江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2003年2月2日説教(ルカ21:1-9、教会を立てる)

投稿日:2003年2月2日 更新日:

1.信仰亡き神殿は崩壊する

・イエスと弟子たちはエルサレム神殿に来られた。当時、神殿は国の信仰生活の中心であり、毎日多くの人々が参拝に来た。イエスは金持ちたちがたくさんの献金をさいせん箱に入れるのを見られた。また、一人のやもめがレプタ二つをさいせん箱に入れるのもご覧になった。そして言われた「よく聞きなさい。あの貧しいやもめはだれよりもたくさん入れたのだ。これらの人たちはみな、ありあまる中から献金を投げ入れたが、あの婦人は、その乏しい中から、持っている生活費全部を入れたからである」(ルカ21:3-4)。壮大な神殿を維持するためにはお金がかかる。当時の神殿には1万人近い祭司が勤めていたというから、その人件費も膨大なものであったろう。人間の目から見ればたくさん献金した金持ちの方が偉い、しかし神の目から見れば、精一杯の献げものをしたやもめの方が尊いとイエスは言われた。私たちは今日、「教会を立てる」という演題で神の言葉を聞きたいと願う。今日の神殿、即ち教会の財政の基本になるのは献金であるが、この話は献金について何を語るのだろうか。
・「教会を立てる」と言う時、献金と並んで重要なもう一つの要素が建物だ。イエスの弟子たちはエルサレム神殿の壮麗さに見とれて言った「先生、ごらんなさい。なんという見事な石、なんという立派な建物でしょう」(マルコ13:1)。この神殿はヘロデが50年の年月と伸べ10万人の労働者を使って旧い神殿を大改修したものであり、当時の地中海世界において評判の大建造物であった。しかしイエスは言われた、「あなたがたはこれらのものをながめているが、その石一つでもくずされずに、他の石の上に残ることもなくなる日が、来るであろう」(ルカ21:6)。神殿は信仰がなくとも建てることが出来る、しかし信仰なしに建てられた神殿はどのように立派なものであってもやがて崩れるとイエスは預言された。その預言通り、ヘロデが建てたこの神殿は40年後にローマによって破壊される。ユダヤは紀元66年にローマに対し反乱を起こしたが(ユダヤ戦争)、武力に勝るローマ軍はやがてエルサレムを制圧し、紀元70年に神殿は破壊され、廃墟となった。ローマが滅んだ後、神殿はイスラム帝国により改修され、今日では「岩のドーム」として知られるイスラム教寺院となり、外壁の一部のみが、「嘆きの壁」として残されている。正に信仰亡き神殿は崩れる。
・神殿についての、この二つの話を私たちはどのように聞けば良いのだろうか。私たちが「教会を立てる」という時、何を目指すべきなのだろうか。私たちは教勢、教会の盛衰を会員数と献金額の推移でみる。献金が伸びていれば祝福があり、低下していれば教会に問題があるという風に考える。どの教会も会員数が増え、献金が増えることを望んでいるが、これは私たちが「やもめ」ではなく「金持ち」を求めていることになるのだろうか。また、信仰亡き神殿は無意味でありやがて崩れるとしたら、私たちは教会堂という建物をどのように理解したらよいのだろうか。今日は「神殿とは何か」を通して「教会を立てる」ことを共に学びたいと願う。

