1.シケムでの虐殺事件
・カナンの地に戻ったヤコブは、ヨルダン川沿いのシケムの土地を買い、そこに祭壇を建てて住んだ。ヤコブと一族はかなり長期にわたってそこに住み、息子たちもその地で成人になっている。
―創世記33:18-20「ヤコブはこうして、パダン・アラムから無事にカナン地方にあるシケムの町に着き、町のそばに宿営した。ヤコブは、天幕を張った土地の一部を、シケムの父ハモルの息子たちから百ケシタで買い取り、そこに祭壇を建てて、それをエル・エロヘ・イスラエルと呼んだ」。
・しかし、そのシケムで、娘のディナが土地の男に陵辱されるという出来事が起こった。
―創世記34:1-2「ある時、レアとヤコブとの間に生まれた娘のディナが土地の娘たちに会いに出かけたが、その土地の首長であるヒビ人ハモルの息子シケムが彼女を見かけて捕らえ、共に寝て辱めた」。
・報告を聞いてもヤコブは動かず、息子たちの帰りを待つのみである。他方、息子たちは激しく憤る。
-創世記34:5-7「ヤコブは、娘のディナが汚されたことを聞いたが、息子たちは家畜を連れて野に出ていたので、彼らが帰るまで黙っていた。シケムの父ハモルがヤコブと話し合うためにやって来た時、ヤコブの息子たちが野から帰って来てこの事を聞き、皆、互いに嘆き、また激しく憤った。シケムがヤコブの娘と寝て、イスラエルに対して恥ずべきことを行ったからである。それはしてはならないことであった」。
・シケムの父ハモルは和解の申し出を行う。それは「お互いに姻戚関係を結ぼう」という妥当な申し出であった。
-創世記34:8-10「ハモルは彼らと話した『息子のシケムは、あなたがたの娘さんを恋い慕っています。どうか、娘さんを息子の嫁にしてください。お互いに姻戚関係を結び、あなたがたの娘さんたちを私どもにくださり、私どもの娘を嫁にしてくださいませんか。そして、私どもと一緒に住んでください。あなたがたのための土地も十分あります。どうか、ここに移り住んで、自由に使ってください』」。
・シケムの人々は、ディナを嫁に欲しいと申し出るが、ヤコブの息子たちは策略を使って、彼らへの報復を図る。
―創世記34:13-16「しかし、シケムが妹のディナを汚したので、ヤコブの息子たちは、シケムとその父ハモルをだましてこう答えた。『割礼を受けていない男に、妹を妻として与えることはできません。そのようなことは我々の恥とするところです。ただ、次の条件がかなえられれば、あなたたちに同意しましょう。それは、あなたたちの男性が皆、割礼を受けて我々と同じようになることです。そうすれば、我々の娘たちをあなたたちに与え、あなたたちの娘を我々がめとります。そして我々は、あなたたちと一緒に住んで一つの民となります』」。
・ハモルたちは申し出を受け入れ、イスラエルとの友好のしるしに割礼を受けることを町の人々に提案する。
-創世記34:18-24「ハモルとその息子シケムは、この条件なら受け入れてもよいと思った・・・ハモルと息子シケムは、町の門の所へ行き町の人々に提案した『あの人たちは、我々と仲良くやっていける人たちだ。彼らをここに住まわせ、この土地を自由に使ってもらうことにしようではないか・・・そして、彼らの娘たちを我々の嫁として迎え、我々の娘たちを彼らに与えようではないか・・・彼らが割礼を受けているように、我々も男性は皆、割礼を受けることだ。そうすれば、彼らの家畜の群れも財産も動物もみな、我々のものになるではないか・・・」町の門の所に集まっていた人々は皆、ハモルと息子シケムの提案を受け入れた。町の門の所に集まっていた男性はこうして、すべて割礼を受けた』。
・シケムの男たちが割礼を受けてその傷に苦しんでいる処をヤコブの子たちは襲い、男たちを皆殺しにした。
―創世記34:25-27「三日目になって、男たちがまだ傷の痛みに苦しんでいた時、ヤコブの二人の息子、つまりディナの兄のシメオンとレビは、めいめい剣を取って難なく町に入り、男たちをことごとく殺した。ハモルと息子シケムも剣にかけて殺し、シケムの家からディナを連れ出した。ヤコブの息子たちは、倒れている者たちに襲いかかり、更に町中を略奪した。自分たちの妹を汚したからである」。
