江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2004年5月30日説教(使徒行伝2:36-42、聖霊を受けなさい)

投稿日:2004年5月30日 更新日:

1.ペンテコステの出来事

・今日は、ペンテコステをお祝いする日である。教会では、クリスマス、イースター、ペンテコステの三つを特別な祝祭日として祝う。クリスマスはイエスが生まれられた時、イースターはイエスがよみがえられた時、ペンテコステは弟子たちが聖霊を受けて宣教を始め、教会が誕生した時、三つとも誕生日である。教会とは新しい命が生まれたことを祝う場所だ。ペンテコステとはギリシャ語で50という意味で、イエス・キリストが復活されて50日目に弟子たちに聖霊が与えられたことから来る。今日は、使徒行伝2章を通して、このペンテコステに何が起きたのか、それが私たちにとってどのような意味があるのかを、共に学んでみたい。

・イエスが十字架で死なれたのは、過越祭りの時、4月である。この時、イエスの弟子たちは、自分たちも捕らえられることを恐れて、逃げた。散らされた弟子たちはやがて復活のイエスに出会い、再び集められた。集められた弟子たちは、約束された聖霊が与えられることを祈って待った。過越祭りから50日目、五旬祭の時に、その出来事が起きた。「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、他の国々の言葉で話しだした」(使徒行伝2:1-4)。

・弟子たちに聖霊が与えられ、これまでは人目を避けて隠れていた弟子達が、群集の前で語り始めた。その説教が2:14から始まる。弟子の一人、ペテロは語った。「イエスは十字架で殺されたが、復活された。神はこのことを通して、イエスを主とし、救い主とされた」。ペテロが語ったことは、「人間の裁判官がイエスに下した死刑判決と人間の執行官がなした十字架による処刑が神の法廷によって逆転されたのだ」ということだ。その証拠に私を見よとペテロは言外に言う「私こそ、イエスが捕らえられた時に逃げた者であり、イエスの仲間だと問い詰められた時に三度否認した男だ。その私が、イエスは復活されたと証言しているのだ」と。

・群集は7週間前に起きた出来事をよく覚えていた。イエスが裁判にかけられ、死刑の判決を下された時、彼らはそこにいた。イエスを「十字架につけよ」と叫んだのは、他ならぬ彼らであったし、十字架のイエスに「神の子なら十字架から降りてみよ」と愚弄したのも彼らであった。今までの多くの偽預言者が現れ、「自分こそ救い主だ」と主張してきた。群衆はイエスもその一人だと思った。これまでの騒動は、教祖が死ぬと終わった。だから、今回も、イエスが死んで終わりだと思っていた。しかし、今回は終わらなかった。逃げ去った弟子たちが戻って来て、「この方は神の子であった」と証言を始めた。その発言は、自分達も捕らえられ、殺されるかもしれない危険を承知の上であった。これまで、こんなことはなかった。だから「人々はこれを聞いて大いに心を打たれた」(2:37)。もしかしたら、私たちは本当に神の子を殺してしまったのかも知れない。彼らは不安になり、弟子たちに尋ねた「私たちはどうしたらよいのですか」。

・その答えが38節からのペテロの言葉だ「悔い改めなさい。イエス・キリストの名によってバプテスマを受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます」。人々はペテロの言葉を受入れ、その日に3000人の人が、悔い改めてバプテスマを受けたと聖書は記す。

2.この出来事が私たちとどう関係するのか

・この2千年前の出来事が現在の私たちとどう関係があるのか、それが今日の主題である。当初、弟子たちはイエスの復活を信じようとしなかった。ルカ福音書によれば、イエスの死から3日目に、婦人たちはイエスの墓に行き、そこで復活のイエスに出会っている。しかし、弟子たちは「この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった」(ルカ24:11)。その弟子たちが「イエスは復活された。私たちはその証人だ」と語り始め、迫害を受けても、語り続けた。弟子たちのある者は、そのために殺されていった。信じぬ弟子たちが信じさせられ、弟子たちのひたむきな言葉が多くの人々をバプテスマに導いた。これは歴史的事実である。

