江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2006年1月29日説教(マルコ1:40‐45、いやしから救いへ)

投稿日:2006年1月29日 更新日:

1.らい病人のいやし

・病気を患う、特に治る見込みのない病気、あるいは人から忌み嫌われる病気になることは、私たちに地獄の苦しみをもたらします。しかし、現実には多くの人が重い病気になり、病気のために社会生活が出来なくなります。教会にも多くの人が病のいやしを求めて来られます。イエスはそのような病気の人をいやされましたが、私たちにはいやしの力はありません。このような現実の中で、私たちはどうすれば良いのか、今日、私たちはマルコ1章を通して、病のいやしについて学びます。
・イエスがガリラヤを伝道のために巡回されておられた時、らい病を患っている人がイエスにところに来て、ひざまずき、言いました「御心ならば、私を清くすることが出来ます」(マルコ1:40)。御心ならば清めて下さいと彼は頼んでいます。このらい病者は、イエスが町々をめぐって宣教され、病の人々をいやされるのを目撃し、「この方は不思議な力をお持ちだ。この方なら私の病気も治して下さるかもしれない」と思い、イエスのところに来たのでしょう。しかし、この人はイエスにいやしを強制しません。彼が言うのはただ「御心でしたら、清めて下さい」という哀願です。自分は清められる資格は無いが、それでも憐れんで下さいますかとこの人は訊ねています。彼は、「治して下さい」ではなく、「清めて下さい」と求めています。それはこの人が患っていた病が「らい病」という特別な病だったからです。
・らい病は細菌によって皮膚の表面が壊死していく病気であり、不治の病と考えられていました。顔や手が崩れていくその症状から人々に忌み嫌われ、また伝染する故に恐れられていました。らい病はギリシャ語ではレプラと呼ばれますが、ヘブル語では「ツァラァト=打たれたもの」と呼ばれています。神に打たれた者、呪われた者として、宗教的に「汚れた者」とされました。町の中に入ることは許されず、道を歩く時には「私は汚れているから近寄らないで下さい」と言わねばなりませんでした(レビ記13:45-46)。らい病者は病気と社会的差別の双方で苦しめられていたのです。そのらい病人がイエスのところに来たことは、超えてはいけない境界線を超えた事を意味します。らい病者が他の人に近づくことは律法違反であり、石を投げられて殺されても仕方のない出来事でした。彼は命がけでイエスの前に来たのです。
・社会はらい病を汚れた病として忌み嫌っていましたから、彼自身も自分を汚れていると思っています。詩篇88編はらい病者の悲しみを歌ったものです。「あなたは私から親しい者を遠ざけられました。彼らにとって私は忌むべき者となりました。私は閉じ込められて、出られません。苦悩に目は衰え、来る日も来る日も・・・あなたを呼び、あなたに向かって手を広げています。あなたが死者に対して驚くべき御業をなさったり、死霊が起き上がってあなたに感謝したりすることがあるでしょうか。墓の中であなたの慈しみが、滅びの国であなたのまことが、語られたりするでしょうか。闇の中で驚くべき御業が、忘却の地で恵みの御業が、告げ知らされたりするでしょうか」(詩篇88:9-13)。詩篇の作者は自分を死者と呼び、陰府にいると思っています。生きているのに、死んだも同然だと考えています。イエスのところに来たらい病者も、自分は罪人であり清めていただく価値はないと考えていました。それでも憐れんで下さいと主に願いました。
・イエスは、その人の必死の訴えの中に、彼の悲しみと苦しみを見られ、命の危険を冒してまで自分を求めてきた行為に感動されました。「イエスは深く憐れまれた」(1:41)とあります。「深く憐れまれた」、別の写本では「怒りに燃え」とあります。病気にかかった者を汚れた者として排除する人間の罪に対する怒り、人の子がこのように苦しんでいるのに誰も憐れもうとしないことへの怒り、「イエスは怒りに燃えて、この人を憐れまれた」、マルコが言いたかったのは、そういうことでしょう。
・イエスは手を伸ばして彼にさわられました。らい病者にさわることは感染の危険を犯すことであり、また「汚れた者にさわるな」という律法を破る行為でもありました。イエスはあえてその禁を破られ、言われました「よろしい、清くなれ」(1:41)。こうして、らい病者はいやされました。このらい病者は、命の危険を冒してイエスにところに来ました。だから、イエスも命の危険を冒して、この人にふれられました。境界線を越えてまで人を憐れまれる方、この方こそ私たちが主と仰ぐ方なのです。