2.シケムからベテルへ
・この出来事の為、ヤコブ一族はシケムに住み続ける事が出来なくなり、その地を出ることになる。
―創世記34:30-31「『困ったことをしてくれたものだ。私はこの土地に住むカナン人やペリジ人の憎まれ者になり、のけ者になってしまった。こちらは少人数なのだから、彼らが集まって攻撃してきたら、私も家族も滅ぼされてしまうではないか』とヤコブがシメオンとレビに言うと、二人はこう言い返した『私たちの妹が娼婦のように扱われてもかまわないのですか』」。
・この出来事において、ヤコブは何の主導権も発揮せず、息子たちが全てを決定した。旅人、寄留者であるヤコブが定住(持つこと)を始めた時、彼は力を無くしてしまった。後に彼は息子たちの行為を非難している。
―創世記49:5-7「シメオンとレビは似た兄弟。彼らの剣は暴力の道具。私の魂よ、彼らの謀議に加わるな。私の心よ、彼らの仲間に連なるな。彼らは怒りのままに人を殺し、思うがままに雄牛の足の筋を切った。呪われよ、彼らの怒りは激しく、憤りは甚だしいゆえに。私は彼らをヤコブの間に分け、イスラエルの間に散らす」。
・34章の物語の背景にはカナン定住時のイスラエル12部族の動きがあると言われている。定住したイスラエル民族のうち、中央カナンのシケムにはシメオン族とレビ族が配置されるが、やがてシメオン族はシケムから南ユダに追放され、レビ族は領土を失くして各部族の間に散らされる。そして各部族は異民族との結婚が禁止された。
-申命記7:1-4「あなたが行って所有する土地に、あなたの神、主があなたを導き入れ、多くの民、すなわちあなたにまさる数と力を持つ七つの民、ヘト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人をあなたの前から追い払い・・・あなたが彼らを撃つ時は、彼らを必ず滅ぼし尽くさねばならない。彼らと協定を結んではならず、彼らを憐れんではならない。彼らと縁組みをし、あなたの娘をその息子に嫁がせたり、娘をあなたの息子の嫁に迎えたりしてはならない。あなたの息子を引き離して私に背かせ、彼らはついに他の神々に仕えるようになり、主の怒りがあなたたちに対して燃え、主はあなたを速やかに滅ぼされるからである」。
・力を無くし、打ち沈むヤコブに、主は悔改めて、「本来の出発地であるベテルに戻れ」と言われた。
―創世記35:1「神はヤコブに言われた『さあ、ベテルに上り、そこに住みなさい。そしてその地に、あなたが兄エサウを避けて逃げて行った時、あなたに現れた神のための祭壇を造りなさい』」。
・ベテルこそ、ヤコブの生涯の出発の地である。始めて神と出会い、誓願を立てた場所であった。
―創世記28:18-19「ヤコブは次の朝早く起きて、枕にしていた石を取り、それを記念碑として立て、先端に油を注いで、その場所をベテル(神の家)と名付けた」。
・ヤコブは、全ての偶像を捨て、ただ神だけに依り頼んで生きることを決意する。寄留者ヤコブの再生である。
―創世記35:2-3「ヤコブは、家族の者や一緒にいるすべての人々に言った『お前たちが身に着けている外国の神々を取り去り、身を清めて衣服を着替えなさい。さあ、これからベテルに上ろう。私はその地に、苦難の時私に答え、旅の間私と共にいてくださった神のために祭壇を造る』」。
・ヤコブの生涯は寄留の生涯であった。彼はベエルシバに家族と共に住んでいたが、兄エソウの長子権を騙し取ったことで流浪の生涯が始まる。ベエルシバを逃れたヤコブはベテルで神と出会い、約束を受けてハランに行く。ハランでの20年間は苦労の連続であったが、神はヤコブを守り、彼に家族と財産を与えた。帰郷したヤコブはペヌエルで神と出会い、エソウと和解することが出来た。シケムにしばらく住むが、そこは本来の地ではないことを知らされ、ベテルに導かれる。ヤコブはベテルに行く前に、全ての過去を清算するために偶像の一切を捨て、ただ神に出会う為に旅を続けた。私たちも寄留者として主の導きに従って歩む。私たちが寄留者であることを止め、定住者(持つ者)になろうとする時、私たちは主から離れる。シケムの出来事は私たちにそう告げる。