・日本にキリスト教が伝えられたのは、安土・桃山時代であるが、やがて徳川幕府により禁止され、信徒であるとわかれば殺された。このキリシタン弾圧により、日本のキリスト教は死んだかに見えたが、明治期になって禁令が解かれると、かってのキリシタンたちが多くいた地では、また信仰が復活した。今日、日本で最もクリスチャンが多いのはキリシタンの伝統を持つ長崎で、同地では小さな島に至るまで、教会堂が立てられている。信仰は死ななかった。ここには何かがあるのだ。

・ペテロは「どうした良いでしょうか」と問う人々に言った。「悔い改めなさい。イエス・キリストの名によってバプテスマを受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます」(使徒行伝2:38)。悔い改めるとは、罪を認め、赦しを求める行為だ。その悔い改めのしるしとしてバプテスマを受ける。そうすれば「賜物として聖霊を受ける」とペテロは言う。

3.聖霊を受けなさい

・今日の招詞に創世記2:7を選んだ。次のような言葉だ「 主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」。この神の息、ヘブル語「ルーアッハ」と呼ばれるものが聖霊である。人は神によって造られ、神の息を受けて生きるものになった。しかし、人は罪を犯し、この神の息を失った。それを再び受けるのが、バプテスマであるとペテロは言う。聖書が繰り返し説くことは、人が人として生きるとは、この神の霊を受けた存在として生きるということだ。

・私たちが神を知らない時、私たちの人生は偶然にもてあそばされる。たとえ、現在が幸福だとしても、それは偶然のなせる業であり、外部の環境が変われば、すぐに不幸になる。例えば女性が良い夫に恵まれ、かわいい子供もいて、経済的にも満たされる。人はそれを幸福と呼ぶが、その子が突然の事故で亡くなれば、もうその幸福は崩れ始める。私たちの幸福はもろい基盤の上に立っているのだ。

・しかし、私たちが神によって生かされ、導かれていることを知った時、私たちの人生は偶然ではなく、必然になる。仮に私たちの上に災いが起こっても、その災いは必然のもの、神がその災いを通して私たちを幸いに導こうとしておられることを知ることによって、災いの意味が変わってくる。この神の導き、神の霊によって生かされる生き方こそ本来のものなのだと聖書は言う。悔い改めるとは、この本来の状態、神が命を吹き込まれた最初の状態に立ち返ることだ。そのしるしとして、バプテスマを受け、バプテスマを通して、私たちは人生の勝利者になる。何故なら、私たちは自分の人生が外部環境の変化によって翻弄される偶然の人生ではなく、外部がどうあっても平安である必然の人生に変えられるからだ。・水野源三さんの人生もそうだった。水野さんは小さいころの高熱が原因で全身麻痺になり、口も利けないまま、人生の大半を寝たきりで過ごし、47歳で亡くなった。彼の出来る意思疎通は唯一まぶたの開閉で、母親が50音表をもって、字を読み、それをまぶたで知らせて、文字にして、詩を書いた。彼の詩に次のような詩がある。

「神様の大きな御手の中で、カタツムリはカタツムリらしく歩み、蛍草は蛍草らしく咲き、雨蛙は雨蛙らしく鳴き、神様の御手の中で、私は私らしく生きる」。

・彼は自分が寝たきりであることを不幸とは思っていない。むしろ、寝たきりになることによって神を求め、神と出会えたことを幸福に思っている。「私は私らしく生きる」、自分が生かされ、役割を与えられていることを喜んでいる。このように、神に出会うことによって、人生の意味が違ってくる。神を知るとき、失敗の人生はなくなる。病の人は病のままに、貧乏な人は貧乏なままに、祝福を受けるからだ。神に出会うことによって、私たちは運命に翻弄される人生から「人として生かされる人生」へと解放される。その出来事がペンテコステの日に起きたのだと聖書は証しする。「バプテスマを受けなさい。聖霊を受けなさい。」との招きに人々が応えることにより、教会が生まれ、2000年前にこの出来事があったからこそ、今日、私たちがこの教会に集まっているのだ。

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