2.いやしから救いへ

・今日の招詞にマタイ8:17を選びました。次のような言葉です。「それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。『彼は私たちの患いを負い、私たちの病を担った』」。マルコ1:40‐45にある記事がマタイでは8:1‐4にあります。ほぼ同じような記述ですが、マタイはらい病人や悪霊につかれた人のいやしをイエスがなされた事を伝えた後で、イザヤ53章の言葉を引用しました「彼は私たちの患いを負い、私たちの病を担った」。イエスはらい病人に手を伸ばして、その病をいやされました。それはらい病に感染する危険を犯し、それ以上に、律法に反する行為です。律法を規定するレビ記は述べます「人の汚れに触れる場合、触れた人は汚れる。・・・彼がそれを知ったときには、罪に定められる」(レビ記5:3)。イエスはらい病者にふれられる事を通して、その人の病、その人の苦しみを自分のものとされて、病をいやされたのです。
・イエスはらい病者をいやされた後、言われました「行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい」(1:44)。レビ記14章には、らい病が治癒したら、祭司に身体を見せ、治癒を確認してもらい、清めの儀式を受ければ、その人は再び社会に戻れると規定されています。イエスは「あなたは清められたのだから、もう一度社会の中で暮らしなさい」と言われました。2000年前に、らい病患者の社会復帰を促す方がおられたことを、私たちは覚えましょう。日本では、らい病にかかった人は施設に強制収容されました。そして、病気が治っても、施設を出ることは許されませんでした。1996年に「らい予防法の廃止に関する法律」が施行され、社会復帰の条件はそろいましたが、現実の復帰は困難でした。元患者たちは、強制収容を行ったことは人権侵害だったとして、裁判を起こし、2001 年5月に熊本地裁は原告勝訴を言い渡しました。判決は言います「原告らは療養所に強制的に収容させられて社会とのつながりを断ち切られ、普通の人間の社会に戻れない状態に置かれた・・・らい患者はすべて死に絶えるべき存在と刻印する絶対隔離・絶滅政策において、死に絶えるべき場である療養所に隔離収容された、死に絶えるべき存在としての絶望、それ自体が原告らに精神的打撃を与え、その意識の奥底に深い傷を残すことになり、原告らは、大きく人間性を疎外された」。2000年前のユダヤより、悲惨な状況が現代の日本にあったのです。
・船橋バプテスト教会の國分姉妹は神学校で学んでおられますが、ある時、次のようなレポートを書かれました。「私たちの教会の近くに、精神科病院がある。入院患者のある姉妹が、礼拝に来られるとき、いろいろな友人を誘ってこられる。・・・これらの方々は、苦しみの中から「何とか楽になりたい、癒されたい」との切実な思いをもって求道され、信仰告白からバプテスマへと歩まれる。しかし、受浸後の教会生活において、病気が好転せず悪くなったり、対人関係がうまく結べなかったりして、いつの間にか教会を離れるケースも多々ある。・・・教会員の側も「理解したい。支えたい」と思いながらも、病気についての理解やケアがわからないという不安で、一歩引いている・・・このとき私たちは思い起こすことが出来るであろうか。苦しむ方のそばに誰よりも近くいて、その苦しみを共に担っているのはイエス様だということを。癒しと和解は神の業であること、私たちは、神のなさることに立ち会い、その証言を許されているだけであることを」。
・いやしは神の業です。私たちにはいやしは出来ません。でも、いやしはそんなに重要なことなのでしょうか。目の見えない人が見えるようになっても、その人は幸福にはなれません。その証拠に目の見える人の多くは幸福ではありません。歩けない人が歩けるようになっても、それだけでは救われません。マルコ1章の物語は「いやしの物語ではなく、救いの物語」です。いやしの背後にはイエスの十字架があります。イエスはらい病者の罪も私たちの罪も、背負って十字架につかれたのです。その十字架によって、私たちは解放されたのです。私たちが伝えるべきは「いやしではなく、救い」です。いやしは救いではない、救いは十字架からくる。いやしの業を救いの業にすること、それこそが、私たちに委ねられています。

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