やしています。派遣から正社員になる道はほとんどが閉ざされているのが現実です。つまり、派遣の人はいつまでも派遣で、派遣ゆえに収入が低く子供を持てず、派遣ゆえに社会の中で低い待遇しか受けることが出来ないのです。これは律法の壁に救いを阻まれていたエチオピアの宦官と同じ状況ではないでしょうか。道が閉ざされているのです。
・エチオピアの宦官は救いの道を求めました。エチオピアからエルサレムまで1000Km以上の道のりを、彼は求めて来ました。だから神は彼のためにピリポを準備され、ピリポを通してイエス・キリストと出会い、希望が与えられました。現代の私たちも状況は同じです。求める人には希望が与えられます。イザヤ55章は歌います「雨も雪も、ひとたび天から降れば、むなしく天に戻ることはない。それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、種蒔く人には種を与え、食べる人には糧を与える。そのように、私の口から出る私の言葉も、むなしくは、私のもとに戻らない。それは私の望むことを成し遂げ、私が与えた使命を必ず果たす」。この言葉を私たちは体験したゆえに信じることが出来ます。私たちはどのように道が閉ざされているところも、“神共にいましたもう”と信じる信仰が与えられています。この恵みに感謝します。