2.神殿を立てる

・元々イスラエルには神殿はなかった。アブラハムの時代、人々は神が語りかけられた場所に石を置き、そこをベテル(神の家)と名付けて拝礼した。モーセの時代、人々は幕屋を作りそこに十戒の書かれた板を納めた契約の箱を置き、そこを聖所とした。天に住まいを持たれる神が地上に住まれるとは考えもしなかった。エルサレムに神殿を最初に建てたのはソロモンであったが(紀元前950年)、ソロモンでさえ、この神殿に神が住まわれるとは考えもしなかった。彼は神殿奉献の時に次のように祈っている「神は、はたして地上に住まわれるでしょうか。見よ、天も、いと高き天もあなたをいれることはできません。まして私の建てたこの宮はなおさらです」(列王記上8:27)。彼は祈りの場として神殿を建てた。この神殿が第一神殿またはソロモンの神殿と呼ばれるものだ。しかし、時を経るに従い、神殿は「祈りの場」から「神の住まれるところ」になって来る。エルサレムは神殿があるから神の都であり、神殿がある限りエルサレムは滅ぼされることはないと人々は信じ始めた。
・ソロモンの神殿建設から300年経ったエレミヤの時代、人々は「主の神殿、主の神殿」と言って神殿を拝みさえすれば救われると考えるようになっていた。エレミヤはこれを批判し、人を救うのは神殿でなく神であり、真の神礼拝がなされないならば主は神殿を捨てられるだろうと預言した(エレミヤ書7:3-10)。預言通り、紀元前587年にイスラエルはバビロンに国を征服され、神殿は侵入してきた軍隊に火をつけられて炎上し、人々は捕囚民としてバビロンに連れ去られた。やがてバビロンはペルシャにより滅ぼされ、イスラエルの民は帰国を許されるが、帰還した民が見たものは廃墟となったエルサレムの都であり、自分たちの家や土地を占領して住む異邦人たちであった。住む所も食べるものもない情況下で人々は生活を立てるだけで精一杯であり、誰も神殿の再建など考えなかった。その時、主の言葉が預言者ハガイに臨んだ。それが今日の招詞ハガイ書2:3-5である。
・「あなたがた残りの者のうち、以前の栄光に輝く主の家を見た者はだれか。あなたがたは今、この状態をどう思うか。これはあなたがたの目には、無にひとしいではないか。主は言われる、ゼルバベルよ、勇気を出せ。ヨザダクの子、大祭司ヨシュアよ、勇気を出せ。主は言われる。この地のすべての民よ、勇気を出せ。働け。私はあなたがたと共にいると、万軍の主は言われる。これはあなたがたがエジプトから出た時、私があなたがたに、約束した言葉である。わたしの霊が、あなたがたのうちに宿っている。恐れるな。」
人々が畑に種を播いても収穫は少なかった。それは人々が主の神殿が廃墟であるのに自分たちの家を作るために走り回っていたから、主が収穫に必要な雨を止められ、旱魃になったからだとハガイは言った。「神殿を再建せよ、再建して先ず主に仕えよ、そうすれば主はあなたたちを豊かに祝福されるだろう」とハガイは人々に訴えた。目の前の現実が困難であるからこそ、まず主に仕えよ、「勇気を出せ、働け、私はお前と共にいると主は言われる」(2:4)とハガイは人々を励まし、人々はこの励ましを受けて神殿の石を積み始め、新しい神殿がハガイの預言から5年後の紀元前515年に完成した。これが第二神殿と呼ばれる建物だ。
・この第二神殿建設の記事は私たちに篠崎教会の歴史を思い起こさせる。私たちの教会は33年前に篠崎の地に立てられた。教会を通してこの地に福音を伝えるためである。33年間の間にいろいろの出来事があり、集められたものの多くは散らされていった。しかし、残された人たちが困難の中にも教会を守ってくれた。そして今、教会が新しく再建されようとしている。ハガイを通して語られた主の言葉は私たちにも語られているように思う。「この地のすべての民よ、勇気を出せ。働け。わたしはあなたがたと共にいる」。


3.教会を立てる

・このようにして建てられた第二神殿も時代と共に老朽化し、紀元前19年にヘロデ王による大改修工事が始まる。第三神殿の建設である。しかしヘロデは信仰心からではなく、自己の権勢を誇り、民の歓心を買うために工事を始めた。そのような神殿は神の目からみて何の意味もない。イエスは、神殿で献げものの羊や鳩を売る者達や外国のお金をユダヤ通貨に両替する商人たちを「私の父の家を商売の家としてはいけない」として追放された。ヨハネによればその時イエスは「この神殿を壊してみよ、三日で立て直して見せる」と言われている(ヨハネ2:19)。これはイエスの十字架と復活を通して新しい神殿、キリストを土台とする霊の神殿が建設されるであろうとの預言だ。その預言に従って立てられたものが教会である。キリストの体である教会が立てられたからもう石の神殿はもういらない、だからエルサレム神殿は崩され、その後再建されずに今日に至っていると私たちは思う。
・パウロは言う「自分の体は神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたはもはや自分自身のものではないのである。あなたがたは代価を払って買いとられたのだ。それだから、自分の体をもって神の栄光をあらわしなさい」。私たちはイエスの十字架によって買い取られて信仰者にさせられ、私たちの心の中に神が住まわれるようになった。私たち一人一人が神の神殿であり、その一人一人が集められて教会を形成する。それが地上の教会だ。この地上の教会は天にある真の教会の過渡的姿だ。それは完成に向かっているがまだ完成していないから、地上の教会では人間的な争いによって人々が散らされたり、建物の豪華さを競ったりする愚かさを持つ。しかし、それでもイエスが教会の頭であることから、天上の教会の本質を併せ持っている。
・私たちは2月の終わりに教会総会を迎える。今年1年の活動を振り返り来年度は何を目指して活動するかを話し合う場だ。教会とは何かについて考える時である。私たちがこれから再建しようとしているのは、天上の教会を目指す地上の教会だ。どのような教会を立てるべきか、いろいろな考えがありうるだろう。しかし、今日の学びから教えられることは、教会の最も大事なことは教会員の数ではなく、また献金額でもなく、教会の外観でもなく、霊と真を持って神を礼拝する群れであるかどうかだ。「信仰の伴わない献金はお金をどぶに捨てるようなものだ」という言葉がある。現実の教会運営を考えた時これを言うのは勇気がいるが、その勇気を持てる教会を目指したい。そして神の言葉に従って生きようとする神の民の群れを形成したい。そのためにはどういう教会の形が望ましいのかを私たちは祈り求めていく。

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